第29話 カメオのデザイン

 お祝い会の翌日、俺はギザール様のお供をしてアンジェのお店に出かける。

 ソフィア様が私にはもらえないのかとむくれたので追加発注しにいくのだと思っていた。

 ちなみにその羨ましがられたカメオは別途頂いた金鎖で俺の首からぶら下がっている。

 歩くたびに素肌に触れたり離れたり軽く弾んだ。


 ありがたいし光栄なことであるし不満はない。

 だけど、なんとなく「僕のものだよ」という主張をされているような気がしてしまう。

 いや、実際、俺はギサール様の従者なわけで、世間から見れば実質的に所有されているようなものなんだけどさ。

 で、そのポジションにつきたいという希望者は山ほど居たりする。


 それを誇示するような真似をしたら、どれだけ嫉視を買うか考えただけで怖気をふるった。

 ギサール様は服の外に出して欲しいと言っていたけど、傷をつけないようにしたいからということで服の中で勘弁してもらっている。

「まあ、それでもいいや」

 と意外とあっさり了承してくれて助かった。


 時々振り返って俺の胸元を見て満足そうにニマニマしている。

「すっかり元気になったみたいで良かったよ」

「昨夜、美味しいもの色々と食べさせてもらったお陰です」

 そんなことを話している間にカメオ店に着く。


「ようこそ、いらっしゃいませ」

 アンジェが店番の男性を従えて出迎えた。

 すぐに飲み物が出される。

 お得意様扱いされていることをひしひしと感じた。


「作品にご満足頂けたでしょうか?」

 ギサール様は返事をせずに俺の方を見る。

 俺はペンダントを引っ張り出した。

「凄く気に入ってますよ。ギサール様の内面まで表現されているようです」

「……そうですか。それはようございました」

 一瞬の間は何だったんだろうな。


「僕も気に入ってるよ。それでね、遣いの者から聞いていると思うけど、また作成をお願いしたいんだ」

「はい。店番をお願いできたのですぐにでも取りかかれます」

 奥のカーテンを抜けて、裏庭に出た。


 ギサール様とアンジェが打ち合わせを始めたので、俺は少し離れたところでその様子を見守る。

 身振り手振りを交えて白熱した議論になっていた。

 俺はしまっていたペンダントを取り出して眺める。


 かなり完成度が高いと思うんだけどデザインを変えるんだな。

 まあ、ちょっとエッチか。

 ギサール様に恋焦がれる女性だったら、ランプの光の中でカメオを眺めながら息を弾ませちゃったりするかもしれない。

 アンジェさんも実は……。

 ヤバい。普通にキモいな俺。


 ペンダントを服の中に入れたところで声がかかった。

「ねえ、コーイチの意見も聞きたいんだけど」

「俺はそういうセンス無いんで勘弁してください。お二人で決めたなら間違いないと想いますよ」

 とはいえ、俺は呼ばれればはせ参じなくてはならない立場である。


 近くに行くとニコニコしたギサール様がぴょこぴょこと俺の前を行ったり来たりした。

「やっぱり普段見慣れてるからか右側からの方がしっくりくるなあ。でも、左側も新鮮でいいかもしれない。ねえ、コーイチはさ、自分の顔のどっち側が気に入ってる?」


「はい?」

「そうかあ、なかなか自分の横顔って鏡に映る姿でも見ないもんねえ」

 脳が言葉の意味を理解するのにしばらくかかってしまう。

「あの、もしかして、ひょっとすると、俺の姿のカメオを作ろうとされてます?」


「コーイチ、まだ疲れが抜けてないんだね。そうに決まってるでしょ。コーイチは僕のを持っているのに、僕がコーイチのを持っていないなんて不公平じゃないか」

「それはそうかもしれませんが、見栄えの問題というか、ニーズの問題があると思うんですが。アンジェさん、ぶっちゃけ俺のを店に並べても……」

 アンジェが返事をする前にギサール様が割り込んだ。


「コーイチのはお店に出させないよ。僕だけの一点ものにするんだ。大丈夫、僕がモデルのやつもお店に出すのはデザインを変えてもらうからさ、コーイチの持っているのも唯一無二のものだから」

「というお約束でお引き受けしております」

「ああ、そうですか。店に並ばないなら商売の問題はありませんね。でも、そんなもの作ってどうするんですか?」


 ギサール様は不思議そうな顔をする。

「身に付けるに決まってるじゃないか。なんか今日は反応が鈍くない?」

 そりゃまあ、身につけるものでしょうけども。

「無駄遣いじゃないですか?」

「そんなことはない。十分に価値があると僕は思ってるよ」


 俺はアンジェに向き直った。

「アンジェさんはそれでいいの?」

「いいも何も、依頼を受けて制作するのはごく普通のことですが」

 何をわけの分からないことを言っているんだという顔をされる。

「そんなことよりも向きとポーズを決めませんと」

 アンジェは俺の横に立ちあれこれと指図した。


「右脚を引いて半身で。左手は真っ直ぐ伸ばしてください。ほら、びしっと。掌は肩よりやや上に。目線も少し上げて、大きく息を吐き出して気合をいれる口にして。はい。止まってください。これでいかがでしょう、コーネリアスの若様」

 ギサール様が横から覗き込み手を打って喜ぶ。

「いいよ。この角度で制作してください」

「畏まりました。それでは早速」


 アンジェは作業台を移動させると、材料と切削棒を取り出し真剣な表情になった。

「今すぐ始めるの?」

 抗議の声をあげると、アンジェが注意する。

「動かないで」

 つかつかとやってくると再び俺の格好についての指示を始めた。


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