第2話 魔法学院

 俺が話し終わるとギサール様は色々と質問してくる。

 電車というものに興味津々だった。

「何百人も一度に運べるのか。それは凄いなあ。想像もできないや」

「そんなことを仰いますが、何度も練習してギサール様は空を飛べるようになったじゃないですか」

 魔法が発達しているとはいえ空を飛ぶ魔法が使える人は限られている。


「でも飛べるといってもせいぜい僕一人かもう一人だけで、とてもそれだけの人数を一緒を運んだりはできないよ」

 いやいや13歳で飛行魔法が使えるのは天才だって聞きましたよ。

「魔導銀を使うようになれば変わりますって」

「それでも何百人は難しいよ。対象が多くなればなるほど魔法の術式が複雑になるからね。それに一遍に魔導銀タブレットの魔力を使いきっちゃうだろうな」


 魔法学院が近づくようになって顔見知りの生徒が増えてくる。

「お早う」

「やあ、ギサール。お早う」

 挨拶をするようになると俺はすっと後ろに下がった。


 魔法学院に到着すると教室までついていく。

 教室の後ろに並ぶロッカーの中のギサール様の区画に昼食の入ったバスケットを入れた。

 扉を閉めるとギサール様が指で複雑な形を描きながら呪文を唱えて施錠する。


「ありがとう。コーイチ。それじゃ、また後で」

「放課後にお迎えにあがります」

 左脚を引き頭を軽く下げた。

 このとき右手は折り曲げて掌を上にするようにして腹に当てている。

 これがマガラリア帝国式の略式礼だった。


 ギサール様が同級生と雑談を始めたので俺は教室を後にする。

 魔法学院にぐずぐずしているとろくなことはない。

 ギサール様は魔法に長けた名門コーネリアス家に生まれている。

 兄がいるので世継ぎではないが、それでも名家の出身者であり、くだらない悪戯をしかける者はいなかった。


 それでもやっかみやドス暗い感情を抱く者はいる。

 血筋と才能、容貌と三拍子そろっていれば羨望の念を集めるのも無理はなかった。

 当然ながら魔法学院に通うお嬢様方にも大変人気がある。

 ただ、ギサール様に嫌がらせをしようものならダメージを受けるのは仕掛けた側になるのは明らかだった。


 首都フォースタウンにある魔法学院は帝国内での最高峰とされており、1クラス20人編成で教師が1人と補助教師が2人つく。

 目が届かないということはほとんどないし、ギサール様が被害を訴えれば、とぼけきれるものでもなかった。


 その薄暗い情念のはけ口が俺である。

 俺が魔導銀適性欠格者ということは別に秘密でもなんでもない。

 魔導銀タブレットを身につけた状態でこっそりと俺に近づいて、肌に押し当てるというつまらない遊びをするやつがいた。


 魔導銀タブレットは高濃度の魔力を蓄えている。

 俺はそこからスムーズに魔力を取り出すことはできないが、食事から魔力を取り出し体内に蓄え魔法を使うことはできた。

 魔法を使えるということはその魔力が流れる回路があるということである。


 俺のような欠格者に魔導銀タブレットを当てると皮膚の表面に強烈な痛みと痺れが走った。

 どんな感じかというと乾燥した冬場に何かに触れると静電気が発してバチっとくるやつの強力なものを想像するといい。

 ひどいときは火傷の跡のようなものができた。


 あくまで事故を装っているし、俺は従者で立場が低い。

 被害を訴えることは難しかった。

 仮に訴えたところで無邪気な顔で言い訳をされてしまうだろう。

「もしかしたら魔導銀欠格症が治るかもしれないと思ったんだ」


 過去にそういう事例もあったと聞いている。

 あいにくと俺は数度のいたずらにも関わらず、魔導銀を利用できるようにはならなかった。

 なので魔法学院からはとっととずらかるに限る。


 もっとも今ではギサール様から魔力流入を遮蔽する魔法を習って使っているので実害はほとんどない。

「コーイチは物覚えがいいよね。凄いよ」

 天才に褒められるほどではないです。でも、ちょっと照れちゃうぜ。

 いずれにしても俺はマゾの気はなかったので他人からいわれなき悪意の発露を受けるつもりはなく、できるだけ他の生徒に近づかないようにして校舎の外へと出た。


「よう、コーイチ」

 声をかけられる。

 マーティンという名の従者だった。

 本人ははっきりとは言わないがコネで従者にしてもらっているらしい。

「ああ、マーティンか」


「ご挨拶だな。まあ、いいや。ちょっと飲みながら話をしていこうぜ」

 マーティンも魔導銀適性欠格者で同じ境遇の俺に対して親近感を抱いている。

 それ自体はいいのだが、欠格者に対する世間の風当たりの強さについての不満や愚痴を話すことが多かった。

 ネガティブな話は聞いていると気が滅入る。


 ただまあ、屋敷内では別の理由から浮いている俺にしてみると、この世界の下層民の振る舞いについて学べる貴重な情報源でもあり無碍にはできない。

「屋敷に戻って仕事をしないと」

 とりあえず言い訳をしてみた。


「何言ってるんだ。お前の仕事は若様の送り迎えだろう。他の雑用をする必要はないし、そんなことをしたって誰もお前への態度を変えたりしねえよ。折角若様の従者って立場なんだから活用しないと」

 俺より太い腕で肩をばんばんと叩かれる。

 返事ができないでいると肩を抱かれた。


「それじゃ、決まりだ。なに、ちょっと話をするだけだ。どうしても働きたいというならそれから戻って働けばいい」

 半ば引きずられるようにして労働者向けの店に連れていかれる。

 店と言っても俺たちが座るのは露天の粗末なテーブル席だ。

 中で同じ料理を頼むと値段が外の3割増し程度になる。

 マーティンがエールのジョッキを持ってきてテーブルの上に置いた。

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