虎よ

@sasinukeru

第1話 虎のお嬢様

青雲高校。

全国で比較的不良が多いことで有名。

そんな高校に、似つかわしくない女子生徒が日々通っている。

金の髪に、無数の黒のメッシュが入っている。

太い眉と青い目。

外国人と日本人のハーフの見た目。

皆が皆制服を短くする中で一人、長い制服を着て、

そして所作一つ一つが丁寧。

一見、お嬢様、と思うその少女。

名を、「虎ノ門 露素子」と言った。

「おはようございますわ」

露素子が挨拶をして、クラスに入ると、

さっきまで賑わっていたクラスがシンと静まり返り、クラス中の生徒の殆どが、じろりと露素子の方を見る。

 そのことに露素子は気づいているが、全く気にしていない様子だった。

 実際、この光景はここ数日で起きたことではなく、露素子が転校してきた日からずっとこうだ。

 だが、変わったことはある。

 転校当初、生徒たちから向けられていた視線は、「奇異の目」であったが、今は露素子に対して「畏怖の目」であった。

 繰り返すが、露素子は今の状況を一切気にしていない。奇異の目を向けられていたときも、畏怖の目を向けられていた今も。

 いつもと同じく、授業を受けて帰る。

 ただそれだけができれば充分だと思っている。

 しかし、心なしか、今日の露素子は普段と違ってソワソワとしている様子だった。

 周りはそんな露素子を気にしない。畏怖の目を向ける者たちにとって、露素子は興味の対象外であるので、特に用がなければ無視していた。

 露素子にとっても気が楽だった。とりあえず勉強ができればよいのだ、と考えていた。

 だが、もし友達ができたのなら。

 自分に友達ができたらどんな関係になるのだろう。

 露素子は昨晩、夢を見ていた。

 自分が学校で知らない男子に声をかけられ、校舎の裏に呼びつけられる夢だった。

 予知夢。

 露素子は昔から予知夢をよく見る。

 その回数は歳をとるごとに増えていき、今では週に一度の頻度で見るようになっていた。

 そして今回見た夢もきっと予知夢だと露素子は思っていたので、いつ声をかけられるのかとソワソワしていたのだった。

「あの、虎ノ門さん」

 きた。

 顔に力を入れて、嬉しさで顔が緩んでしまわないようにする。お嬢様はニヤけない。

 ゆっくりと、声がした方向に顔を向ける。

「何か用ですの?」

 あくまで自然に返事をした。

 顔を向けた先には、学年で最も人気の男子生徒、「神田 友樹」の姿があった。

「うん……前から声をかけたかったんだけど、なかなかタイミングがなくてさ……」

「あ、はい、体育館裏ね?」

「え?」

「あ」

 先走ってしまった。

「あ……うん、そう。大事な話があるから放課後、体育館裏にきてほしい」

「ええ、もちろんですわ」

「じゃあ、よろしくね」

 爽やかな笑顔で神田は立ち去っていった。

 露素子も負けじと自分も爽やかな別れの挨拶をしたつもりだった。

 顔は緩んでいなかっただろうか。

 神田が立ち去ったあと、他の生徒達の視線も一斉に自分に向けられていた。

 女子も男子も皆が自分を見ている。

 あの人気の男子が、体育館裏で大事な話があるという。

 畏怖の眼を向けていた生徒達の眼が少しだけ変わったことに露素子は気づいていた。

 そうだな、これで明日から何か変わってくれるかもしれない。

 露素子はそう思った。


  ◆


 放課後。

 露素子はスキップをしたい気持ちを必死に抑えて、体育館の裏へと向かった。

 あの神田が、どういう言葉で自分を迎えてくれるだろうか。

 大事な話って、どういうふうに自分を喜ばせてくれるだろうか。

 予知夢で見ていたのは声をかけられるところまで。そこから先は知らない。

 全くの未知。それ故に楽しみだった。

 体育館裏にいくには、体育館の正面入口の右脇の細い道を通らないと行けない。

「あら」

 妙な事に気づいた。

 無数の生徒達が口から血を吐いていたり、顔に痣を作って道に倒れている。

 細い道が倒れた生徒達の体で埋まり、より一層狭くなっている。

「あらあら」

 そう言いながら露素子は倒れた生徒らの上を歩いて、体育館裏へと進んでいった。

「ぐえ」「痛」「まじかこいつ」

 クラスメイトの悲鳴も罵声も無視した。

 何故ならこんなことで立ち止まるわけには行かないのだ。

 神田君からの大事な話を聞くために。

 露素子は今の不可思議な光景を全く気にも止めていなかった。

 その先に待ち受けると思われることは、あえて予想しなかった。

 せっかく予知夢で見えなかったことなのだから、予想もしたくなかった。

 そうして辿りついた体育館裏。

 そこには神田がいた。

 知らない女子生徒に首を掴まれて。

「は?」

 思わず声が出た。予想はしてなかったが、こんな光景が出てくるとは思ってなかったからだ。

「あ……あぐ……ぁ……」

 女子生徒の首への締め付けは強く、神田はうめき声をあげて足をバタバタさせていた。既に必死の懇願をしたからなのか、眼からは涙が、鼻からは鼻水が、口からはよだれが溢れており、血走った眼で露素子を見た。

「え、ええ~……」

 露素子は落胆していた。

 その声を聞いて、女子生徒が露素子の存在に気づいた。

「あ! 虎ノ門先輩!」

 露素子の顔を見て、ぱっと顔が明るくなった。

 同時に腕の力を緩め、神田の身体を地面に落とし、露素子の元へと駆け寄ってきた。

「あ、あの、初めまして、ですよね! 私、来原 美加登って言います!

 先輩ともっと話がしたくって! 今日ここに来たらお話できるかなって!」

 無邪気に話す女子生徒、来原。身長は160cm。

 低い訳ではないが、身長170cmの露素子からしたら彼女を見下ろす状態になる。

 犬のように慕う様子の彼女に対して、露素子の顔は、彼女を蛇蝎の如く嫌う表情をしていた。

「え……先輩、私何かしちゃいましたか……?」

「もしかして、来るまでの道中、倒れていたのも全部あなたが?」

「そうです! 邪魔な人だったんで、全部私が倒しました!

 この神田って人が首謀者で~ 悪い人ですよね、

 虎ノ門先輩を体育館裏に呼びつけて、多人数で一斉に襲おうとしてたんですよ!」

 神田が露素子を呼びつけていた真相。

 それは愛の告白でもなく、友情を育むわけでもなく、重要な相談でもなく。

 ただ人望のある神田が、クラス中に以前から声をかけており、露素子を襲うこと。

 その計画の決行日が今日だった。

 クラスの生徒が露素子を見る眼が変わったのも、畏怖から、殺意の目だった。

 そんな真相を聞かされて、露素子は、

「あー……うん、えっと、知ってた、っていうか」

「え?」

「それを、期待してたんですわ」

「は?」

 きょとんと、呆然とする来原。

 はーっ、と大きくため息を付いてから、露素子は続けた。

「いや、だから、多人数から襲われる機会なんて滅多にないから、楽しみにしてたんですわ」

 背中を向けて、もうこの場に用はないと立ち去ろうとする露素子。

「それを邪魔してくるなんて、あなた最……」

 低、と言葉を出した瞬間。

 巨大な破裂音が校舎裏に響く。

「じゃあ、私が楽しませてあげますよ、先輩」

 来原が近接し、露素子の腹部めがけて拳を突き出していた。

「……あの、だから、何回言えばええのかな」

 露素子はそれを用意に受け止めていた。

 もう一発、左腕からの拳が露素子に向かって放たれ……

「私が期待してたのは、多人数に襲われるシチュエーションなんですわ」

 来原の視界が突如天地逆さになる。

 一瞬のうちに放たれた露素子の足払いに来原は気づけなかった。

「それを全員倒したって言っても、

 どうせ路地裏に誘い込んで一人ひとり倒していったとかそんなところやろ」

 逆さまになったことで地に頭が落ちる。咄嗟に来原は腕を伸ばし、地面を掴もうとし――

「全方位からの攻撃の機会とちゃうやろ」

 露素子の怒りのローキックが来原の顔面に炸裂した。

 パキ、と顔のどこかの骨が折れる音がして、来原はまっすぐ飛んでいき、壁に激突。顔中から血を流しながら気絶した。

 また大きく露素子はため息をつく。

「しょうもな」

 不満げな顔をしながら、露素子は帰路につくのだった。


 ◆


 翌日。

 クラスメイトからの眼は変わらなかった。

 むしろより一層深く、露素子に対しての畏怖の念が強くなったように思える。

 露素子が奇異の眼から畏怖の眼に変わった理由。

 それは、転校早々に、「うっとおしい」という理由で、クラスを牛耳っていた男を気絶させて帰ってきたからだった。

 その後、露素子の「~ですわ」という話し方に対し、お嬢様ではなく関西弁であることに苛立ちを覚えた女性とからの嫌がらせも、早々にして露素子はその女生徒を全裸にして教室の窓に吊るし上げるという報復を行ったことで、嫌がらせもなくなった。

 だがここは青雲高校。

 昨日のような神田や、そして来原のような奴がまだまだいる。

 露素子はまた新しい機会が訪れることをいつまでも待っている。

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