第28話 祝いの食事会
その後、熱めの温浴室に入って汗をかき、ぬるま湯で流して浴室を出る。
本来ならマッサージを受けたり、木ベラで垢を落としてもらったりすろところだが、俺の腹が盛大に鳴ったので入浴は切り上げることになった。
「コーイチ。後ろ向いてしゃがんで」
言われたとおりにするとひんやりとしたものを後頭部に塗られる。
手を伸ばそうとすると注意された。
「傷薬だから、触らないで」
どっちが子供か分からねえな。
きれいに洗濯した新しい服を着ると二人で食堂に向かった。
「姉も一緒だけどいいよね?」
食事の味が分からなくなりそうだな、と思ったがここは大人の度量をみせるところだなと思い直す。
俺の中のツッコミ役が、それは度量と言うほどの話かとチャチャを入れてきたが黙殺した。
「もちろん、大丈夫です」
「姉も今夜はうるさいことは言わないと思うけどね。しつこかったら僕が注意するから」
ロビーに通りかかると安楽椅子で寛いでいたソフィア様が立ちあがって合流する。
「もっと時間がかかるかと思ったわ」
「お姉ちゃんをあまり待たせるわけにもいかないからね」
その台詞にソフィア様の顔に花が開いた。
食堂に着くと大きなテーブルに対して片側には2席、反対側には3席が用意してある。
ギサール様とソフィア様が並び、反対側に俺とラシス、ナトフィが座るのだと思っていたら、ギサール様に袖を引っ張られて2人席の片方に座らされた。
一瞬だけソフィア様が遠慮しろこのスカタンという視線を送ってきたが、口に出しては何も言わなかった。
「今夜はガジークの襲撃を無事に乗り切ったお祝いだからね。身内ばかりだからマナーとかそういうのは抜きで楽しくやろう」
ギサール様が会食の主旨を宣言する。
次々と料理が運ばれてきた。
岩牡蠣のような1枚貝が山盛りになったものがサイドテーブルにどんと置かれる。
一人一人にそこからサーブされ、食べ終わるとお替わりはいかがと聞かれた。
よく冷えた白ワインのグラスが一緒に出され、貝と良く合う。
他の人も同じような色の液体を飲んでいるが、あちらはたぶん酒じゃないだろうな。
続いてグリーンサラダ、カブか何かの冷製ポタージュ、茹でたシャコの冷製、白身の魚を香草と蒸し上げたものが出てきた。
ソフィア様が口を開く。
「ギサール。そろそろ何があったのか聞かせなさいよ」
ギサール様が俺の救出劇を話して聞かせた。
「間に合って良かったわ」
相変わらず俺にむかっては面白くなさそうな顔をしているソフィア様からこんな言葉が出るとは驚きである。
「ボートを離れる順番次第ではラシスかナトフィがそうなっていたかもしれないし」
聞き間違いじゃなかったんだな。
名前が出た2人がすっと席を立つと俺に向かって略式礼をした。
「あのとき縄梯子を支えていただきありがとうございました」
「あ、いえ、そんな、改まってお礼を言われるほどのことじゃないです。それにほら、今夜はそういうのは無しの会でしょ。お気持ちは十分に伝わりましたので座ってください」
想定外の事態にグラスの酒を呷る。
「コーイチ。飲んでもいいけど、ほどほどにね。怪我もしているんだから」
「はい。すいません」
ギサール様に謝り、人の気配にふと振り返って見上げた。
ラシスが俺のすぐ側に立ち酒の容器を手にしている。
「ギサール様はああ仰ってますが、お礼の気持ちをこめて一杯だけ注がせていただけるかしら?」
「あ、ああ。お願いします」
ラシスはグラスに半量ほど注ぐと自席に戻った。
それと入れ替わりにソフィア様の席の後ろを通ったナトフィがやってくる。
酒の容器を掴むとワインを注ぎ足した。
自席に戻るナトフィの後ろ姿を見送りながら考える。
はてさて、このもてなしは一体どういうことなのだろうか?
元々、ソフィア様は俺のことをあまり良くは思っていなかったはずだ。
そのソフィア様の従者が俺にこのような態度を示すに当たっては事前にソフィア様の了解は取ってあるに違いない。
ギサール様に話しかけているその態度は俺のことなど眼中にはなさそうだが、気に入らないならラシスが俺の方に近づいた時点で制止したはずだ。
たぶん、俺が行方不明になりギサール様が相当落ち込んだのを見て、妥協することにしたんだろうな。
いずれ俺はギサール様の従者から外される。
その時までは波風を立てずに黙認してやろうというぐらいの気持ちになったと推測した。
「ギサール。そう言えばあなた、カヘナ・ヌオヴァのナジーカと揉めたそうね」
「揉めたというか、あまりに失礼だったからコーイチが相手の従者をたしなめただけだよ。何か気になる?」
「あまり感じのいい男じゃなかったし、別に咎めるつもりはないわ。私のことも不躾な目で見ていた無礼者ですもの」
「お姉ちゃんにもそんなことを。それは許しがたいな」
「まあ、今頃は真っ青になっているんじゃない。ガジークの襲撃船4隻を撃破したギサールと私の腕前に恐れをなして震えて眠るといいわ」
「これに懲りてくれるといいんだけどね。そうだ。コーイチ」
ギサール様が後ろを振り返り、使用人の一人を手招きする。
赤い布張りの箱を受け取ると俺のところにやってきた。
慌てて俺が立ち上がると赤い箱を俺の手に押し付ける。
「僕からのプレゼント。開けてみてよ。気に入ってくれるといいんだけどな」
ギサール様は両の手を組んで親指をもにょもにょと動かした。
俺は赤い箱を開けてみる。
「これは……」
アンジェがギサール様をモデルに作っていたカメオだった。
「いいのですか。俺がこんなものを貰っても」
「これならいつでも僕と一緒にいる気分でいられるかなと思ったんだけど……」
そりゃ、これだけそっくりなら。
でも、そういうものは普通もうちょっと違う相手に渡すものじゃありませんか?
横から火を噴きそうなほどに熱い視線を感じるんですけど。
とはいえ、ここはお礼を言う以外の選択肢はない。
「ありがとうございます。大切にします」
その言葉にギサール様は顔を上げるとキラキラ輝くような笑顔となった。
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