第11話 街あるき
「それじゃあ、難しい話はこれぐらいにしましょう。折角の町歩きです。よく遊び、よく遊べって」
ギサール様はくすりと笑う。
「それだと遊んでばかりになっちゃうよ」
町の中心街の外れに到着していた。
「ここが目抜き通りです。みやげ物を売るお店や飲食店はこの辺りが多いそうですよ」
ちょうど本土からの船が到着したのか、港の方からの人の流れができている。
お客さんを呼び入れようという元気な声が響き、何か海産物を焼く香りが漂っていた。
もの珍しそうにギサール様は周囲のお店を眺めている。
近くの一軒に寄ってみると店番のお姉さんが声をかけてきた。
「いらっしゃい。ここは貝殻を加工したカメオを扱ってるの。良かったら見ていって」
女神やドラゴンなど様々なモチーフを彫ったものが並べられている。浮かし彫りと沈め彫りの両方があった。
「繊細ですね。凄いなあ」
ギサール様が感嘆の声をあげる。
「どうぞ、手に取ってみて。プレゼントにもいいと思うわ。これなんか女の子が喜びそうだけど。でも、お客さんはプレゼントをしなくてもいくらでも気を引けそうね」
お姉さんがしげしげとギサール様の顔を眺めた。
「モデルをお願いしたいぐらいだわ。お店に並べたら人気が出そう」
「ありがとうございます。でも、嬉しいですけど褒めすぎです」
言われ馴れているから堂々としたものだ。
「別にお世辞じゃないわよ。ねえ、本当にモデルになってくれないかしら。手数料は払うわよ」
お姉さんもなかなかに押しが強い。
しかし、13歳の男の子をナンパしようというのはどうなんだ?
今日のギサール様はありふれた格好をしていて身分の高さが分かりにくいのもあるかもしれない。
それに外出したのが初めてなので、まだ噂話も広まっていなかった。
さすがにギサール様も少し困った顔をしている。
「若様。他のお店も見てみましょうか」
俺が助け舟を出した。
客商売をしているだけあって、お姉さんも俺の呼びかけの言葉を聞きのがさなかったようである。
「あら。しつこくしちゃってごめんなさい。別に変な意味はないのよ。職人として腕が鳴ったってだけなの」
「この作品はお姉さんが彫ったんですか?」
「そうよ。私は彫刻師のアンジェでお店のオーナーなの。一応、この近辺ではちょっとは名が知られているのよ」
おっと。単なる店番かと思ったら違ったようだ。
俺よりも間違いなく若いのに大したものだな。
ギサール様も如才なく応じている。
「そうなんですか。彫っているところを見てみたいな」
「ぜひ見に来て。あ、別にモデルを強要したりはしないから。しばらく、ここに滞在しているのよね? えーと、明後日は店番を頼んで工房で制作する日なの。もし良かったら訪ねてきて。もちろん、そちらのお兄さんもご一緒に」
「はい。都合がついたら」
「楽しみにしているわ」
アンジェはギサールが店を出ていき俺がそれに続こうという際にバチっと音が出るようなウインクをした。
将を射んと欲すればというやつなのかな。
なかなかに強かなようだ。
ギサール様はカメオの制作過程に興味があるようだが、アンジェを訪ねて問題ないかどうかは、別荘に勤めている人にもどんな人物かを聞いてからにした方がいいかもしれないな。
まあ、明後日までにはギサール様がコーネリアス家の人間と知って青くなっているかもしれないが。さすがにそこまで情報は早くないか。
いくつかの土産物屋を冷やかして歩いていくと、やたらといい香りをまき散らしている店の前にたどり着いた。
海産物を直火で網焼きをして食べさせる店らしい。
先ほどから漂っていたのは海風にのって運ばれてきたこの店の香りだと思われた。
ギサール様は一瞬だけそちらに視線を向けるがすぐに港の方へと顔を向ける。
「若様。一つ食べて行きましょう」
「え?」
驚いた顔をしていた。
俺はスタスタと店の前に行き、ホタテと小ぶりのイカを2つずつ注文する。
金を払って木皿を受け取ると店の脇にいくつかある小さなテーブルの一つを占拠した。
「どうぞお座りください」
促されて座ったギサール様は要領を得ない顔をしている。
「折角なので熱いうちに食べましょう」
俺が勧めるがギサール様は手を付けない。
「僕は父上からこういうことをしていいとお許しを得ていないよ」
「大丈夫ですよ。責任は私が取ります」
香ばしい匂いに我慢できなくなって俺はイカに刺さっている木串を手に取った。
「お先に失礼します」
断って一口齧る。
うお、あっつ。
俺はギサール様に笑いかけた。
「世の中のすべてのことは白と黒にすっぱりときれいに分けることができることばかりじゃありません。積極的に許可は出さないけれども、こそっとやる分には見逃すということもあるんですよ。俺はご当主様にギサール様の生活ルールの見直しを提案しました。それに対してイエスもノーもありません。でも、本当にそれが気に入らないなら私をギサール様にお付けしてはるばるアイラ島まで寄越しませんよ。つまり、俺の責任において判断しろってことです」
ギサール様は迷いを見せる。
俺は言葉を続けた。
「それにここは観光地です。多少は羽目を外すところですよ。じゃあ、こうしましょう。これは日頃お世話になっているギサール様への俺からの心づくしです。それを無碍にはできなかった。ね? さあ、こういうのは熱いうちに食べるから美味いんです」
ギサール様はおずおずと手を串に伸ばす。
意を決したようにイカのエンペラの部分をかじった。
顎を動かしてこくんと飲み込む。
「ありがとう」
「どういたしまして」
満足そうなギサール様を眺めながら俺も食事を再開した。
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