第18話 理由

「いやあ、アンジェさんも大変だねえ」

 食事を再開しながらギサール様は気軽に言う。

 言われた当人は顔色があまり良くない。

 チラリと俺に目で訴えかけてくる。


 その様子を察したギサール様はかぶりつきかけていたパンから口を離した。

「直接口をきいていいですからね。何もコーイチを介して話すことはないですから。折角の料理が少し乾いちゃった」

 そして、ハムっとパンに歯を立てる。

 上品で美しいお顔ではあるものの、もきゅもきゅとしている姿は、まさに子供そのものであった。


「まさか、これほど高貴な方とは存じ上げず非礼のほどなんとお詫びすればよろしいのやら言葉もありません」

 消え入りそうな声でアンジェが詫びる。

 ギサール様は口の中に食べ物が入っているので返事ができない。

 ということで俺の出番かな。


「非礼というのは、ギサール様をカヘナ・ヌオヴァの長官への盾にしようとしたこと?」

 単刀直入に切り込んでみるとアンジェは首をすくめた。

「ご存じだったんですか?」


「そりゃまあねえ。ナジーカが来る日を指定して工房の見学に誘っているんだから、それぐらいは察しますよ」

「申し訳ありませんっ!」

 それこそテーブルに突っ伏しそうな勢いでアンジェは頭を下げる。


「ああ、そういうのはもういいから。ほら、さっさとお昼を食べて体力回復して、ギサール様をモデルにしてカメオを彫るんでしょ?」

「え?」

 思わず顔を上げてアンジェは俺を見つめた。


「まだ、モデルをしていただけるのですか?」

「えー、その話は単なる口実だったの?」

 ギサール様が頬っぺたを膨らませる。

「僕をモデルにしたカメオを作ってもらえると思ったからアンジェさんの話に乗ったんだけどな」


「あの、私などが作ってもよろしいのでしょうか?」

「もちろん。午前中に腕前を確認させてもらったからね。店に並んでいる作品を本当にアンジェさんが作っているって確信できたし」

「私も腕には自信がありますが、ギサール様の姿を刻むには……」

「僕が依頼してるんだからいいじゃない。ついでにコーイチの姿もよろしく」


「え? 俺のもですか?」

 ついつい声が出てしまった。

 本来ならギサール様が話しているところにくちばしを突っ込む資格は俺にはない。

 けれども、ギサール様はぜんぜん気にしていないようである。


「彫れと仰るのであればもちろん従います。巻き込んでしまった責任もありますし、全力で臨む所存です」

「よろしくね。僕の姿を形ある物に遺してもらえるなんて楽しみだなあ」

 ギサール様は殊の外うれしそうにしていた。


「ということで、遠慮せずちゃんと食べてください。食べないと実力が発揮できないですから。ちゃんとした食事はいい仕事の基本です」

 魔剤で活動していた俺が言うのも笑止だったが、反面教師的な意味合いで実感を込めて言う。


 アンジェは何かいいかけて口を閉じると自分の皿のものを食べ始める。

 俺も調子に乗って赤ワインのお替りをもらった。

 何一つ俺が寄与していない勝利に一人で乾杯をする。

 コーネリアス家の名前の効果は絶大だった。


 アンジェに懸想していたナジーカもその使用人の骸骨男も自分達に逆らう人間がコーネリアス家の者と知ると尻尾を巻いて店から出ていったことを思い出す。

 我ながら性格はあまりよくないと思うが、三つ葉葵の紋が象嵌された印籠を出した気分だった。

 頭が高い。控え居ろうってノリ。


 帝国の有力貴族にして、魔法の大家であるコーネリアスの名声は天下に鳴り響いている。

 版図からすれば辺境と言っていい、アイラ島やその周辺においてもコーネリアス家と事を構えることは論外という認識があるようだった。


 実際問題として、これ見よがしに腕に魔導銀をつけていたナジーカもギサール様と魔法の腕を競うことになったら瞬殺されていたことだろう。

 魔力を量るのを俺はあまり得意としていないが、これだけ魔力量の差があれば覚知するのは難しくなかった。

 得意でないのは……、ほら、他人と自分の差を見せつけられるだけだしさ。

 ちなみにナジーカを追い払った後にギサール様からこっそり教えてもらったが、あの二人自身の魔力量は俺と大差がないということだった。


 まあ、魔導銀があればそれに蓄えられた魔力を使い切るまでは、飲むそばから酒を注がれる酒杯を持っているようなものだ。

 ずっとだらだらと飲んでいられるが、酒杯の大きさを超える量を一気に飲むことはできない。


 つまりは発動にまとまった魔力を必要とする高度な攻撃魔法を使うことができない。

 そもそも、そんな魔法を使うための呪文を唱えられるかどうか怪しいものだった。

 結果として、ギサール様の相手として力不足である。


 ビビりまくっていた二人なのでそんなことはあり得ないが、万が一窮鼠猫を噛むような感じで戦いになったとしても、危険はまったくなかったわけだ。

 ライムジュースを飲んだギサール様が口を開く。

「そういえば、さっきのあの二人組が闖入してくる前の話だけど、コーイチのどこが気に入ったのか質問していたよね?」


「そうでしたね。なんか立ち入ったことをお聞きしてしまって……」

「あ、別に構わないよ。失礼とか全然思ってないから。それでその答えなんだけどね」

 アンジェのみならず俺も身を乗り出した。


「僕がコーイチを好きな理由は……」

 そこでギサール様は言葉を切り、俺は固唾を飲む。

「ヒ・ミ・ツ。秘密だよ。理由は教えられない。そもそも、人が人を好きになるのに理由なんていらないよね」

 ギサール様は無邪気に笑ってみせるのだった。

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