第15話 カメオ制作
「姉には後で話をしておきます」
「無理はしなくていいよ。なんか欠格者に対して強い負の感情があるみたいだし」
「そうなんですよね。すみません」
「そう何度もギサール様が謝らなくも。ソフィア様に言うのもほどほどにな。俺のせいで姉弟の仲が悪くなるのは見たくない」
「そこはご心配なく。僕が話せば分かってくれるはずです」
ギサール様は自信ありげに胸を張る。
あのお願いを繰り出されたら、ソフィア様といえども対抗するのは難しいかもなとは思った。
ソフィア様による罵倒の翌日、俺たちはカメオ職工のアンジェの工房に出かける。
「姉はまだ心の整理がつかないようで、謝罪はもうちょっと待ってもらえますか?」
「全然構わないよ」
食事時も部屋を別にしているのでかえって気楽だった。
下手に表面だけ謝罪されて顔を突きあわせるようになるのもしんどい。
まあ、鑑賞相手としちゃ最高なんだけどな。
「それで、なんでカメオ工房を見学することにしたんだ? こう言っちゃなんだけど、アンジェさん、もしかするとギサール様の玉の輿狙いの可能性もなくはないと思うが」
ギサール様は小さく笑った。
「かもね。でも僕にはその気はないから」
ですよね。
アンジェさんは一般的にはそこそこ魅力的な部類に入ると思うけど、ギサール様には年上過ぎるし身分も違いすぎる。
それに才色兼備のお嬢様からのアプローチが山ほどあるんだった。
ギサール様は俺の顔を見上げる。
「ひょっとするとコーイチってアンジェさんのような女性が好きだったりする?」
都会の子供は早稲だと言うけれど、こっちの世界でも一緒か。
今まではこういうことは話題にしなかったけど、親元から離れてちょっとはのびのびとして浮ついた気分でいるのかもしれない。
「俺はギサール様を残して勝手に結婚していなくなったりしないんで、その点は心配ご無用です」
そもそも、俺は将の乗る馬なので相手にされてません。ヒヒン。
ギサール様は顔を輝かせる。
「それは嬉しいな。僕はコーイチのこと好きだから」
少しはにかんだような表情になった。
向こうから歩いてきた中年女性がポカンと立ちつくしている。
俺からは横顔しか見えないが、それでも匂い立つような色気を感じた。
いやはや。
これ、実は性別を偽ってるとかいう展開あったらやべえぞ。
俺も全身全霊で自制するつもりだけど、好きと言われて腕の中に飛び込んでこられたら抱きしめないでいられる気がしねえ。
まあ、俺の妄想でしかないが。
「でも、僕はコーイチの幸せを邪魔するつもりはないからね。結婚ということになったら何か記念の品を送るよ」
「それはありがとうございます。でも、残念ながらちょっと気が早いと思うんですよ。俺と夫婦になろうって酔狂な女性はなかなかいないはずです」
「そんなことはないと思うけどな。じゃあ、コーイチには今好きな人はいないんだね?」
「相思相愛になれる相手ができたら素敵だとは思いますが」
「ふーん、そっか」
申し訳ありませんねえ。
その分野は得意じゃないんですよ。
元の世界でも恋愛経験はないし。
ギサール様もそういうのに興味が出てくるお年頃でしょうが、相談相手はよそで探して欲しいんですよね。
アンジェの店に到着する。
チラリと覗くと年配の男性が腰掛けており、アンジェの姿はみえない。建物に沿ってぐるっと裏手に回った。
建物から傾斜をつけて伸びている日よけの下でアンジェが手元を見つめて作業をしている。
集中していたので邪魔をしないように近くの木の下で見守った。
しばらくするとアンジェはふうと息をはく。
顔を上げて笑顔を見せた。
「あら。来てくれたんだ。そんなところにいないで近くに来なさいよ」
「お邪魔します」
作業台に近寄っていったギサール様は感嘆の声をあげる。
「これが制作中のものなんですね」
ギサール様が台の上の彫り途中の貝殻をしげしげと眺めた。
「そう。それで、これが切削棒ね」
アンジェが手にした細い針のようなものをみせてくれる。
「じゃあ、実際にやってみせるわよ」
アンジェは右手の親指と人差し指で切削棒を挟み、左手で貝殻を固定した。
線香の先端に灯がともるように切削棒の先端が淡く白い光を放つ。
屋外で強い日光が降り注いでいるため、それほどでもないが、暗いところならもっと明るく見えるのだろう。
パッと光が強くなると粉が散って1センチほどの範囲が半ミリほど削れた。
続いてその穴の縁をなぞるように切削棒が動き、滑らかになる。
それから少し深めのうねるような線が刻まれた。
どうも物理的に彫るのではなく魔力をそのまま出力して表面を削っているようだ。
針を交換しなくてもアンジェのコントロールで範囲や深さも自由に変えられるらしい。
視線をずらすとギサール様が食い入るように見つめていた。
しばらくするとアンジェが顔をあげる。
波間に戯れる人魚が浮き彫りされていた。
「繊細なコントロールですね。これは凄い」
ギサール様が頬を赤くして褒め称える。
「どうもありがとう。嬉しいわ」
「これだけ細やかな調整はなかなかできるものじゃないですよ。僕だと同じことをしようとしてもできないな」
「そうね。私はあなたと違って魔力の総量も多くないし、瞬時に大きな魔力を放出するのができないから、その代わりといったところかしら」
「この針は使い終わった魔導銀を加工したものですね?」
「そうよ。私の魔力に合わせて調整してあるの。私の宝物よ」
「触れるのはダメですよね?」
「ごめんなさい。それは困るわ」
「そうですよね。変なことを聞いてすいません」
なんか、俺、邪魔なんじゃねえかという気がしていた。
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