第21話 青の洞窟

「とっても綺麗ね」

「うん。そうだね」

 美しい姉弟が青く光り輝く水面を眺めている。

 俺はギサール様のお供をしてアイラ島の観光名所である青の洞窟に来ていた。


 青の洞窟というのはイタリアのカプリ島にあるものと原理は一緒である。

 一度海水を通って反射した光が洞窟内に満ちるので青の波長以外が届かず、洞窟全体が青く染まっていた。

 神秘的な雰囲気が漂い確かに息を飲むほどに美しい。


 陸側から近づこうとすると断崖絶壁を降りなければならないし、そこにたどり着くまでの道も険しい。

 そもそも、洞窟は海に向かってしか開いていなかった。

 なので見学するには船でアクセスするしかない。

 その入口である海に向かった開口部は干潮だと中に入りやすいが、同時に外からの光が隙間から入ってくるので青一色とはならない。

 一方で満潮だと当然のことながら洞窟の入口を通過するのが難しかった。


 本日はほぼ満潮であり、海水面は洞窟の入口の天井を濡らしている。

 通常なら入ってくることができないが、そこは魔法の天才であるギサール様が一緒だった。

 洞窟の入口から離れたところにボートを待機させ、ギサール様が魔法で水位を低くし中に入った後に元に戻している。


 そのお陰で普段は他の観光客が中に一杯いるところを俺たちで独占していた。

 実に贅沢な体験である。

 俺一人では絶対にこのような体験をすることはできない。

 ボートの中には姉弟の他にソフィア様の従者であるラシスとナトフィの二人も乗り組んでいる。

 どちらもきびきびとした動きで見るからに油断がならない。

 それぞれが櫂を一本ずつ持って岩場に突っ張りボートを安定させていた。


 何も役割のない俺は舳先に座り込んで、うっとりと景色を楽しんでいるギサール様とソフィア様を眺めている。

 とても絵になる光景だった。

 青の洞窟も美しいっちゃ美しいのだが、この二人が中に存在することで絵として完成する気がする。


 ギサール様が振り返った。

「コーイチ。そんなところに座り込んでいないでこっちにおいでよ」

「あ、俺はこの場所で結構です。十分に楽しんでます」

 なんていうか、その、こっちくんなって目で見ている方がすぐ側にいらっしゃるんで。


 それにほら、近くに行っちゃうと折角のお二人の全身像が見られなくなっちゃうんですよ。

 エッフェル塔を見たくなかったモーパッサンがその1階にある食堂に通ったのと逆というかね。


 先ほどまでは後ろ姿だったのが、今ではお二人とも上半身をこちらに向けているのでご尊顔まで拝むことができた。

 青い光に染まったお姿は水の精霊だと言われても納得できる麗しい姿である。

 俺の前で櫂を保持している二人からもうっというような声が漏れていた。

 だよな。心の準備無しに見ると心臓が止まる危険性がある。


 この場に留まると聞いて俺には用がなくなったソフィア様がギサール様に顔を向けた。

 ふわっと表情がほころんで優しい笑みを浮かべている。

 より一層破壊力を増した光景に俺は忘我の境地となった。

 はあ。

 目に焼き付けておこう。


 また入口の方に向き直ったギサール様にソフィア様が寄り添った。

 仲が良いということなのだろうけど、俺は危ういものも感じ取っている。

 ごくわずかなのだが、インモラルな感じがするのだ。

 ソフィア様はギサール様に理想の男性像を見ているのではないかという疑いが強まる。


 普段は決してそんなそぶりも見せない。

 ここには余人の目が無いということで気が緩んだのかもしれなかった。

 そりゃまあ、ギサール様が身近にいると他の男は視野に入らないだろうな。

 でも、この世界にもインセストタブーは存在する。

 姉と弟が関係を持つのは禁じられていた。


 やっぱり俺のことを目の敵にしている理由の一つには羨望というのもあるのだろうな。

 ある程度の年齢になると外で姉弟が仲睦まじいというのは奇異の目で見られてしまう。

 双方ともに美しいだけに、外野もひょっとしてと下衆の勘繰りをしてしまうのも無理はなかった。


 それにひきかえ、従者である俺とギサール様が親しくしていても、変わっているなとは思っても、そういう想像には至らないだろう。

 下位の者にも親切で寛大な主とむしろ評判が上がるかもしれない。

 それに対して遠慮もせずに甘えている俺はソフィア様にとって面憎い存在に違いなかった。

 自分の手が届かない場所に居座る姿を見せつけられては心安かろうはずもない。


 まあ、でも、そろそろギサール様に見切りをつけた方がいいと思うんだよな。

 今はまだいい。

 ギサール様はまだ物心がつく前に母親を亡くしていた。

 その代わりを務めているという言い訳がまだ通じる。

 

 名家コーネリアスで近親相姦のスキャンダルなんて目も当てられない。

 才能豊かなギサール様の将来を潰すなんてことはやめて欲しい。

 青史に名を遺すこと間違いない逸材なんだからさ。

 俺はギサール様が能力を発揮すれば、より多くの人々を幸せにすると確信している。


 聡いギサール様が姉の心に潜む生臭い欲望に気づく前に、とっとと他の男性に興味の対象を移すことを切に願っていた。

 ギサール様を悲しませて心に影を残すような真似をしないでくれ。

 まっすぐ晴朗に育ってほしい。


 そんなことを考えている俺の耳にジャーンジャーンという大きなシンバルを打ち鳴らすような音が聞こえてきた。

 その場にさっと緊張が走る。

 この音はポートカディラから乗ってきた快速船に異変が起きたことを知らせるものだった。

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