第22話 襲撃
「すぐに船に戻るよ!」
あくまで冷静にギサール様が呼びかける。
ラシスとナトフィの二人は櫂を岩場から離していた。
ギサール様はボートの艫のところに立ったまま呪文を唱えている。
洞窟の入口のところの海面が幅1メートル、長さにして10メートルほど沈み始めていた。
「力の限り漕ぎなさい」
ソフィア様の指示に従者二人は口で何かをつぶやきながら櫂を動かし始める。
ラシスとナトフィの肩と腕の筋肉が盛り上がった。
二人は調子を合わせて櫂を力強く漕いでいる。
その間に洞窟のところの海面はゆるい傾斜を描いて2メートルほど抉れるように凹んでいた。
その凹みにボートが突っ込む。
洞窟の外に出ると眩しさに目がくらんだ。
「水が戻るよ」
ギサール様の叫び声とともに両側から海水が凹みに向かってなだれこんでくるのが細めた目で見える。
ボートは激しく揺れたが転覆することはなかった。
こんなに揺れているのにギサール様は危なげなくボートの上に立っている。
その足元にソフィア様がしゃがみ込んで船べりに捕まっていた。
大きく揺れている間にもラシスとナトフィの二人は巧みに櫂を操ってボートを安定させるのみならず、快速船に向けて方向転換までしている。
舳先にへばりついていた俺は身体を捻った。
水平線に大型の船が4隻姿を現している。
四角い帆を張った柱が数本見える構造はおそらく元の世界でキャラックと分類される船式だと思われた。
どこの船かは俺には識別できないが、快速船が警報を発しているということは友好的な勢力ではないのだろう。
カジークの海賊と呼ばれる連中なのかもしれない。
マガラリア帝国の辺境海域に出没して略奪をすることで知られていた。
それでも帝国海軍にかかれば所詮は敵ではなく白昼堂々と現れることは滅多にないと聞いている。
そもそも、こんな島の近くにまで侵入されていること自体が失態だった。
帝国海軍には索敵を任務とする監視兵が配置されている。
遠見の魔法や、大型の海鳥を使役する魔法でもっと遠洋において補足し、海軍が出動していなければならない。
俺は船べりを握りしめた。
体中をアドレナリンが駆け巡る。
海賊とおぼしき4隻の船はみるみるうちに距離を詰めてきていた。
風任せの帆船とは思えない速度である。
そこであることに気が付いて舌打ちした。
俺たちが乗ってきた快速船と同様に魔法で風を起こしているに違いない。
一人で船を動かす風を作るのは大変だが、この世界では誰もが魔法を使えた。
船に乗る全員の力を合わせればかなりの風力になる。
見たところ船には200人ぐらいは乗りそうだった。
海賊船の帆は大きく風をはらんで膨らんでいる。つまりはそういうことなのだろう。
一方で俺たちの乗ってきた快速船は錨を上げ終わってゆっくりと動き始めたところだった。
ラシスとナトフィの懸命の努力のかいもあって、お互いに接近したボートと快速船が接舷する。
快速船の甲板から縄梯子が降ろされた。
向こうの船の甲板は海面から2メートル弱の高さがある。
俺は縄梯子の下端を抑えた。
「ギサール様!」
その瞬間に快速線の帆柱に火球が衝突して上側3分の1ほどを吹き飛ばす。
木材や綱のきれっぱしなどが海面に降り注いだ。
俺の肩を一叩きしたギサール様が縄梯子にとりついてスルスルと登っていく。
ギサール様を優先したのは主人と従者だからというだけではない。
魔法による攻撃から防御するにも反撃するにもギサール様が快速船に乗り込まないことにはどうしようもなかった。
ドボン、ドボンと何かが大きな水柱をあげる。
海賊船から発射された石弾か何かだろう。
一発至近距離に落ちてザバンと海水を浴びて濡れネズミになった。
それを最後に石弾が止まる。
ギサール様が何か防御手段を講じたのだろう。
「ソフィア様も早く」
血の気が引いて蒼白な顔をしていたソフィア様をラシスとナトフィが助けて縄梯子のところに連れてくる。
二人がお尻を押し上げるようにしてソフィア様を登らせた。
「先に行け!」
我ながらどうしようもないと思うがこういうところでカッコつけなくては気が済まない。
ラシスとナトフィは驚いたが、すぐにラシスの方が縄梯子を登り始める。
ナトフィがそれに続いた。
この間二人の船員が鉤爪のついた長い棒でボートを快速船から離れないように抑えてくれている。
それでも海には波がありボートは激しく揺れてガンゴンと快速船の船腹に当たって音を立てた。
どこか少し離れたところで派手な音が響く。
快速船から歓声があがった。
ギサール様が何かをぶちかましたらしい。
さすがはギサール様。
俺も早く快速船に乗り移らなくては。
その音と歓声に気を取られたのかボートを固定する棒を抑えていた男の一人が手を離してしまう。
「船を出せ!」
快速船で誰かが叫ぶ声が聞こえた。
びゅうっと強い風が吹きつけ快速船は大きく動き始める。
進行方向側の棒が外れていたために、ボートは残りの一点を軸にしてぐるっと大きく回転した。
その衝撃でもう一人の男も支えきれなくなったらしく棒を手放してしまう。
そして、航跡波をもろに食らったボートが転覆して俺は海に投げ出された。
上下感覚を失ってパニックになる。
何かが頭にぶつかり俺は意識を失った。
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