フェス開始

開場時間の8時になると仕切りの中に入る事が許可され人が流れ入ってくる。

みるみる仕切りの中は人で埋め尽くされていく。

みんな開場を心待ちにしていてくれてようだ。

ステージにはテレビで見た事があるタレントが2人、マイクを持って話している。

MTで取り決めていた通り今日の司会進行とMCを務めてくれる。


僕達主催の3バンドは早速ステージ上に上げられる。

いつもライブでやっていた開場後のフリートークだ。

テレビでよく観る有名タレント2人がいるだけで雰囲気は一変する。


『空彩は解散しちゃうんだってね。

すごく惜しまれてるって聞いてるけど、どう感じてる?』

男性の方のタレントが質問を始める。

『長い年月やってきたのですごく寂しいです。

だけど赤ちゃんが産まれてくるから音楽活動も難しくなるかと思って仕方ないですよね。』

『やはり!妊娠、出産により解散するという噂は本当だったんですね。

元気な赤ちゃんを産んでください。おめでとうございます♪

そして本日は無理をしないようにしてくださいね。』

男性タレントからの暖かい言葉に目をうるうるしながら頷くあやちゃんだった。


『続いてAnotherの方々は一緒に活動してきた2バンドが活動を辞める事にどう感じてますか?』

ゆうじくんが答える

『空彩については長年一緒にライブを盛り上げてきた仲間でありライバルでもあるから寂しい気持ちがあるのは間違い無いですが友達関係が終わるわけではないので平気です。

No Nameはただ受験でしばらく休止するだけで戻ってくると言ってるから絶対に戻ってくるし暖かく見守ってますよ。

どこまで行ってもどんな事があっても大切な仲間である事に変わりないですからね。』


『なるほど!今までの活動で絆は深く信頼関係にあるようですね。

今後もAnotherとNo Nameは一緒に活動していくことになりそうですね。

そして話に出てきましたがNo Nameは受験のために活動を休止するって話だけど活動再開の目処は決めてあるの?』


ついに僕達に質問が投げかけられた。

来場者もみんな気になっている内容だと思う。

あきちゃんがお決まりの「ニヤリ顔」で答える。

『実はまだ未発表だったんだけどメンバーとは話し合って決めています。

この場で初公開しちゃうね。

来年1997年8月10日。今から1年後に復帰フェスをこの場で同じようにやります。』

『Anotherにはオファーです。一緒にやってください!!

そして皆さんに告知ですっ!!高校生になったあきを見にきてねーーー』

本日1発目の大歓声をあきちゃんは呼び起こした。


僕達No Nameメンバーと吉沢さんだけで話し合って密かに決めた復活ライブも、同じように吉沢さんがお金を出してくれてフェスを開催すると決めていた。

開演前の朝9時前だがすでに2000人以上入っている会場内からは大歓声が止まらない。

『1年間、受験勉強はするけど練習も作曲もちゃんとするから期待しててねーー』

会場はすっかりあきちゃんのペースに飲み込まれている。


『本当にキミ達は中学生なのかな?聞きたいことが多すぎて混乱しそうだ。』

男性タレントは再びあきちゃんに質問を投げかける。』

『老けてるって事ですかぁ?それはひどいですぅ!笑』

ふざけながら返すあきちゃん。

『あはははっ。そうじゃなくてカリスマ性とか度胸とか、中学生とは思えない実力だと。

それに僕達のようにテレビに出てる人が接すると緊張するって人が多いからね。』

さすがは有名タレント。トークの返し方は慣れている。

『緊張なんてしないよー。自分の能力が緊張によって低下することを知ってるから緊張しないようにコントロールしてるんだよー』

あきちゃんはサラッと人には出来ないことを当たり前のように言う。


『それをコントロール出来る人がほとんどいないんだよ。

そういえばキミはものすごい天才だと聞いてるけどその辺りはどうなの?』

どこまであきちゃんの事を調べているのだろうか?

聞きたい事が山ほどありそうな感じで質問が続く。

『そんな事ないよー。もっとすごい人はいっぱいいると思うなー』

あきちゃんのその発言には意義がある。同じステージにいる3バンドの全員でその発言を全否定してあきちゃんの天才エピソードを話題にトークタイムは盛り上がった。

『アインシュタインが天国で、圧倒的な天才の誕生に恐怖で震えてると思いますよ』

僕が言った冗談で会場内は大爆笑に包まれた。

こうしてあきちゃんの天才エピソードが公開されて多くの人に知れ渡った。



タレントがいようと、今まで見た事がないような大人数の観客を見ても全くスタイルは変わらずに自分を貫けるあきちゃんの和気藹々としたトークで時間を繋ぎ、開演時間となる。


会場にはみるみるお客さんが流れ込んでくる。

見た事がないような人が群がり、聞いた事がないような大歓声で意識が宇宙まで飛ばされてしまったかのように錯覚してしまう中、フェスが始まった。

炎天下の中、日差しの暑さよりさらに熱く、多くの人達がライブ演奏に熱狂する。


海水浴に来ている人がほとんどなので水着で聴く人が多い。

他のバンドは1回の出番で20分の持ち時間だが、僕達主催3バンドの出番は2回ある。

最初の出番は入場者がピークを迎える予想を立てている14時だ。

最後の出番はもちろん最後のトリの部分。

夜になってるので大量の照明が使われて特別な演出も入ると聞いている。


さまざまなバンドの演奏を楽しみながら増えてくる来場者を眺め、出番を待った。

13時40分頃にはステージ横のバックヤードで待機。

バックヤードで進行MCのタレントさんと打ち合わせる。

僕達の出番の前に少しステージでトークをしたいそうだ。


このように合間で数分間のトークがありながらステージ上の設置変更や時間繋ぎと調整が行われるので正確な時間経過でフェスは進む。



『さあ続いては本日の主催バンドの1つ、お待ちかねのNo Nameの演奏です。

来場者は10000人を超えていると聞きましたがどんな気持ちかな?』

『アドレナリンがドバドバ〜って感じですっごく気分が良いですっ。』

あきちゃんは楽しそうに答える。

ステージ上から見る10000人はもう人には見えなかった。

プロのアーティスト達はライブのたびにこんな景色を見ているのか。


キミと見たライブの景色は回数を重ねるごとに違う世界と変貌していく。

圧巻の目の前の景色に僕は酔いしれる。

まるで夢を見ているみたいにふわっとした気持ちに包まれる。

アドレナリンが分泌されすぎた境地のように感じた。



ついに演奏開始の時間となりタレント達がステージから出ていく。

『さぁ、集まってくれたみんなっ。お待ちかねのNo Nameの演奏だよ。

今日のフェスは歴史に残るからちゃんと覚えとくようにねっ。

テストにでるよ〜〜〜っ。それじゃあ演奏しっかり聴いてねぇ。』

あきちゃんがノリノリで手を掲げゆいちゃんのハイハットの音と共に演奏が始まる。


僕達が演奏を始めると同時に大歓声が客席から飛び込んできた。

歓声が大きすぎて地球の重力が重たくなった気分になるほどだった。

10000人の期待を浴びながら僕達の演奏は始まる。

ステージサイドに設置されているスピーカーから最大音量の演奏で歓声を支配しようとする。

まるで大音量の演奏と大音量の歓声との戦いのようだ。


会場には無数の腕が高く掲げられ、多くの縦ノリが地震を起こしてしまいそうなほどのエネルギーを生み出している。

僕達の曲を知っている人も多く、歓声に紛れて並走して歌う歌声も多く聴こえる。


3曲目のサビが終わったあたりで演奏中にあきちゃんが観客を煽る。

『もっと!もっと〜〜!大きな声でみんなで行っちゃお〜♪』

僕達はあきちゃんの意図を察してサビの演奏をループする。

今聴いたばかりのサビが何度も何度も繰り返されるので一緒に歌う人が増えてくる。

2回目、3回目、4回目と繰り返されるサビ。

5回目には会場内のほとんどの人が参加したのではないだろうか?と感じられるくらい大きな大合唱となり熱気に包まれた。

『MCさんは歌ってくれないの〜?』

あきちゃんの煽りはタレントにまで向けられる。


MCのタレントも2人共急いでステージに駆け上がりマイクを通して歌に入ってくる。

さらに大きな合唱となりサビのループは繰り返される。

僕はもう興奮がピークになり、アドレナリンに脳は溺れてしまって思考を放棄する。

気を抜くと意識がなくなってしまいそうだ。

快感すぎて壊れてしまいそうになりながら演奏を続ける。


ノブもシュウもゆいちゃんも同じ状態だったと思う。

恍惚とした表情で必死に演奏を続けている。

あきちゃんは観客を煽り続けながらいつもの「ニヤリ顔」のまま歌い続ける。



限界だ!!

もう快感すぎて壊れてしまいそうだ!!

そう思ったあたりで解放される。

『みんな〜〜〜ありがと〜〜〜〜〜っ♪』

あきちゃんの叫びによりようやく曲を終えることが出来た。


会場全体が吹き飛んで壊れてしまいそうなくらい力のある大歓声を浴びる。

ぐったりしてる僕達演奏者4人を見てニッコリ笑うあきちゃん。

MCが話しかけてくる。

『1回目の演奏お疲れさまでした。ほんっと最高のライブで思わず僕達も飛び込んでしまった。

今年の紅白出場したらいいのに!笑

本当に中学生か疑惑が広がるばかりだねっ!笑』


会場内にも笑いが広がる。

『中学生でも練習頑張ったらこれくらい出来るんだよっ♪』

あきちゃんはサラッと答える。

『本当に最高の演奏を見せてくれたNo Nameにもう一度大きな歓声をお願いします〜』

MCが締めくくり僕達は大歓声の中ステージを降りた。

体験したことがない大量の来場者の前での演奏はステージを降りてからも興奮が続き僕達のテンションは落ちることがなかった。

ステージ脇で聴いていたちえさん達やまどかちゃんも僕達の演奏を大絶賛。

まどかちゃんなんて僕達がステージを降りたときに走ってきて僕達に抱きつき号泣していた。

化粧もボロボロになりもう先生としての威厳はどこにもない。

本当にすごい、ちえさん達を超えた、プロ顔負けの日本一バンドだ。

など絶賛しながら親バカ(?)ぶりを発揮しているまどかちゃん。

もう感情のキャパを超えてしまって思考回路はぐちゃぐちゃになっているようだ。


僕達は次の出番である20時30分頃まで時間を潰す。

何かあったら困るからとまこっちゃんが僕達の自由時間に同行してくれた。

吉沢さんが出している海の家に行き少し遅いお昼ご飯を食べたりしながら夏の海を満喫する。



海の家や海水浴場では、会場内が出入り自由なのであちこちにライブを観ていた人がいる。

いろんな人から声をかけられてライブの感想を絶賛してもらう。

まるで有名人になった気分だ。

握手や写真、サインを求められたりもした。

サインなんて練習してなから名前を書くだけになってしまうがそれでもいいと言ってくれた。



僕達は音楽で多くの人の心を動かした。

ひたすら向き合ってきた音楽で得た成果だ。

自分達だけで作り出した音楽の影響を受けてくれた人がかけてくれる言葉

考えるだけで感動と興奮に包まれる。

ちやほやされるのは嫌いではない。

承認欲求が満たされ、多くの人に囲まれながら楽しい時間を過ごす。

正直夢見心地で1日中ふわっとした気持ちだったので、時間はあっという間に過ぎていき気がつけば僕達の次の出番の時間が迫っていた。


たくさんの人に激励されながらステージに向かう。

次の時間は本当にこのフェスの最後の締めくくりの時間だ。

僕達が上がろうとするステージに多くの期待の視線が集まる。



昼と違って、暗くなってからのステージはまた格別な迫力がある。

強烈なライトにステージ上が照らされ逆光となり客席なんてほとんど見えない。

暗闇から湧き上がる歓声が地響きのように聞こえる。

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