第15話 再会(シリウス視点)
ほどなくしてクロフォード邸に着いた。
僕はアリシアの手を取って馬車から降りる。今後、これは僕の役目だ。
アリシアは屋敷を見て、始めは圧倒されていたようだったけど「素敵なお屋敷ですね!」と微笑んだ。
「今日から君の家だよ」
あのクラディア伯爵家から解放された所為か、はたまた夕日が照らしている所為なのか、心なし表情が明るく見えた。
エントランスから順に少し案内しつつ、とある部屋の前に立つ。
「アリシア、君に会わせたい人達がいるんだ」
「会わせたい人ですか?」
アリシアは、誰だろう? と首を傾げている。
(アリシア、とっておきのサプライズを用意しているからね)
僕が目配せすると、そっとジュリアンが部屋の扉を開ける。
「えっ、マリー?」
室内を見たアリシアは、驚きの声を上げた。
そこにいたのは今朝、アリシアを見送ったクラディア家の使用人達。
アリシアに“良くしてくれた“人達だ。
「え、えっ、何で? どういうことです?」
アリシアは使用人達と僕を交互に見て、目を丸くしている。
(可愛いなぁ)
おっと、今は説明してあげないとね。
「今朝、アリシアが使用人達ととても仲が良さそうだったから、離れがたいのではないかと思ってね。君と共にクラディア家を出て、クロフォード家に来ることを望む者を募ったんだ」
その結果がこれ。本当に君は好かれているんだね。
彼らは、君が失うべき人達じゃない。君と一緒にいるべき人達だ。
「えっ、ということは……」
「彼らを正式に雇ったから、今日からクロフォード家の使用人だよ」
僕が彼らの方を手で差すと、アリシアは感無量と言った表情で僕からマリー達の方へと視線を移し、彼らの方へ歩み出した。
「あ、ベルとセシーも? それに」
彼女はメイド達の名を一人一人呼んで「ありがとう」と声を掛けていく。
「スチュワート! それから」
執事の名も全員呼んでいく。
あの様子だと、ここにいる使用人だけでなくクラディア家にいた使用人全員の名前を憶えていそうだ。
それは当たり前のことのようだけど、貴族の中には名さえ把握しない者もいる。
きっとクラディア伯爵がそうだろう。
「ジョンも来てくれたんだ?」
「もちろんですよ、アリシア様! アリシア様をお守りできないのなら、クラディア家にいる意味がありません!」
元気に答えたジョンと呼ばれた騎士の他、数名の騎士の名もアリシアは口にする。
「ジョンの気持ちは分かりますぞ」
声がした方を見たアリシアは、嬉しそうに名を呼ぶ。
「あ、バート! バートも?」
「えぇ、アリシア様に愛でていただけない植物を育てるなど……私には。あの方達は花と言うものが、植物というものが何も分かっておりません。もうすぐ綺麗に花開くというのに、香りが良いからと少し開いただけの花を手折ってしまわれたり、草が邪魔だと新しい芽をも他の使用人に刈らせてしまうんですよ。それも庭師長の私に断りもなく……」
バートと飛ばれたのは白髪交じりの老齢の男で、庭師のようだ。
本当に植物を愛しているのだろう。とても嘆いている。
「分かる、分かるよ、バート! あの人達ときたら、勝手すぎるんだ!」
それに共感の声を上げたのは
「あれ、ジョ、ジョナサン?!」
あれがジョナサンか。あのバケットサンドは美味しかった。
レシピをこちらのシェフにも教えてもらおう。
そして名を呼ばれたジョナサンの両サイドから、二人の使用人が「そうだ! そうだ!」と同意しながら顔を出す。
「え、デニーとマルク? 三人とも来ちゃったの!?」
「なっ、来ちゃいけなかったんですか~?」
一人が悲しそうに言うと、アリシアは慌てて否定した。
「いえいえ、違うの! だって……総料理長のジョナサンに、メインシェフの二人まで来てしまったら、クラディア家の食事はどうなるのかなって」
「そんなこと、知ったこっちゃありません!」
ドーンと大きな声で答えたのはジョナサンだった。
そして、それに続くように脇に控える二人も口を出す。
「そうです、そうです! あの人達の食事なんてどうでもいいんです」
「アリシア様に食べてもらえない料理だけを作るなんて……耐えられません!」
そこに、どこからともなく賛同する声がある。
「アリシア様がいらっしゃるから、あのお屋敷で働いていただけで……」
「アリシア様がいらっしゃらないお屋敷で、あの人達に仕えるなんて……」
「あの人達は本当に自分勝手で我儘で……」
その言葉に、全ての使用人が“うんうん”と同調するよう頷いた。
報告書に使用人に対する扱いも書いてあったが、そこまで反感を買っているとは。
使用人の一部を、しかも上級使用人も含め一気に引き抜かれて、クラディア家はさぞ大変だろうが……それも自業自得というわけだな。
全員を確認した後、アリシアは再びマリーに向き合った。
「マリー。来てくれて、ありがとう」
「当然です。アリシア様のお傍には私がいなくては。本当はゴードンも来たかったと言っていたのですが……」
「ゴードンは家令だもん、無理だよ……」
ゴードン、それはきっとクラディア伯爵の横にいた執事のことだろう。
やはり家令だったか。
今朝アリシアと使用人の仲を知り、引き離すのは不憫だと思った。
それで、すぐさまジュリアンに遣いを頼んだ。クラディア伯爵のことだから、一筋縄ではいかないだろうと思いつつも。
その時、尽力してくれたのがゴードンという人物だったと聞いている。
「えぇ、さすがに自分が抜けるわけにはいかないと……」
「そうだよね。ゴードンに今までのお礼を、ちゃんと言いたかったな」
「大丈夫ですよ、アリシア様の気持ちは伝わっています。ゴードンが、くれぐれもアリシア様を頼むと言っておりました」
最後の一言に、マリー含め全員が一斉に礼をする。
「ありがとう、皆」
感極まっているのか、アリシアの目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
初めて彼女の涙を見た時は、悲しみと辛さを抱えた涙だったけど……もうそんな涙は流させないよ。
「さて、挨拶も済んだようだから、君の部屋まで案内するね」
そう僕が声を掛けるとアリシアは、少し離れがたそうな表情を浮かべた。
もう少し、再開の喜びに浸っていてもらっても良かったけど、彼らにも仕事があるから……それに、これで会えなくなるわけではない。これから、いつでも会える。
だから、今は少しだけ我慢してね、アリシア。
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