8.光明

幸路は次の出口で首都高を出て、割と近いところにある自分のアパートへ向かった。そして、安全なところに駐車し、メーターを止めてから右波に言った。

「沖さん、今、私がアパートまで案内しますから、ちょっと待ってください」

「あの、支払いは?」

「気にしないでください。空港からここまでなので大したことはありません」

「何から何まですみません」


幸路が先に車から出て、外からドアを開け、右波の手を取って外に出るのを手伝った。そして、開いている方の手で右波の荷物を持った。そのままゆっくりと階段を上がり、自分のアパートのドアを開けて右波を中に通した。次に、右波を椅子に座らせ、電気ポットの湯でお茶を入れるてから言った。

「あの、私は深夜過ぎまで仕事なので、すぐ車に戻らなければなりません。トイレは今座っている椅子から右手の後ろ、それから、左手にある引き戸の奥の六畳間に今布団を敷きますので、疲れたら休んでいてください。もし、何か分からないことがあったら、家の電話から、私の携帯に電話してください。電話機をこのテーブルの上に置いておきます。短縮ボタン9番に私の携帯の番号が入っています。このボタンです」

そう言うと、右波の手を取って、そのボタンの場所を示した。

「ゆっくりとお相手できなく申し訳ありません。明日は仕事がないので、狛江に行く計画と準備をお手伝いします」

「与野瀬さん、ほんとにありがとうございます。見ず知らずの人間にこんなに親切にしていただいて、ありがとうございます。いってらっしゃいませ」

「では、後ほど」


幸路は急いで車に戻り、仕事を続けた。慌ただしく、右波に十分時間をかけてあげられなかったのは悪い気がしたが、なぜか、爽やかな気持ちにもなっていた。何年間かに渡る一人生活の後、一時でも滞在者がいる状態に喜びさえ感じた。そして、予定通り仕事を終え、夜半過ぎにアパートに帰ると、何をして過ごしていたのか、右波はまだ起きていた。


「与野瀬さん、お帰りなさいませ」

「沖さん、ただいま。こんなに遅くまで、大丈夫ですか? 眠くありませんか?」

「初めての飛行機の旅で疲れていないわけではないのですが、与野瀬さんが帰って来るのをお向かえしない訳にはいきませんでした」

「ありがとうございます。じゃ、もう遅いので休みましょう。また、明日もあることですし」

「分かりました。お手洗いは使わせて頂きました。もう一人で行けます」

「そうですか。じゃ、六畳間の方に案内します」

幸路は右波の手を取って奥の部屋に通した。

「それじゃ、おやすみなさい。ゆっくりしてください」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」


幸路は台所に予備の寝袋を用意して横になった。長い勤務を終えて疲れてはいたが、なんだか嬉しいような気もして、すぐには寝付かれなかった。

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