第25話 巨大カニ
いやいやいや。
このままじゃ、俺がディナーじゃん。
そりゃ、カニは雑食性だし、古寺に住み着いて人間を食う化け物ガニの昔話もあるけどさ。
その話じゃ、どうやって対峙したんだっけ。
なぞかけに見事に答えて仏具の独鈷を投げつけたんだ。
ここら辺に独鈷なんて落ちてないよなあ。
俺は左右を見回すが当然逃げ場はない。
こうなったら自分でなんとかするしかねえ。
幸いなことにここには裸火があった。
これで、俺が現時点で習得している唯一の攻撃魔法が使える。
手早く彼我の距離を計算し、呪文を唱えて空中に透明なチューブを作り出した。
このチューブの中には可燃性の気体が充填してある。
チューブの片側、火に近い方を開放すると空中を火線が走った。
石弓の矢のように火が飛ぶ魔法ファイアボルト。
名前はなんかそれっぽい。
けれども、裸火からしか飛ばすことができないという制約もあり、比較的初歩的な攻撃魔法だった。
それになんといっても威力が……。
こんな馬鹿でかいカニのチキン質を破壊できるはずもない。
そこで俺は甲羅からにょきっと突き出た眼柄を狙った。
むき出しの眼柄を焼かれた巨大カニは身をぶるぶると震わせて海へと戻っていく。
ふう。やったぜ。
額ににじんだ汗をぬぐった。
達成感が俺を包みこむ。
今まで練習したときは体調によって発動したりしなかったりだった魔法がいざというときにきちんと目標に命中した。
膝はまだ震えていたが、なんというか魔法使いとして一段階上がった気がする。
こんなに上手くいくのだったら、消費する魔力を増やしてファイアボルトの威力を上げるという芸当もできたかもしれない。
消費する魔力を倍増させる術式は実際に使ったことはないが、俺も一応は学んでいた。
だいたい2倍量を消費することで効果が1.4倍になる。
明かりの魔法なら持続時間がそれだけ増え、攻撃魔法なら威力が上がった。
対象を2つに増やすということもできる。
その場合は単体を標的にするときに比べて3.5倍の魔力を消費すると学んでいた。
効率は良くないが、これをうまく使いこなすのが第一級の魔術師である。
やっぱり俺には威力を上げるのも対象の拡大もまだ早いな。
1発うまく撃てたところで慢心してはいけない。
まあ、とりあえず、巨大カニを撃退できたことは良しとしよう。
最悪の場合、今頃はあのデカい爪で身を千切られていたかもしれないのだから。
背中を身震いが駆け上がった。
今さらながらに恐怖を感じてぶるっときた俺の目に嫌なものが映る。
海の中から黒々とした塊が砂洲へと上陸してきた。
先ほどのが戻ってきたのかと思ったが、似たような影がさらに2つ姿を見せる。
どうやら仲間がやってきたようだ。
マジですか?
だああ。
なんとか1体倒しただけでも俺としては上出来なんだぞ。
こちとらはこの世界に来てまだ半年なんだからさ。
魔法の珍しさに浮かれてウッキウキで勉強してきたけど、魔法の能力は小学生レベルしかない。
まあ、小学校というものはないんだけど、感覚的にそれくらいってことね。
それなのに外観といい、装甲の厚さといい、大きさといい、このタイミングで出てくる敵じゃないでしょうが。
いや、まあ、ゲームじゃないんで序盤には弱っちいモンスターだけが都合よく姿を現すわけないんだけどさあ。
心の中でぼやきながらも、俺は精神を集中する。
先ほどと同様の手順で空中に火の通り道を設定して点火!
ボボボという音を立てながら空中を走ったファイアボルトの魔法は先ほどと同様に巨大カニの突き出した目を焼いた。
口から泡を吐いて俺に目を焼かれた一体は来た道を逆戻りして海へと入っていく。
これで残りは2体。
仲間がやられたことに怯んで一緒に逃げ出してくれればありがたいのだがそうはいかないようだ。
ガチン、ガチンと爪を鳴らして巨大カニが俺へと迫ってきた。
体は疲れているし、腹も空かしているけれど、俺は妙に調子がいい。
まだまだいける。
まだ魔力切れを起こすことはないという根拠のない自信があった。
しかし、このカニどもはデカいだけでなく知性もあるらしい。
そのまま一直線で突っ込んでくれば射線に入るのでまとめて迎撃できるところだったが、なんと左右に散開しやがった。
進んでくるスピードから考えて、一体ずつファイアボルトの魔法を使っている暇はないと判断する。
以前に明かりの魔法で一度使ったことがある対象を複数に増やす呪文を懸命に唱えた。
これでまずは第一段階終了。
焚火から2本の線を空中に思い描く。
一本は短いが、もう一本は今までで一番長い距離になる。
慎重に角度を調整して、魔法を発動した。
空中に鮮やかな火の線がV字を描きながら矢のように走る。
やったぜ両方とも命中と思ったが、遠かった方の一体はなんと大きな爪で目を庇いやがった。
固い爪を焼くこと能わず俺の切り札の呪文はフシュリと消える。
傷を負った方はすたこらと撤退するが、残った一体は心なしか目を怒らせて俺の方へと近寄ってきた。
離れていてもデカかったが近くに来られるとほとんど見上げるような体勢になる。
残念ながらもう一発呪文を唱える時間を与えてくれそうになかった。
巨大ガニは左右で大きなの違う爪のうちの大きい方を俺の頭上で開く。
もう小便ちびりそう。
脚は萎えてしまい動けない俺は巨大な爪によって首をちょん切られることを想像し、固く目を閉じて衝撃に備えた。
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