第27話 モロバレ

「自分が許せないですか?」

「そうだよ。ガジークの連中に気を取られて、コーイチが海に落ちたのに気が付かなかったなんて。そのせいでコーイチが行方不明になったりしたら当然許せないでしょ。まあ、そんなことより座って」


 変な言い方だけど俺が助かって本当に良かった。

 ギサール様の年齢で、自分の至らなさをずっと悔いるようなことになって欲しくない。

 人生の選択でずっと当たりを引き続けるなんてあり得ないものだ。

 ただ、俺のせいで選択を誤ったという心の傷をギサール様が負うのは避けたいという強い気持ちがある。


 これは俺のエゴだ。

 しかし、参ったなあ。

 人生リセットされて、後は適当に生きていけばいいと思っていたのにうっかり事故で死ぬこともできやしねえ。


 再びペチペチとされればギサール様の手が心配になり、俺は恐縮しながら30センチほど離れたところに腰を降ろす。

 ギサール様は上半身を捻ると俺に向かってニッと笑った。

「コーイチもよく頑張ったね。焚き火をしたのは正解だったよ。あの火が見えなければ分からなかった。それにキングクラブにファイアボルトを放って牽制もしていたし。あ、そうだった。喉も渇いているでしょ?」


 あのデカいカニはキングクラブと言うのか。

 ギサール様が呪文を唱えるとその横の台にゴブレットが現れた。

 よく見ると台の上には文様が刻んである。

 あらかじめ厨房あたりから転送できるようにしてあるのだろう。


 ギサール様は手を伸ばしてゴブレットを掴むと俺の手に押しつけてくる。

「流石に浴室で食事はお行儀が悪すぎるからね。柑橘の果汁に蜂蜜を加えたものだよ」

 さあ、さあと勧められるので口をつけた。

 甘みと酸味が体に染みわたる。


「飲み食べせずに丸1日だものね。辛かったでしょ? ここから出たらすぐに食事だよ。今日は魔力回復量を調べる実験はなし。一杯食べてね」

「それなんですが」

 俺は海藻を摂取したことによる魔力増加について話をした。


 せっかく飲食の用意をしてくれていることへの罪悪感から早口で言い訳をする。

「でも、お腹が空いているのはその通りですし、真水以外のものが飲めて美味しかったですよ」

 ギサール様は形の良い眉をひそめていた。

「ねえ、海藻って食べられるの?」


「ええ、まあ、美味しいかというとあれですけど」

「お腹痛くなったりしない?」

「……、あれ? その辺の道に生えている草を食べたみたいな反応じゃないですか?」

「同じようなものでしょ?」


「ひょっとして皆さん食べないんですか? 俺のいたところだと割と普通に食べますけど」

 寿司の軍艦巻なんか人気だし、海苔を食べる人は多いよな。刺身のツマのコリコリしたのも俺は好きだし、お好み焼きに青のりは欠かせない。


「たぶん誰も食べないと思うよ」

「その言い方、人としてあり得ないという感じですか?」

「無人島に取り残されていたんだから、お腹が空けば何でも試してみるとは思うけど、僕なら貝を掘ってみるかな」

 うわー、かなりドン引きされている。


「そうですか……」

「でも、ほら、そのおかけで海藻を食べると魔力がたくさん生成できるって初めて分かったわけだし。大発見かもしれないよ」

 ギサール様は励ますように言ったが、やや無理をしている感があるのは否めなかった。


「それで、まだ魔法は使えそう?」

「たぶん、まだいけると思いますが、試してみますか?」

「あ、大まかな量なら分かるから見てみるね。それで分からなかったら試してみてよ」

 ギサール様が呪文を唱える。


 俺の方を見て驚いた表情になった。

「凄い。魔力がこんなにある。ファイアボルトなら、あと5回は放てるね」

「それってどれくらいの凄さなんですか?」

「魔力の総量としては特筆するほどでもない。でも、ほとんどゼロだったコーイチの魔力がここまで回復したということが凄いんだ」


「海藻は驚異の魔力生成量をもたらす食べ物ってことですね」

「うーん。食べ物と言えるかは微妙だけど……」

 そんなゲテモノ扱いしなくてもいいと思うんだけどな。まあ、食は文化だから仕方ないか。


「魔力といえば、ギサール様も相当な量を使われたんじゃありませんか? 別荘まで直接飛んでくるのも厳しかったんですよね?」

「そんなことはないよ。昨日に比べたら3分の2ぐらいにはなったけど、まだまだ尽きることはないさ。これからまた貯めればいいことだし、全然コーイチが気にすることはないからね」


「それじゃあ、なんで途中で海に?」

 その質問にギサール様はフイと目を逸らす。

「まあ、いいじゃないか」

「いえいえ。万が一ギサール様に何かあったのだとしたら申し訳ないです」


「僕は何ともないよ。ほら、なんていうか、あのままコーイチを別荘まで運んだら悪いかなと思って」

 俺に悪い? どういうことだ?

 あ……。


 かっと全身が熱くなった。

「ひょっとして気づいていました?」

「うん。でも、仕方ないよ。キングクラブに襲われたんだから。なすすべもなくチョッキンとされなかっただけでも大したものだよ」


 可愛い顔で慰められてしまう。

 うわあ、お漏らししたのを悟られていたなんて恥ずかしすぎるだろ。

 でも、ギサール様の機転がなかったら、別荘にいる人たち全員に粗相を知られてしまっただろう。


 ソフィア様やその従者2人にバレたら、恥ずかしさは今の比ではない。

 いや、よく考えたら、美少年と二人きりでサウナに入って、俺のお漏らしを知っていると告げられるのも相当にクルものがあった。

「本当だよ。コーイチが生きていて良かった」


 チラリとギサール様を見ればウルウルした目をしている。

 俺の視線に気が付くと少し慌て気味に俺の手からゴブレットを取り上げた。

「もう飲んじゃったよね」

 台にゴブレットを置き呪文を唱えるとその姿が消える。

「ご心配をおかけしました」

 俺はそう言いながら、幸せを噛みしめていた。

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