第20話 儀式
翌朝、魔法を使おうとしてみるが、ほとんど使うことが出来ずに終わる。
明らかに小麦の食事をしたときに比べて魔力の生成量が低かった。
どうやら、米は魔力を作るという点においては低機能ということになる。
まあ、仕方ないね。
それに下手にお米が優秀ということが分かって庶民が口にできないほど価格が高騰しても俺が困るし。
しかし、このことが公表されると今まで以上に低所得層の不満が募るかもしれないな。
俺は米好きだけど、一般的には米よりも小麦の方が好まれているところに、魔力もあまり作れないということになれば差別だと騒ぐ者が出てもおかしくない。
ギサール様の発表で社会不安が増大するのはよろしくないな。
まあ、そこまで大げさに考えることはないか。
いざとなれば、この俺が米の美味さの伝道師となればいいことだ。
やっぱり寿司かな。
でもなあ、この世界は生もの食べる文化がほとんどないんだよなあ。
刺身や寿司なんか披露したらゲテモノ食わせるのかって石を投げられそう。
魚そのものは食うんだけどねえ。
フォースタウンでも鰻と思われる魚は食べていたし、鱒もソテーにしたのは賄いで出た。
やっぱり、シンプルに塩結びにしてパリッとした海苔を巻くのもいいな。
コンビニで売っているおにぎりも外国人に人気があるって聞いたことがある。
一方で、海苔だけは無理という声もあるというのはどこかで読んだ。
でもなあ、海苔の養殖技術を確立したのはイギリス人女性だったはず。
こんなことを考えていたら、無性に海苔が食いたくなってきたぞ。
ギサール様は今日の実験結果を記録すると俺についてくるようにと言う。
とある部屋の前に立つと扉をノックした。
「お姉ちゃん、入るよ」
「……どうぞ」
扉を開けるとギサール様は中に体を滑り込ませ俺を手招きする。
恐る恐る俺は部屋の中に入った。
調度類の立派さはギサール様の部屋と変わるわけではないが、全体的に柔らかな色合いとなっている。
部屋の中には主であるソフィア様が一人でソファに座っていた。
ギサール様に連れられて近くに寄るとすっくと立ちあがる。
袖なしのワンピースのような服を着ていわゆるボレロを羽織っていた。
裁断、縫製、染色のすべてにおいて庶民の来ているものとは違うのが分かる。
それがまたよく似合っていた。
ソフィア様は折角の綺麗な顔を強張らせている。
ちらりとギサール様に視線を走らせると俺に向かいなおった。
わずかに片脚を引き、ワンピースの腰の辺りをほんのちょっとつまむ。
「コーイチ。先日はちょっと言い過ぎました」
そこで一度口を閉じた。
ちろりと舌を出して唇を湿らせる。
「あなたの心を騒がせたことを申し訳なく思います」
少し声がかすれているが、なんとか言葉を紡いでいた。
フーと機嫌の悪い猫のような音をギサール様が漏らす。
きちんと明確に謝罪の言葉を述べなかったことが不満なのだろう。
まあ、でも、世の中にはごめんなさいができなくて、そんなつもりじゃなかったと言い訳を重ねる人間はごまんといる。
弱冠16歳の女の子ということを考えれば上出来だった。
普段、天使のようなギサール様と一緒にいるから勘違いをしてしまわないように気を付けなくてはならないな。
ギサール様が異常に素直で素晴らしいだけで、ソフィア様が劣っているわけではないのだ。
俺は片膝をつき腹に手を当てて上半身を折り曲げる。
「ありがたいお言葉。謹んでお受けいたします」
はっと息を飲む音がした。
頭の中で5秒ほどカウントすると上半身を起こして立ち上がった。
「それじゃ、後でね。お姉ちゃん」
ギサール様が告げて部屋を出ていくのに従う。
くるりと踵を返すときに見たソフィア様は唇を噛んでいた。
部屋を出るとギサール様はすぐに謝ってくる。
「コーイチ。ごめんね」
「いえいえ。なんとか儀式が済んで俺もほっとしましたよ」
「姉ももうちょっと誠意を見せて欲しかったな。それにしてもコーイチの態度は立派だったよ。年長者の余裕を感じた」
「そんなに褒めないでください。私だって意地を張った返事をしたんですから」
「でも、それは姉がごめんなさいと言わなかったからでしょ。酷い態度を取った行為そのものじゃなくて、コーイチに不快な思いをさせたことに対して遺憾の意をしめしただけじゃないか」
「私もそれに対して、実質的に許すも許さないも言ってないですけどね」
「でもさ、『謝罪の言葉を受け入れます』って被せることはできた訳でしょ。姉の言葉を謝罪と理解しますって。それをしなかったんだからさ」
この辺りの繊細な言い回しについてはギサール様と事前に打ち合わせをしていた。
当初の想定よりも俺は一歩譲歩した形になっている。
「俺もソフィア様をやっつけたいわけではないので。それにほら、世の中には理不尽なことは一杯あるでしょ。とりあえず自発的に俺に言葉をかける機会を設けて欲しいと言ってきたわけなので、それでもういいかなって」
「自発的ねえ。そうしないと今日の観光に一緒に行かないって僕が言ったからなんだけど」
ギサール様は憤懣やるかたないという表情をしていた。
「まあまあ。これでさらに置いてきぼりにしたら俺が本格的にソフィア様に恨まれます」
「コーイチがそういうならいいけど」
ようやくギサール様が機嫌を直す。
「今日も天気がいいですし、絶好の観光日和ですよ」
「そうだね。うん。コーイチの言うとおりだ。楽しいことを考えた方がいいね。まずはその前に腹ごしらえをしよう。コーイチもお腹減ってるでしょ?」
「今朝のメニューはなんでしょうね」
俺は鼻をすんすんとさせてみせた。
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