第14話 和解の打診

「よく気がつきましたね。俺にはさっばり分かりませんでした」

「そんなことよりも姉に怒らないの?」

「それよりもギサール様がささっと気付いた驚きの方が大きいかな」

「コーイチって本当に変わってるね」

 いや、だって、こんな推理されたら凄いと思うじゃん。


「あー、でも、なんであんなに俺に怒ったのかは気になります」

「それですか。それも分かっているんです」

 驚きの声をあげるとギサール様は手を振った。

「こっちは本人に聞いたんです。僕が食べ歩きをしてみたいのは姉も知っていて、あの店に連れていってやろうと思ったらしいんです。僕を喜ばせようと思って」


「なのに、俺に先を越されてムカついた、と」

「はい」

 ギサール様は恥ずかしそうにしている。

 弟を溺愛気味だとは思っていたけど、ソフィア様はかなり重症かもしれない。

 まあ、弟と楽しくデートしようと思っていたら、変なおっさんに先を越されたらそりゃあ腹もたつかもしれないな。


「そうか。なるほど。そういうことだったのか」

「なんで納得しているんですか?」

「いやあ、理由が分からないと気持ち悪いけど、分かればまあね。心のもやもやは晴れるから」


「それで……やっぱり今回のことで姉のことは嫌いになりましたよね。目にするのも嫌なぐらいに。これから、この別荘で顔を付きあわせるのは苦痛じゃありませんか?」

「いや、別に」

「え?」


「ほら、ソフィア様は見ている分には綺麗だから」

「そ、そうなんですね」

「やだなあ、何か勘違いしてませんか? 俺をなぜか目の敵にしてくるところを認めるつもりはないですよ。ただ、そのことをもって不美人という判断はしないってだけ。それはそれ、これはこれってこと」


「はあ」

「この説明じゃ言葉足らずか。そうだな。すべてが揃っている人間じゃないと付き合うことができないとなったら、一人で生きていくしかなくなるよな。そんな完璧な人間はいないし。だから、人の色んな要素、性格、知性、容貌、それぞれは切り離して評価しようということ。少なくともムカつくからといって容貌まで否定するのは変だろ?」


「それって、どんな人間でも一部分は認めるってことですよね。実は凄いことじゃないでしょうか?」

「かもな。まあ、俺もありとあらゆる局面でそれが貫けるかは自信が無い。絶対受け入れられない要素もあるかもしれないから。そう言えば、俺の属性がどうたらというのはどういうことなんです?」


「あんまり公になっていないことなんですけど、我が家に伝わる魔法に人のおおよその属性を判断できるというものがあるんです。秩序を守るかどうかということと、善か悪かってことの二つの軸をそれぞれ三段階で評価できます。うちの屋敷に採用するかどうかで色々と聞かれたことを覚えていますか?」


「ああ。次から次へと考える暇もなく質問を浴びせられたやつだ。そうか。質問に嘘をついているかどうかと組み合わせて性格を見極めようというんだな」

「そんなに簡単に受け入れられるんですか?」

「まあ、俺の生きていた世界にも似たようなものはあったし」


「それで、コーイチは秩序に関しては時によりけりだけど、基本的に善だという判断になっています」

「規則を守るのは面倒な時もあるけど一切無視ってことはないから、そっちは妥当だな。善人かというとそうかなあ、って疑問な気はするけど」


「一緒に過ごしていて、魔法抜きで僕はコーイチが善だと思います」

「よせよ。こっぱずかしいじゃないか。でも、これでちょっとは腑に落ちたよ。なんで俺が拾い上げられたかずっと疑問だったんだが、これですっきりした。今日からはよく眠れそうだ」


「それで、姉にはコーイチに一言詫びてもらおうと思っています。周りに人がいない場所でのことになっちゃいますけど」

「別にいいよ」

「それは周囲に人がいないから不十分ということですか?」


「そういうわけでもないな。謝罪されてもなって感じ。まあ、遠く離れてるからって浮かれていると大変なことになるという教訓にはなったけども、あの態度はねえだろ、という気持ちはある」

「そうですよね」


 ギサール様は餌をもらえなかった犬のようにしょぼんとする。

 まったく。そんな表情をされたら意地を張れないじゃないか。

 俺はすっかり冷めたハーブティを口に含んで舌を湿らせた。

「ギサール様はやっぱりソフィア様が好きなんだな。で、俺にも仲良くして欲しい、と」


 伏せていた顔を少し戻すと上目遣いでこくりとする。

 効果を計算してやっているならヤバいし、天然ならもっとヤバい。

 心を乱されながら言葉を探した。

「悪いが今すぐ許すのは無理だ。無かったことにもできない。だけど飲み込んで腹の中に収めることはできる。俺も聖人君子じゃねえ。これが限界だ」


「分かりました。それでいいです。ありがとうございます」

「話はちと変わるが今はいいとして他人のいるところで俺に感謝の言葉を言うのはどうかと思うぜ」

「そういうときはきちんと感謝を伝えるべきだと思うんだけど」


「そりゃまあそうなんだがな。でも、周囲の目を考えると俺が落ちつかねえんだ。じゃあ、代わりにこんな感じで指で合図するってのはどうだ?」

 俺はテーブルを静かに5回指で叩いてみせる。

 タンタンタタタン。

 ギサール様の顔がわあというように花開いた。


 だよな。

 大人びていても中身は子供だ。男の子ってこういうの好きだろ。

 分かるぜ。俺も無駄に歳を食ったけどまだ心の中にガキが消えずに住んでいる。 大人になりきれていないだけだとも言えるだろう。

 それが何か?


 結局のところ俺は大人のガワを被った子供ってわけだ。

 創作物でよくある子供の中に大人の魂が宿っているというのの逆パターン。

 俺の心の中二が騒ぐぜ。

 ギサール様が俺の真似をしてテーブルをタップする。

 それからニコリと笑った。

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