scramble

僕達No Name結成後の初めての夏休みは練習三昧だった。

みんな各々が演奏できる曲をリストアップする。

そのリストの曲を全員で共有して練習。

全員が演奏出来る曲をどんどん増やしていく。


全員が弾けるようになった曲をスタジオにいき音合わせをしながら録音する。

録音した曲をひたすら聴きながら改善点を探したりアレンジを加えたりする。

少しずつではあるが、確実にみんなで演奏出来る曲が増えていく。

何とかギリギリ演奏出来る程度のレベルだとライブでは披露できないので意味がない。

反復して練習を続けてクオリティを上げていく。



音楽の世界はひたすら反復の練習なのだ。

演奏すればするほどクオリティは上がり、聴いた人を魅了する演奏になる。

時間がかかる繰り返し作業で飽きるほど同じ曲を演奏し続ける。

早く全員でライブがしたい。強いライブへの憧れの気持ちが繰り返しの作業を楽しくしてくれるのでみんなで支え合い励まし合いながら継続する事が出来た。


8月中盤になった。

僕があきちゃんのところに泊まり続けていられる時期としては最後の1週間といったところだ。

時間を惜しみながら必死に練習する僕達にちえさんから「紹介したい人達がいる」と全員集合して駅前のライブハウスに来るように言われた。


駅前の小さなライブハウスだ。

100人キャパくらいの小箱で無名の小さなバンドが練習のための小規模なライブをしたりする場所らしい。

この日はライブの予定無しと書かれた看板が出ているし、入り口の扉も閉まっているので店は開いていないみたいだが、中から演奏の音が聞こえている。

誰かが練習に使っているのだろうか?


防音が効いた扉が閉まっているのであまりハッキリと聴こえないが、演奏の音には迷いがなく自信いっぱいで力強い音が聴こえてくる。

僕達が一生懸命扉に貼り付きながら音を聴き取ろうとしていたらちえさんが現れた。


『何してんの?入りなよ。』

勝手に入っていいのかわからないから困っていたんだろ。と心の中ではしっかりとツッコミを入れるが実際はそんな事を言えるわけでもなく黙ってちえさんの後ろに続き店に入る。

階段を降りて中の会場へ入るとステージ上に大人の男性が3人セッションしていた。

『よう、ちえ!』

当然だが、ちえさんの知り合いらしい。

ちえさんが3人に近寄り仲良さげに話しているのを僕達はホールの入り口でただ見つめていた。

『ママー。放置してないでちゃんと紹介してよ!』

あきちゃんが我慢できずにちえさんに話しかけると、ちえさんは僕たちをステージの方へ来るように手招きした。


『コレが私の娘のちあき。

コッチの子がちあきの彼氏のゆうちゃんでギター

私がみっちり教えてるけど結構センス良くて飲み込み早いんだ』

『この2人もカップルでベースのシュウとドラムのゆい

お互いの両親が昔一緒にバンドしてたらしくて産まれる前から仲良しなんだって』

『こっちは寂しい独り身のサブギターのノブ

負けず嫌いな性格と努力家だから伸び代は広いと思ってる』

僕達を順番に紹介するちえさんだった。


『ギターのゆうやです。』

『ベースのひろあき。』

『ドラムのけんいちだよ。』

3人の男性が続いて自己紹介をしてくれた。


ギターボーカルのちえさんとこの3人がかつてバンドをしていたらしい。

バンド名は【scramble (スクランブル)】

かつてこの街でめちゃくちゃ有名なバンドだったそうだ。

ちえさんが高校生になってすぐ妊娠をして、16歳の時にあきちゃんが生まれた。

生まれてすぐは活動休止状態だったそうだが、子育てをしながらバンドを継続するほど練習時間がとれずにバンドは引退したそうだ。

他のメンバーはみんなちえさんの3つ上だそうだ。

ちえさんのお兄さんの同級生らしい。


バンドを辞めてからもみんな連絡を取り合っていたみたいだ。

ちえさんは少し離れた街に住んでいて子育ても忙しいので全然会ってなかったそうだが、この街に帰ってきた事で再び会って一緒に練習したりしているらしい。

みんな音楽を忘れられず、趣味でずっと楽器を続けている。


『あきとゆうちゃんは今まで通り私が教える。』

『ノブはゆうやから、シュウはひろあき、ゆいちゃんはけんいちから教えてもらえるからなんでも聞いてどんどん演奏の技術を伸ばすんだよ。』

ちえさんが自分達が積み上げてきたバンドの全てを僕達に継承するために当時のバンドメンバーをそれぞれの先生にしようとして紹介してくれたのだ。



年齢も若く、人生の経験が浅い僕達にはバンド経験者であり技術も高いかつてのこの世界で有名になった事がある大人達がサポートしてくれるのはすごく心強かった。

練習方法なども自己流ではなく、経験を元にしっかり自分に必要な練習を教えてもらえるのだ。


こうして恵まれた環境と周りの人達の協力が大きく、年齢の若い僕達でも自由に伸び伸びと音楽を続けられる環境が整っていた。

協力してくれる全ての人のためにも、練習に本気で取り組んで必ず結果を残したい。

僕達5人はやる気に溢れ、音楽を中心にした生活が始まった。

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