第10話 研究課題
金持ちの邸宅は比較的標高の高いところにある。
これはあまり洋の東西に関わらないようだった。
見下ろされるよりは見下ろす方がいいし、低地はどうしても水はけの問題がある。
というわけで、アイラ島におけるコーネリアス家の邸宅も島の西側にあるポートカディラの町の小高い位置にあった。
邸宅自体は辺りを睥睨するようなずば抜けて大きな建物ではない。
よくよく見れば品質のいいものを使っておりメンテナンスが行き届いているのが分かるが、周辺の家とぱっと見はそれほど変わらなかった。
まあ、こんな風光明媚な場所に別荘を構えるぐらいだから、全部立派な造りである。
所定の練習を終えたギサール様は準備万端身支度を整えると我慢できないとばかりに外出しようと俺のところにやってきた。
それまでの間、俺は何をしていたかというと魔法の勉強である。
ギサール様が使わなくなった初心者向けの本を頂いて学んでいた。
この本には派手な攻撃魔法などはほとんど掲載されていない。
光を灯すものや、物を探すもの、軽度の毒消しなどの生活が便利になるものが中心だった。
少々残念な気もするが、どうせ俺の生成できる魔力では消費量の多い攻撃魔法はほとんど使えない。
それでもアイラ島にきてからは身体に行き渡る魔力がちょっと増えた感じがしており、実際にいくつか魔法を使っても以前ほど疲労困憊することはなくなっていた。
食べる食材によって得られる魔力が違うのではないかという仮説が正しいという気がしてきている。
無から有が生じることは考えられない。
ビタミンなどと同様に魔力の素となるものを消化吸収しているという考えは割といい線をついているのではないか。
町の中心街に向かってゆっくりと坂道を下りながら、俺はギサール様に質問してみた。
「たぶん、そうだと思う。今は魔導銀から魔力を引き出すのが一般的になっちゃったけど、大昔は自分で魔力を作って蓄えるしかなかったからね。古い魔導書の巻末に魔力を蓄えやすい食物という一覧が書いてあるのを見たことがあるなあ。コーイチ、よく気が付いたね」
「まあ、俺は魔導銀を使えないので」
「そっか。それにしてもだよ。魔導銀を使えても買えない人だっているわけだし。前にも話したけど、なぜかちょっと前から急に魔導銀が値上がりしてるんだ。父上が心配そうにしていたよ」
そこでギサール様は何かを考える表情になる。
しばらくすると俺に話しかけてきた。
「それでね、ここにいる間ぐらいはあまり畏まった話し方はやめて欲しいんだけど」
「とはいっても立場がありますからねえ」
「コーイチは大変だと思うけど、お願いします」
「仕方ねえなあ。こんな感じでいいかい?」
「うん。いいね。そんな感じで。それでコーイチ。お願い事があるんだけど、聞いてくれるかな」
「中身によりますが、私にできることであればなるべく頑張りますよ」
「お願い事の前に自由研究の話をするね。さっきのコーイチの話で思いついたんだけど、食べ物による魔力回復量を調べるというのはどうかと思うんだ。これから価格が落ち着けばいいけど、もし魔導銀の高騰が続けば買えない人が出てくる。そんな時でも自分で少しは魔力を蓄えることができれば少しは安心できると思うんだよね」
「面白いところに目を付けたと思います」
「コーイチが言ったアイデアを盗んだみたいで申し訳ないんだけど」
「全然気にしないでください。俺は別に課題を出されているわけじゃないんで。それよりも気になることがあります。申し上げてもいいですか」
「え、なに? 言ってみて」
「研究の中身自体はいいのですが、その理由に魔導銀が買えない人がいるからというのは言わない方がいいと思います」
「どうして? 困ってる人の役に立つと思うのだけど」
「えーと。ギサール様はまだお使いになってませんけど、その気になれば魔導銀はいくらでも手に入りますよね。正確に言えばコーネリアス家ではということになりますが。アイラ島に転移してきたときもご当主様は大きな魔導銀を使っていました」
「そうだね」
「となると、その発表を聞いた中には自分たちは困らないくせにと思う人が出るかもしれません。いえ、確実に出るでしょう。そんなことよりも魔導銀を誰もが自由に使えるような方法を考えろって言うでしょうね。はっきり言って難癖です。でも、折角の研究が余計な言葉を加えることで聞いてもらえなくなるのはもったいないです」
しばらく俺の言葉を噛みしめていたギサール様は振り返るとニコリと笑う。
「僕はそんなこと考えもしなかったよ。やっぱりコーイチは凄いね」
「いえいえ。褒められることではないですよ。ギサール様と違って俺がそういう側にも半分ぐらいは属しているというだけなので。むしろ、人の心の醜い部分をお聞かせしたようで申し訳ありません」
「ううん。コーイチの言う通りだよ。食べ物によって魔力生成量が違う。そのデータはそれ自体で価値があることだもの。それに魔力生成量が多いものを食べるように強制するようになるのも変だし。教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、余計なことを言ったのに、お礼の言葉を頂きましてありがとうございます。それで、私へのお願い事というのは?」
ギサール様はしばらくモジモジした。
やべえな。
扉を開けるどころか、壁に新しい性癖の穴をぶちあけそう。
俺が心臓をドキドキさせている間に、大きく息を吸って吐くとギサール様は切り出す。
「あんな話をされた後だと言いにくいんだけど、コーイチって魔力の残量が少ないよね。魔力が枯渇したところから色んなものを食べ比べて、一定の時間後にどれだけ魔法を使えるのかというのを見せて欲しいんだ。魔力量を見定める方法はあるけど微量だと分からないんだよ。僕の貯めている魔力は多いから使い切るのは大変だし、課題のためにも残しておかなきゃいけなくて……」
「なんだ。そんなことですか。いいですよ」
「ごめんね。あまり気分のいいことじゃないよね」
「大丈夫です。むしろお役に立てて嬉しいですよ」
「ありがとうっ!」
ギサール様は俺の手を両手でつかみぶんぶんと振った。
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