第16話 豪華な部屋
ビックリした。
もう皆とは会えないと思っていたのに……今朝の別れの挨拶から数時間で、まさか感動の再会を果たすことになるとは。
そして、皆が私を慕っていてくれたことが嬉しい。
それ以上に、シリウス様の優しさが何よりも嬉しい。本当に優しい人。
登校した時、ジュリアンと話していたのは、きっとこの手配のためだったんだろう。
新しい家名に、新しい家、親しい使用人。
今まで私を苦しめてきたものがなくなって、大事にしたいと思っていたものだけが残った。
「シリウス様、皆を雇ってくれてありがとうございます!」
私は精一杯、お礼を言った。
これも全てシリウス様のおかげ。
シリウス様がいなければ……ん、待って!
「あ、あの、費用とか……どうしましょう。あの人数ですから結構かかるのでは?」
シリウス様があまりにも自然で普通にしているから、すっかり気づかず流れに任せて甘えてしまっていたけど、そもそも手続きにも費用が発生しているはずだし、あの人数を雇い入れるって手配とか結構大変だったのでは?!
何で気づかなかったの、私!
私がワタワタとしていると、シリウス様はクスリと笑った。
「気にしなくていいよ。君はクロフォード家の人間なのだから。君のために使用人を雇うのは当然のことだろう?」
「で、でも……」
「それとも何かい? クロフォード家は、そんなに経済的な余裕がないように見える?」
「いえ、そんなことは!」
そんな失礼なこと微塵の欠片も思っていません!
……あれ、この言い方どこかで……あ、私が父を説得するために使った言葉と似ている?
ということは私、もしかしてシリウス様の思惑に、すっかり乗ってしまったのかな?
「君のためなら、何でも手配するから遠慮なく言ってね」
そう言いながらシリウス様は、ある部屋の前で立ち止まり、ジュリアンに合図すると扉が開かれた。
「ここが君の部屋だよ」
シリウス様に促されて、部屋に一歩足を踏み入れたところで私は言葉を詰まらせた。
「え……ここが私の部屋……?」
「うん。あ、気に入らなかったかな?」
ビックリし過ぎて言葉を失った私を見て、シリウス様が不安そうな声で聞いてくるので慌てて否定する。
「いえいえ、そんな!」
私が目を丸くして室内を見回していると、シリウス様は部屋を案内してくれた。
そう、部屋の中を案内……案内するほど大きいし、いくつか扉があって別の部屋に繋がっているのだ。
あまりの広さに一瞬、マリー達と一緒に暮らす部屋かな? なんて思ってしまって
「えっ、ここって“私だけ“の部屋ですか?」
愚問と分かりつつも、思わず確かめてしまう。
「え? もちろん、そうだけど? あ、ちょっと狭いかもしれないけど」
「いえいえいえ!」
手を横に振りながら、シリウス様の言葉を遮った。
これが狭いって、どういう感覚???
「逆です、逆! 広すぎです」
「え? そうかい? 普通だと思うけど」
そう広すぎた。
(この部屋、キャロラインの部屋よりも広いよ?)
そもそもクラディア家での私の部屋は、キャロラインの部屋の半分もなかったから、この驚きをお分かりいただけるだろう!
バスルームがあることにも驚いたけど、今朝までいたメイド部屋よりも大きなフィッティングルームの奥に、更に大きなクローゼットがあるとか……それをシリウス様は普通だと言う。
(そうでしたか、これが貴族の普通なのでしたか……)
しかも広いだけではない。
調度品とかカーテンとか、とても高価で質が良さそう……謎の格調高い重厚感が漂っている。
それをシリウス様は
「あ、調度品とかも取り急ぎ揃えただけだから、好きな物に変えるといいよ」
と、事も無げに言う。
(そんなまさか、これを取り換えると? あ、もっと安物に? それなら、うん!)
でもきっと、そういうことじゃない。これは、よくキャロラインがやっているやつの方だ。好みに合わせて模様替えするやつ!
何かもう、絨毯すら踏んでいいのかな? と思うぐらい上等で、ランプ一つにしても細工の細かい装飾が施され、高級感が溢れている。変えるどころか、触れることも恐れ多いのでは?
思わず頭を抱えてしまう私の心中を、知りもしないシリウス様は涼しい顔で「彼女に頼むといいよ」と言う。
ん? 彼女って?
と思った瞬間、シリウス様の後ろにスッと人影が現れる。
それはダークブラウンの髪を三つ編みおさげにした女性だった。
え、どこから出てきたの?
「彼女はフェリシア。うちに長年仕えてくれている侍女だよ。今日から彼女もアリシアについてもらうことにしたから」
「フェリシアと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
深々と頭を下げてくるので、私もつられて頭を下げてしまう。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。フェリシアさん」
私に言葉を聞いたフェリシアさんは驚いた顔をしてシリウス様を見た。
それをシリウス様は困ったような笑みで返している。
えっ、どうしたのかな?
「アリシア様、僭越ながら申し上げます」
「は、はい!」
目を伏せながら発せられた、その畏まった口調に思わず背筋を伸ばす。
「使用人に頭を下げる必要はございません。また敬称をつける必要もございません。わたくしのことは、どうぞ“フェリシア“とお呼びください」
「あっ……」
あ、そうか、そうだよね、普通はそうだよね。
貴族らしからぬ行動と言動に、彼女はビックリしたのか。
気心知れたマリー達とは違うから、つい学園の先生達や生徒達と接する時の心持ちになってしまった。
「……き、気を付けます」
「まぁ、そんなに気負わないで、追々慣れていけばいいよ」
シリウス様はポンと私の肩をたたいて「他に必要な物があれば何でも言ってね」と言ってくれた。
「あ、ところで夕食はどうしようか。帰る途中で食べたからなぁ」
シリウス様は「そろそろ夕食の時間だけど……」と悩んでいるようだ。
実を言うと私達は、あの後バスケットを空っぽにしてしまった。
(あ、もちろんシリウス様の方が、私より多く食べたけどね!)
空腹だったこともあるけど、シリウス様は“さすが男子”って感じの食べっぷりで、私もそれにつられてしまった感もある。
いつもより沢山食べたから、只今絶賛満腹中!!
「あの、あれで私は十分お腹いっぱいなので、夕食は要らないです」
おずおずと手を挙げて言ったら、シリウス様は目を丸くして
「えっ!? あれだけで??」
「私、あまり食べないので」
「あー、だから折れそうなぐらい細いのか……」
そう言って私の手首辺りを見ている。
え? いやいや、さすがに折れませんよ…………多分?
シリウス様の確信を持った目に見つめられて、何だか自信がなくなってきた。
(いやいや!)
さすがにないない! と手を振っていると、シリウス様は「あと少ししたら僕は普通に食べられるけど」なんて言っている。
えっ、本当に? すごい……さすが男子! 胃袋の作りが違う!
なんて感心していたら、フェリシアが「シリウス様」と声を掛け、何やら耳打ちしている。
「え? あぁ……う~ん。アリシア、ジョナサン達がお祝いだと言って張り切っているみたいなんだけど」
「えっ」
あー、ありそう。うん、ジョナサンならやるね。
昨日だって、あんなに張り切ってくれていたもんね。
(胃袋の小さい私からすると、出来ればお祝いは数日に分けてやって欲しいところだけど)
う~ん、お腹はいっぱい……でも、ジョナサンの気持ちも無碍には出来ない……う~ん。
例え朝食と昼食を食べていなくても、胃袋に入る量には限界がある。
そしてその限界は、先程ほぼ到達してしまっている。でもでも!
「す、少しなら……食べます……!」
悩んだ挙句、私はジョナサンの気持ちを受け取ることにした。
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