初ライブは文化祭

8月も残り少なくなってきた。

あきちゃんの家に泊まり込みで入り浸る日々が終わり、再び週末通いの生活になる。

僕だけ家が遠いのはかなり辛い。


平日は毎日家で練習に明け暮れた。

土曜日にあきちゃんの家に向かい、一晩泊まって日曜日の夕方に帰る。

練習とスタジオの音合わせばかりを永遠に繰り返す。


練習ばかりの毎日なので人前で演奏する事がない。

みんな少しずつ繰り返しの日々に疲れを感じてきていた。


9月に入り学校が始まるとあきちゃん達の通う学校で文化祭ライブのエントリーが始まる。

前にも言った通りこの学校は音楽活動が活発で、10月に開催される文化祭のメインイベントは全校生徒とその父兄が体育館に集まり、ライブが行われるのだ。


あきちゃん達はこのライブに1年生では異例のエントリー。

基本的にライブに出るのは経験豊富な2〜3年生ばかりなのだ。

僕はこの学校の生徒ではないのでエントリー権はない。

今回は見学かと思っていたのだがあきちゃんがとんでもない事を言い始める。


『文化祭、同じクラスの男の子の名前を借りて5人でエントリーしてるから。

この子、ゆうちゃんと背丈が似てるからその子のフリしてゆうちゃんが出てね。』

僕の頭はハテナでいっぱいになった。

あきちゃんの言ってる事は明らかに「バレたらやばいだろ」な案件である。

この作戦の打ち合わせにはシュウもゆいちゃんもノブも参加していたらしく、全員承知の上だと言うのが信じられない。


あきちゃんが状況を想像する僕の顔を覗き込んで「ニヤリ」と笑う。

『もちろんやるよねっ?暗いから誰もわからないよ。』

この笑顔で言うのはずるいんだよ。可愛すぎる。

あきちゃんの顔が近づいてくる。

『ねぇ?聞いてる?もちろんやるよね?』

僕は「コクリ」と頷いてしまったのだ。


こうして5人揃っての初ライブは10月に開催されるあきちゃんの学校の文化祭になった。

まだ時間に余裕はある。

考え直すなら今のうちだ!!

冷静になって考えてみると「バレたらやばいだろ」ってなって考え直すよね?

テンション上がっちゃってるだけだよね?

なんて淡い期待に賭けてはみたが、みんなノリノリでやる気だった。

初ライブに向けて練習しようと、演奏する曲を決めるために話し合う。

完璧に演奏できる曲がピックアップされていく。

文化祭のステージを妄想しながら曲を決めていくとテンションが上がる。

スタジオに行く頃には僕もノリノリになってしまっていた。


どんな環境であれ、この5人で演奏が出来る事を考えるとテンションが上がってしまうのだ。

どうせ怒られる前提でライブをするのだ。

本来1バンド3曲までの持ち時間だが、僕達は無理矢理5曲やってしまおうと決めた。

めちゃくちゃだがこうなったらやってやる。


僕は覚悟を決めて練習に励んだ。

文化祭の当日まであっという間の出来事だった。

持ち時間は1バンド最大3曲。

計画も完璧だ。3曲演奏終えても進行を無視して4曲目に入る。

バッチリ盛り上げてアンコールを勝ち取り5曲目を演奏する。

選曲した5曲を完璧にこなせるようにみっちり練習して仕上げた。


どうせ怒られるなら盛大に足跡を残してやろうという算段だ。

今回の文化祭では、学校中に売名する事が目的なのだ。

僕達の知名度を上げて、僕達の演奏する音楽を知ってもらい、今後応援してくれる人を少しでも多く獲得したいと考えているのだ。

演奏さえ聴いてもらえれば夢中にさせる自信があったのと、若さゆえに無謀で怖いもの知らずなところがあったんだと思う。


ちえさん達には本当の事は言えず、4人でやる事になっていた。

文化祭当日が近くなるにつれて、怒られる恐怖心もアドレナリンによってかき消されハイテンションに書き換えられる。

直前の週末にはスタジオに籠り、入念にリハをこなして最高の仕上がりとなった。


リハからの帰り道、あきちゃんから一言

『1年生だし実績もないから多分、最初の方に出番が割り当てられると思う。

圧倒的なレベルの違いを思い知らせて他のバンドがその後に演奏できないくらい派手に爪痕残しちゃおうね♪』

僕達のメンタルはこの一言で完璧に仕上がった。



ついに文化祭の当日。

この学校の体育館は少し広い。

運動部も音楽同様に盛んで、体育館もバスケットコート3面分あった。

近所の学校が集まって練習試合とかもあるそうで、体育館の2階の部分にも少しだけ客席がある。

この広い体育館に全校生徒とその父兄や親族関係が集まる。

学校の生徒は1学年7〜8クラスあるのでおよそ600人以上になる。

それだけでも大人数なのにその生徒の親族も合わせ1000人は超えているだろう。

この広い体育館がパンパンに埋まっているのだ。


こんな大人数の前で初ライブ。

しかも他校の小学生が混ざっても大丈夫なのだろうか?

不安になり辺りを見回す。


どんどん怖くなってきた頃にあきちゃんが話しかけてくれた。

『何を心配してるんだよ。キミは頑張って全力を尽くしたらいいんだ。

怒られたりしてもあきが全力で庇ってあげるよ。

最高の演奏をしてみんなを夢中にさせよう。』


今まで感じていた不安な気持ちや恐怖心は全て消え去った。

僕はあきちゃんの一言でどんな心境からでも強くなれる。

僕のエネルギーの源は全てあきちゃんなのではないかと感じた。



心配していても仕方ない。あとはやるだけだと腹を括った。

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