第16話 ランチの席で
魔法関連の俺には理解しがたい言葉が飛び交う。
なんか俺をそっちのけで盛り上がっていた。
15分ほど経ったところで、ギサール様が話を打ち切る。
「ごめんなさい。こんなに長く話をしてお仕事の邪魔でしたね」
「そんなことはないです。私にもとても有意義でした。新しい技法が編み出せるかもしれません。でも、お兄さんは退屈させちゃったかな?」
「コーイチ。ごめんね」
「あ、お二人とも気にしないでください。私はおまけですし、何もせずぼーっとしているのは得意なので」
実際、二人とも声がいいので何というかいい子守歌だった。
アンジェは手をパチンと叩く。
「私ったら、この暑いのに飲物も出さないで。ちょっと待っていて」
家の中に引っ込むとグラスにオレンジ色の液体を入れたものをトレイに載せて戻ってきた。
勧められるままに口をつけると爽やかな香りに包まれ、濃厚な酸味と甘みが口の中に広がる。
生搾りオレンジジュースみたいなものかな。
「ごちそうさまでした」
ギサール様と二人で礼を言う。
「それでモデルの件考えてくれた?」
アンジェがギサール様に期待の目を向けた。
「僕の名前を出さないのであれば構わないですよ」
「やった!」
アンジェは握りこぶしを作って喜ぶ。
「それじゃ早速と言いたいところだけど、もう昼食の時間ね。それじゃ午後またきてもらってもいいかしら?」
「そういうことでしたら、ご一緒にお昼をどうですか?」
ギサール様が俺に目配せをした。
俺は作業台の下に置いておいたバスケットを取り出す。
「そんなこともあろうかとランチを用意してきました。あの丸テーブルをお借りしても?」
許可を得てクロスを広げた。
ローストした肉と野菜、チーズを挟んだいわゆるサンドイッチ、エビのぶつ切りをニンニクとオリーブオイルで炒めたものなどを並べる。
「あら素敵。お酒が飲みたくなっちゃいそう」
そんなことを言いつつも、ギサール様はまだ飲めないし、アンジェはこの後に精密作業があるということで、蜂蜜入りのライムジュースが提供された。
「お兄さんは一杯ぐらいはいいわよね?」
俺には赤ワインが出される。
「飲んで構わないよ。コーイチはすることがなくて暇だろうし」
ありがたい言葉を頂戴したので遠慮せず飲むことにした。
改めてお互いに名乗り和気あいあいと食事をする。
「そっかコーイチは魔導銀が使えないんだ」
話をの流れで俺のことが話題になった。
「やっぱりフォースタウンのような都会だとみんな魔導銀を使うんでしょ? 使えないと肩身が狭かったりするんでしょうね。でもまあ、この辺じゃほとんど使っていないわよ」
「そうなんですか?」
「産地が離れているからね。価格も高いし、みんな自前の魔力でなんとかしてるわ」
「へえ」
フォースタウンじゃゴミカス扱いだけど、そうじゃない場所もあるのか。
アイラ島は魚介も食えるし、ここに腰を落ちつけるのもいいな。
まあ、ギサール様は一月ほどしたら、魔法学院の授業が再開されるのでフォースタウンに戻ることになる。
アイラ島は居心地はいいけど、ギサール様と一緒にいることの方が優先度は高いかなあ。
従者が不要になったら、別荘勤務にしてくれるように頼むのもというのがベストプランかもしれない。
すぐには別れがたいと思う程度には情が湧いていた。
そんな俺の考えを見透かすようなことをアンジェが言う。
「コーイチさん。この島に留まっちゃえば?」
仕える主が目の前にいるというのに大胆な提案をなさりますね。
俺が返事をするよりも早くギサール様が反応した。
「えー。ダメだよ。コーイチは僕と一緒に居るんだから」
口紅も塗っていないのにつやつやと赤い唇を尖らせて抗議している。
俺の方をちらりと見ると眉を下げた。
「でも、コーイチもフォースタウンだと辛いよね……」
「あ、大丈夫です。前も言ったように罵詈雑言や蔑みの視線には慣れてますから」
俺たちのやりとりを聞いていたアンジェが感心したような声を出す。
「こういうことを言ったらいけないのかも知れないけど、あなた方ってちょっと変わっているわね。この島に長期滞在するお金持ちの子供は一般的に従者とそんな関係じゃないけど。もっと高圧的に命令してる姿をよく見るわ。それともフォースタウンじゃそういうフランクなのが普通なの?」
「どうなのかな? 僕もあまり気にしたことがないや。魔法学院に通っている子は割としっかりしているからね。従者さんともそんなにギスギスはしてないと思うけど。あ、でも、僕とコーイチの関係が他と違って見えるのは当然かもね。僕はコーイチのことが大好きだもん」
アンジェはくりっとした目を大きく見開いた。
そりゃまあ、驚きますよね。
この世界で同性愛がどのような扱いなのかはよく分からないけど、大っぴらになっているのを見たことがないから、好ましいものとは考えられていない可能性が高い。
そんな中で大好き宣言は刺激が強いでしょうな。
アンジェが口を開く。
「そうなんだ。コーイチさんのどこが……」
そこへ店番をしていた年配の男性が扉を開けてあたふたとやってきた。
「あのお客さんがまた見えていまして。店主を呼べとえらい剣幕なんです」
男性は困惑しながら歯をがちがちと言わせている。
「ごめんなさい。ちょっと失礼するわ」
アンジェはため息をつきながら席を立った。
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