3.回想

幸路は辛い昨夜の思いを振り切るかのようにネットカフェを出た。寝不足の目に朝日が眩しかった。そして、また苦悶が始まった。とうとう望美に何も言わずに、アパートにも帰らずに一泊してしまった。心配しているだろうか。携帯の電源は切ってしまったが、留守電が入っているだろうか。そうだとしても、今それを聞く気にはなれない。警察に連絡したりしてはいないだろうか。たとえ過ちを犯した妻とは言え、妻には変わらない。心配をさせてしまったかもしれないという罪悪感は拭えない。今すぐに電話をして謝ろうか?


しかし、そう思った途端にまた望美と貫太の事が頭に浮かび、怒りが呼び戻った。いや、ひょっとして、俺が帰らないことを喜んでさえいるかもしれない。今話す事は出来ない。そこで、また多摩川の河原に戻り、さらに川下に向かって歩き出した。その日は良い天気で日差しも強かった。日中の気温はどんどん上がり、太陽がぎらぎらと照り付ける。暑くなり、途中で上着を脱ぎ、腰の周りに結んだ。休憩のため、何回か木陰のベンチに腰を下ろすこともあった。


俺は何でこんなことをしているんだろう。何の解決にもならないではないか。確かに望美と貫太は過ちを犯しただろう。だが、こうやってその事実から逃げていて何になるのか。問題に真正面から対応できないものか?


途中、公園の横を通った時には、望美と二人でピクニックをしたことを思い出した。あの頃、望美は子供を欲しがっていた。しかし、俺は反対だった。表向きの理由は子供が居たらきちんと育てる義務がある。それが重荷だということだ。だが、俺の本音はと言うと、子供が生まれたら、子供に望美を取られてしまうという心配があったからだ。それは、自己主義だと言って批判されればそれまでかもしれない。


それから、問題の一つは望美の愛想が良すぎることかもしれない。望美は誰にでも笑顔を振る舞う。それは良いことに違いない。だが、世の男達は望美が自分に気があると思いはしないだろうか。まてよ。もしかして俺もその一人か? ボウリング場で俺に気があると思ったのは、単に望美が愛想が良かったからか? でも確かに自分から電話してきたし結婚までしたんだから好きだったのは確かだろう。


今度は自分の最初の彼女の事を思い出していた。それは高校時代だった。その彼女とは時折、街でデートをする程度で深い関係にはなっていなかった。それでも、彼女に振られた時は相当なショックであった。あの時も辛かった。元来、俺は拒絶に弱いのだ。これは小さい頃からずっとだ。それで、もしも拒絶されるかもしれないというような状態だったら女性に限らず、親しくなろうとはしない。親しい関係にならなければ、あの時や今のような苦しみを味わわなくて済む。俺は生涯独り者で居た方がいいのかもしれない。どうしてこのような性格なのか? 親譲りか、あるいは、育ちの問題か。いずれにしても、自分のせいとは思いたくない。


それに、俺はしつこい性格だ。中学、高校と6年間バスケット部にいた。何かをとことんやり遂げるという自信はある。だが、悩むと弱い。悩みもとことん悩み続ける。それで、今は辛い。そして、どうやら、そこから抜け出すのが苦手だ。うまく方向転換が出来ない。なんて、不利な性格なのか!


その日は合計6時間程歩き、野川を渡って、二子玉川に着いた。その辺りをうろうろした後、24時間喫茶に入った。何もすることがなく、本棚にあるコミックを読み始めたのだが、どうもストーリーに入り込めない。仕舞には、流石に疲れが出て、いつの間にか眠りに落ちていた。そして、こんな夢を見た。双子と思われる姉妹が多摩川の河原、両岸に一人ずつ立っている。届く訳はないのに、必死に腕を伸ばして、互いに手を取ろうとしている。その内に、二人の腕がどんどん長くなり......。そこで目が覚めた。

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