15.約束
左波はかなり長いこと泣いていた。そして、やっとのことでまた話し始めた。
「あなたは右波からどのくらいわたしの事を聞いていたか分かりません。わたしは小さい頃から、養子として育てられていたのは承知していました。けれど、一年ほど前に育ての母がガンで亡くなる前に、初めてわたしの生い立ちを聞いたのです。わたしの育ての父はその時までに脳梗塞で亡くなっています。ご存じと思いますが、わたしの生まれた時の名前は左の波と書きます。ところが、養子に引き取られた時に、左はそのままで、『なみ』は奈良の奈に美しいという字に変えられたのです」
「そうだったのですか。右波さんと私は必死で左波さんのことを探しましたが、見つけられませんでした。漢字のせいもあったんですね」
「そうかもしれません。残念です。実は、わたしも右波の事を探そうと、高知に行って、今帰ってきたところなのです。養母が最後に言ったことは、わたしの実の家族は、高知のそばの、太平洋の見える所に住む沖家だと言うことでした。幸い、大都会ではないので、その情報で、その家を見つけることは出来ましたが、すでに空き家でした。高知市の東にある香南市というところでした。ただ、近所の人に聞いて、遠い親戚に会うことが出来ました。それで、今まで知らなかったことを知りました。生みの父はアラスカ方面で遭難、生みの母は何年か前に亡くなったということ。母のお墓参りもしてきました。やはり香南市にある、太平洋が見える墓地です。そこに一族全員用の納骨壇というものがあって、母はそこに眠っていました。そして、母の死後に右波がわたしを探しに東京に出たということを聞いたのです」
「そうだったんですか。私は右波さんが東京に出てきた最初の日を今でも鮮明に覚えています。丁度左波さんが私の車に乗って来た時のような様子でした。そして、狛江に行って欲しいと言いました。その後、狛江に行ってからどうしていいか分からない様子だったので、結局、私のアパートに滞在してもらって、すぐに左波さんの捜索を始めたのです。その後、私たちは懇意になり、結婚をしようと話をしていたところだったのです」
ここまで来て、幸路は言葉に詰まった。だが、思い切って続けた。
「右波さんの遺灰は私が預かっています」
また、左波が泣き出した。
その後、二人とも黙ったまま狛江に着いた。そこは、どちらかと言うと喜多見駅に近い、小さな家が密集しているあたりだった。幸路は、捜索中もこの辺には来たことがなかったな、と思った。左波の家の前で清算をした時、幸路は左波の左手にかなり大きな火傷の痕があるのを見た。右波が言っていた通りだ、と思った。その後、左波がためらいながら言い出した。
「あの、見ず知らずのあなたにこんなことを言い出して良いかどうか分からないのですが。右波の遺灰を高知の家族用納骨壇に収めてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。右波さんもお母さんも一緒になれれば喜ぶと思います」
「ありがとうございます。そして、あなたも右波と結婚までしようとした方ですから、高知まで、ご一緒していただけますでしょうか?」
「もちろんです。左波さんが日程を決めて頂ければ、私は休暇を取ります。あっ、申し遅れましたが、私は与野瀬幸路と言います。幸せな路と書きます」
「ありがとうございます。与野瀬幸路さんですね。わたしは川辺左奈美です。それから、後ほど連絡する時のため、電話番号を教えてください。携帯電話をお持ちでしたら、わたしの番号にかけて頂けますか? 090-〇×□△-7373です」
「分かりました。今、かけます」
「来ました。では、この番号に連絡します。今日は、ありがとうございました。ごきげんよう」
「右波さんの遺灰は当日持参します。では、その時まで」
バックミラーには、左波が丁寧にお辞儀をしている様子が見えた。
左波を降ろしてから、幸路は思いに耽っていた。あんなに真剣に探していた左波が幸路のタクシーに乗ってきたとは。幸路は今まで双子に出合ったことはほとんどなかったので、多少の混乱もしていた。将来を共にしたかった右波に生き写しの人が居る。確かに言葉使いは多少違うが、声や態度はそっくりだ。そして、その左波と高知へ旅することになった。その時、右波が幸路を高知に連れて行きたいと言っていたことを思い出した。右波、やっと、一緒に高知に行ける、と思った。
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