第23話 漂着

 意識を取り戻したときには日はもうとっぷりと暮れている。

 俺は砂浜に打ち上げられていた。

 岩場だったら死んでいたこと間違いなしなので運が良かったといえるかもしれない。


 しんどかったが腕を突っ張って体を起こした。

 ズキズキと痛む後頭部に手をやると鋭い痛みが走る。

 月明かりに透かして見ると手に血がついていた。

 それほど深い傷ではないがまだ完全に血が止まっていなかったのだろう。

 痛みが意識を覚醒させるのに役立った。


 さて、状況を確認しようと思ったが、西の空の低いところに浮かぶ月は半月程度の大きさでそれほど明るくない。

 なんとなく海と陸地の境目は分かるが、どれほどの大きさの島なのかもはっきりとは分からなかった。

 寄せては引く潮騒の音だけが響いている。


 幸いなことに気温は低くないので凍えることはなかった。

 明かりを灯すかどうか逡巡する。

 朝食はしっかり食べたとはいえ、食事1回分で生成できる魔力はいつもの3分の1でしかない。


 せいぜい10分程度のぼんやりとした明かりを3回か4回灯すのが限界だろう。

 考えた末にやめた。

 朝になれば状況は確認できるわけだし、無駄に魔力を消費することはない。

 万が一、近くにまだ海賊の船がいたりしたら、それこそ泣くに泣けない結果になる。


 ギサール様たちは無事に海賊から逃れることができただろうか?

 俺のことを簡単に見捨てるような薄情者ではないはずなので、このような状況になったということは……。

 嫌な想像が頭を駆け巡った。


 いやいや、海賊船と交戦中だったので気づくのが遅れただけかもしれないじゃないか。

 悲観論と楽観論が交互に頭に浮かぶ。

 とりあえず、よろよろとしながら波打ち際から離れることにした。

 このまま眠ってしまいたいが、潮が満ちてくるとまた海に流されてしまう。

 幸いなことに履いていたサンダルは無くなっていなかった。


 脚を引きずりながらよろよろと歩いていく。

 足元が砂から固いものに変わった。

 もう十メートルほど歩く。

 体力の限界だった。

 腰を下ろすと何かの草に触れる。

 腕を枕にして再び眠りについた。


 再び目を覚ましたときには空が明るくなっている。

 意識が戻ると同時にぐうと腹が鳴った。

 空腹を覚えるということは生きている証拠である。

 やれやれと立ち上がって俺は絶望に囚われた。


 少しでも小高いところへと移動していたつもりだったが、俺が居たのは島の最高地点である。

 まあ、これを島と呼んでいいのかは疑問があった。

 ごつごつとした岩場に付属した長さ50メートル、幅20メートルほどの砂洲というのがその実態である。


 真ん中の辺りにちょろちょろと下映えが生えていたがそれが緑と呼べるもののすべてだった。

 何か食べられるような実がなる木の類は一切ない。

 同時にこれからギラギラと照り付ける太陽から身を隠す場所もないということだった。


 周囲を見回すと離れたところに島が見えた。

 距離としてはどれくらいだろう?

 1キロメートルか、それ以上はありそうだった。

 正確な距離は分からないがそれは大きな問題ではない。どのみちあそこまで俺が泳いでいくだけの体力は残っていなかった。


 ぐるりと見渡すがどの方向にも船影はなし。

 まあ、海賊船がすぐ近くに停泊していたとしても助けを求めるかどうかは難しい判断ではある。

 現状を確認すると猛烈に喉が渇いていることに気が付いた。


 海水をかなりの量を飲んでしまったのかもしれない。

 ひりつくような喉の痛みも覚えた。

 さて、ここが思案のしどころだ。

 数日前に手を洗ったように海水から真水を作る魔法を使うことはできる。

 ただ、これは一発きりの可能性が高かった。


 これから日が昇って気温が上がると俺は干上がることになる。

 それまで我慢をすべきかどうか。

 そうだな。もうちょっと我慢をしよう。

 何かいいものが漂流していないか1周してみることにした。


 砂浜で元は船の一部だったと思われる木材や布は見つかったが、水の入った樽や食べられそうなものはない。

 残る未踏破エリアは岩場だけだった。

 近くに寄ってみるが高さが3メートルほどの岩の塊というだけで、体力を消耗してまで登る価値があるとは思えない。


 もし遠くに船が見えたなら助けを呼ぶために岩場の上に立つのは意味があるかもしれないし、嵐が来たら嫌でも登る羽目になるだろう。

 まあ、その前に飢えか渇きで死ぬ方が早そうである。

 水中に目を凝らすと何かがゆらゆらと揺れていた。


 鮮やかな緑色の海藻が岩にへばりついている。

 腰ひもにくくりつけてあったナイフを鞘から引き抜いた。

 海藻を根元からナイフで切り取って持ち上げぶんぶんと水気を切る。

 くんくんと匂いを嗅いだ。

 

 毒のある海藻というのは聞いたことがない。

 まあ、打ち上げられて腐ったものは当然のことながら食えないが、こいつは先ほどまで海の中で元気に生えていた。

 ほとんど丸一日食事をしていないため、何の根拠もないが食えそうな気がする。

 

 先っちょの方をひと齧りしてみた。

 うん。海藻だ。

 歯ごたえがあり、明らかにワカメとは違う。

 んー、刺身のパックを買うと端っこの方に入っているやつのような気もしなくもない。


 一度口に入れたら胃がさらに食物を要求してぐうと鳴った。

 海藻は低カロリー食品である。

 食ったところでほとんどエネルギーにはならないだろう。

 しかし、この際、そんなことはどうでもいい。

 人間3日ぐらい何も食わなくても死にはしないが、口にできるものがあるだけありがたい。

 何でも食べますよく噛んで。

 俺は海藻を口の中に入れるともぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。

 

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