12.計画

伊豆旅行から帰って、幸路は真剣に考えていることがある。右波と一緒に居ると幸せだ。それに、何より、右波は信頼できる。そして、自分にも一緒にやっていけるという自信が出来てきた。右波もうれしそうだし、結婚してくれるかな? ひょっとして、俺の名前の幸せな路を歩むという意味はほんとなんじゃないかな? その時に思い出したのが望美との結婚であった。そう言えば、俺が失踪して全く連絡していないから、多分、俺はまだ望美と結婚したままの状態なんじゃないか。右波と結婚するにはまず、それを何とかしないと。


幸路は正直に自分の考えをいった。

「右波、最近ずっと考えているんだけど、俺、右波と一緒になりたい。一緒に生活しているだけじゃなくて、結婚したいんだ」

「幸路、うち、それはとても嬉しい。あの伊豆旅行の帰り、うちもそんなことを夢見ていた。覚えてる? うちの言ったこと」

「うん。新婚旅行みたいってことだよね。それで~、言いにくいんだけど、俺には過去がある。結婚歴があって、離婚していないんだ」

「そうだったの。それで?」

「右波と結婚するためには、まず離婚を成立させないとならない。俺は、それは確実に出来ると思っている。もう別居して何年も経つし、子供も財産もない。それに......、彼女が浮気をしたんだ」

「そうだったの。気の毒ね」

「あぁ。ただ、少し時間がかかると思うし、俺は彼女とは顔を合わせたくない」

「弁護士を通して代理で出来ない?」

「そうだな。調べてみるよ」

「それから、幸路、うちは幸路と一緒に居るだけですごく幸せだから、結婚という形にこだわらなくても大丈夫だよ。無理しないでね」

「あぁ、でも、調べるよ」

「ありがとう」


その後、幸路は離婚の手続きについて調べ始めた。会社の人に教えてもらって弁護士に相談した。離婚は両者が合意すれば比較的簡単に成立する。もし、相手が同意しない場合は、裁判所が絡んだ調停離婚で、これは何か月か、かかる可能性がある。それでも解決しなければ本格的な裁判となる。そして、裁判にならなければ、相手と顔を合わせずに離婚出来る。そこで、いずれにしても、弁護士に仲介してもらって、望美の意向を聞き出すのが第一歩であると思った。ところが、早く右波と結婚したいのは事実であったのだが、幸路はなかなか手を付けられずにいた。どうやら、間接的でも望美との交渉の間に何か予期せぬ問題が発覚しないかと言う懸念があったようだ。


それで、離婚の件は棚上げのまま、また何か月か経った。そんなことには関わらず、幸路と右波は相変わらず新婚の夫婦の様に暮らしていた。また、左波の捜索は気が向いた時に少しずつといった状態に変わっていった。そして、ある日、幸路がいつものように深夜過ぎにアパートに帰ってきた時の事である。ドアのカギを開けようとしたところ、カギが閉まっていない。幸路は即座に、おかしい、と思った。ドアを開けて中に入ると、まず目についたのは買い物袋が玄関に無造作に転がっている。幸路の心拍数が急に上がった。恐る恐る台所の方を見ると薄暗い中で右波が横たわっているように見える。慌てて電灯をつけた瞬間、幸路は周囲1キロ四方に聞こえるような大声で「右波!!!」と叫んだ。その後、靴も脱がずに、右波の所に駆け寄って、抱き上げたのだが、右波の体はすでに冷たく、硬くなっていた。幸路は右波の名前を叫び続けた。


騒ぎを聞きつけて、直に隣人と一階に住んでいる管理人がやって来た。様子を見た管理人がすぐに110番し、間もなく警察官がやって来た。警察官は幸路を右波から引き離し、警察署に連れて行った。右波の遺体は救急車で病院に運ばれると言うことだった。警察署に連れて来られた幸路は完全に取り乱しており、警察官が何を聞いてもまともな反応が出来なかった。警察官としてもどうしようもなく、幸路をその部屋に残して出て行った。


翌朝、取り調べ室でうつ伏せていた幸路は警察官に起こされ、何とか取り調べを終えた。幸路の証言はすべて第三者の証言で裏付けられたため、幸路の容疑は取り消された。その後、幸路は葬儀社で最後に右波と対面し、火葬の後、右波の遺灰を引き取った。


それから暫く、幸路は仕事を休んだが、何もできずにいた。結局、右波の思い出のあるアパートは引き払い、会社の社員寮に戻り、兎に角、仕事を再開した。

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