16.供養

それから一週間後に、左波から幸路の所へ電話があった。その次の週の木曜から金曜にかけて一泊で高知に行けないかという。旅の計画はすべて左波がすると言う。幸路は了解して、旅の日を待った。


約束の日の午前中、幸路は羽田空港の〇×航空の高知行きのチェックイン・カウンターで左波と待ち合わせた。そして、昼過ぎには高知空港に着き、タクシーで太平洋の見える墓地の家族用納骨壇へ直行した。そこで、納骨を済ませ、僧侶に供養をしてもらった。その僧侶は双子の母の供養をした人で、右波の事も覚えていた。左波を見ると、丁寧にお辞儀をして、「お悔み申し上げます」と言った。「右波さんはお母さん思いの素晴らしい人でした」とも言った。


供養が終わった後も、幸路と左波は暫くそこから太平洋を眺めていた。かなり経ってから、幸路がしんみりと語った。

「私が右波さんと伊豆に行った時、右波さんは太平洋が『見える』と言っていた。体全体で見ていたようだった。そして、ここ高知で太平洋を見ながら育ったことを話してくれた。その時、私を高知に連れて来たいと言った。確かに......、一緒に来た......」

幸路は涙ぐんだ。左波も泣いていた。


二人は長いこと黙っていたが、今度は左波がと話し始めた。

「わたしはずっと狛江で育ち、海を体験したことはほとんどありません。だから、ここで育った右波のことを羨ましいとも思います。でも、わたしは、わたしだけ養子に出されたことは仕方がないと思っています。わたしの養父母はほんとに良くしてくれました。それで、わたしは、わたしなりの人生を送って来れたのですから」

「右波さんと私は東京中駆け巡って、左波さんのことを探したのですが、見つからなかった。なぜでしょう?」

「一つには、わたしが川崎の学校に行っていたこともあると思います。川崎市多摩区の多摩女学園大学付属の小中高校に通っていたのです。それも、その間は毎日、母が車で送り迎えをしてくれていました。その後、そのまま多摩女学園大学に進んだのですが、その時は、通える距離なのに学生寮に入りました。両親は社会経験のためと言っていました。それなので、東京の学校を探しても、わたしの情報はどこにもない訳です。


「そうだったんですか。左波さんの名前が左奈美と書かれていたことと合わせて、それで、私たちは苦労した訳ですね。でも、凄いですね。大学まで進まれて」

「楽ではありませんでした。それでも、沢山の人に助けられて、ほんとに良い経験をしました。卒業後は自宅から仕事をすることが出来るようになりました。わたしの仕事はテープ起こしと言って、録音された音声を文字に変換する、言わば、聞き取りの作業です。そして、視覚障碍者の電話相談のボランティアもしているんですよ。少しでも、同じような障害を持つ他の人を助けたいと思って。そして、両親の死後は、家を相続させていただいたので、今のところ生活していけるのです。それに、必要な物はほとんど配達してもらっているので、あまり外には出ないんです」


その後、二人はゆっくり歩いて、ホテルに向かった。幸路は久々に視覚障害者と歩いて、右波の事を思い出さずにはいられなかった。間もなく、左波が話し始めた。

「与野瀬さん、あなたは流石に歩き方がよくわかっていますね。右波と一緒にいつも歩いていらっしゃったからでしょう?」

「左波さんと歩いていると、まるで右波さんと歩いているようです。双子というのはほんとに似ているんですね。ところで、右波さんの顔の右側に火傷の痕があったのをご存知ですか?」

「いいえ。そうなんですか? わたしたちは双子でも生後すぐに別れてから一度も会ってないわけで。ただ、わたしが小さいころ、急に顔の右側が痛くなり、暫く続いたことがありました。そして、与野瀬さん、今や、あなたが、この世でただ一人、わたし達双子、二人共のことを知っている人なわけですね」

「その点には気が付きませんでした。ほんとにそうですね。不思議です。でも、私は左波さんにもお会いできてほんとに良かったと思います。このことをぜひ右波さんにも伝えたい」

「右波は分かっていますよ」

「えっ? そうですか?」

「そうです」

ただ、左波はそれ以上は何も言わなかった。

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