第19話 壁ドン

 ずぎゅーん。

 もうギサール様ったら、本当にもう天然の人たらしなんだから。

 ワインのせいか、頭がくらくらする。

 アンジェも半口を開けてギサール様と俺を見ていた。


「さっき、アイラ島に残ったらと言ったのは忘れて。とてもじゃないけど無理って分かったから」

 アンジェは力なく首を振っている。

 昼食を終えると、ギサール様とアンジェが相談してカメオに彫るポーズを決めた。


 家の外壁に片手をついて少しうつむき気味にギサール様が立つ。

 いわゆる壁ドンポーズというわけだった。

 アンニュイな雰囲気をたたえたギサール様の横顔は抜群の破壊力を誇っている。

 これは売り出してはいけないものなのではなかろうか。


 その姿をアンジェが真剣な表情で貝に彫りつけていた。

 俺は何をしているかというと、椅子に座り込んでぼーっとしているだけである。

 一応、魔法の無駄遣いをして魔力を空っぽにするというのはやった。

 昨晩からギサール様の自由研究が始まっている。


 手順はこんな感じだ。

 ほぼ魔力がゼロになるまで絞りつくすようにして俺が魔法を使ってヘロヘロになる。

 夕食に単素材のものを一定量食べて眠り、翌朝どれぐらいの魔法が使えるかを測定。


 夕食が侘しくなるのをギサール様は何度も謝ってくれた。

 大丈夫です。俺は魔法の研究のために我が身を捧げていますから。

 まあ、朝と昼とギサール様と同じ豪勢な食事を頂けているので文句もあろうはずがない。

 むしろ、ぶらぶらしているだけなので夕飯までしっかり食べたら太ってしまいそうである。


 アンジェは持てる力を振り絞ったのか、日が暮れる前までには貝殻の上にギサール様の艶姿が生き写しになっていた。

 後は背景その他を加工して完成となるが、別にその部分の作業にギサール様は必要ない。


 疲労困憊してげっそりとなったアンジェがギサール様に約束をする。

「明日までには仕上げますから」

 反射的に言葉が俺の口をついて出た。

「徹夜はしないでください。睡眠不足はいい仕事の敵だ」


 ギサール様もうんうんと頷いている。

「そんなに急がなくて大丈夫だよ。明日は僕とコーイチで青の洞窟に観光に出かけることになっているから明後日に見せてよ。別にそのときまでに完成していなくてもいいからね」


 アンジェさんに見送られて別荘へと向かった。

 ギサール様はとてもうきうきとした表情をしている。

「思った以上にいいものができたよ。アンジェさんは本当に腕がいいね」

「確かにギサール様の表情を見事に再現していたと思います」


「そうだよね。あのカメオがあれば、いつでも僕と一緒にいる気分になれると思うんだ」

 おおっと。ギサール様にも意中の子がいたのか。

「……そうですね」

 一拍遅れて返事をした。


 ラブレターを貰ってお断りのお返事を5回ほど中継したことがあるけど、一体どの子なんだろうな。

 やはり一番最近手紙を寄越した子が有力候補かもしれない。

 夢見るような笑みを浮かべてギサール様を遠巻きにしている美少女を思い出す。

 

 確か裕福な家ではあるけれど貴族ではない家の子供だったはずだ。

 となると乗り越えなければならない障害は多そうだなあ。

 全力で応援したいところだけど、そういう方面のしきたりとかには詳しくない。

 まあ、あれか、ギサール様に頼まれたことを全力で果たせばいいか。


 密かに決意を固めているとギサール様が話しかけてくる。

「あの場ではああ言ったけど、コーイチってアンジェさんのこと気にかけている? 今日の事件を見て少し同情したりしちゃった?」

「そうですね。あんなナジーカのような男に目を付けられて気の毒だとは思いますよ」


「そっか。それで、自分が何とかしてあげなくちゃとか考えた?」

「俺なんかが出て行かなくてもギサール様のお名前で退散したじゃないですか」

「そうなんだけど、今日は僕との約束を邪魔しているということで引き上げただけだからね。用事がないときにも近づくなとまでは言えないからさ。それに休暇が終わればフォースタウンに帰っちゃうだろ」


「それはそうですが、かといってアンジェさんにしてあげられることがあります?」

「僕の別荘で雇うようにすることもできなくはないけど、そうなるとあのお店をやめなきゃいけないというのは変わらない。それではあれほど磨いた腕前がもったいないよね」

「私にはそこまでの腕なのかは分からないですが、努力の成果だというのはそうでしょう」


「ああいうちょっかいを出させないようにするには夫がいるのがいいんだけど、こればかりはアンジェさんの気持ちもあるからさ。そこでコーイチが義侠心を発揮して名乗りを上げるんじゃないかって心配しちゃった」

 ちょうど別荘に到着して、使用人たちに出迎えられ返事ができなくなってしまう。


 簡素な夕食、今日は米を煮て塩味をつけただけの粥を食べて自室に引き上げた。

 ベッドに横たわったところで急にそのことに思い当たる。

 遅まきながら、アンジェの工房を出てからのギサール様の発言の意味を理解した。

 俺がアンジェと結婚すれば、ナジーカは手を出せなくなる。

 

 もしそんなことをすれば、ギサール様からすれば自分の使用人を煩わせて仕事が手につかなくなるようにするのは喧嘩売ってる、ということになるわけだ。

 ということはあれか。

 アンジェはそのことを分かっていて、アイラ島に残らないと俺に謎をかけたわけだし、ギサール様は不同意を伝えた。


 それで、帰り道にギサール様が聞いてきたのは、俺がアンジェと結婚したいという意思があるなら不同意を撤回してもいいということかな。

 ぜんっぜん分かってなかった。

 しかし、ギサール様はなんで反対と即答したんだろう?

 よく分からないな。

 思いあぐねているうちに俺は寝てしまった。

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