第14話 対峙(シリウス視点)

こんなあっさり手続きが終わるんだ?

なんて思っているのだろうな、彼女は。


僕の説明を聞きながら、バケットサンドを頬張るアリシアを見ながら思う。

話の最後の方、その瞳はわずかに哀愁が漂っていた。


まぁ実際、一日足らずで手続きは完了しているから、あっさりではあるけど。

その実、全てはギリギリのところだった。


除籍届はちょうど入れ違いだったから、簡単な書類提出で済んだ。

むしろ除籍されていなければ、手続きはここまでスムーズに進まなかっただろう。


それから退学届も受理される寸でのところだったので、面倒なことにならずに済んだ。一度受理されてしまったら、再入学の手続きが必要になるところだった。


色々な奇跡が重なり、タイミング良かっただけ。

あとは……


(この国の法律に詳しい執事がいて助かったよ)


有能な使用人のおかげだろう。


そして、アリシアには「クロフォード家に入籍させていただきましたと言っただけ」と言ったが、本当はそれだけではない。



******



早朝に突然、訪問したことにクラディア伯爵は憤慨していた。

それがアリシアと同じクラスの若造だと知ると、その怒りは増していくようだった。


「何のようだ!」


怒鳴るように言い放つと、ドカっとソファに腰かける。

普通なら、その態度にプレッシャーを感じて臆したり、逆に苛立ったりするものだろうけど、僕は至って冷静に話し掛けた。


「アリシアについて」

「アリシア?」

「はい、除籍されたとのことでしたので、クロフォード家に入籍させていただきました」

「何だと!? 一体誰の許可を得てそんなことを!」

「お言葉ですが、除籍された後のことですので、許可を得る必要もないかと」

「貴様! わしはアリシアの父親だぞ! その親に何の断りもなしにそんなこと出来るか!」


ほう、一応父親の自覚はあるんだな。


しかしこれは……アリシアからも話は聞いていたし、こちらもある程度の調査はしていたが……ここまでとは。


そう、僕はクラディア伯爵について事前に調べていた。

魔力検査の時、魔力が無いと判定されたアリシアはショックを受けているようだったが、それは他の令息令嬢達が感じるものとは違って見えた気がした。


翌日、それは確信に変わる。アリシアの表情がいつもと違った。

ずっと彼女を見てきたんだ、その些細な機微に気づかない僕ではない。


それで調べさせた。

僕が知っているのはクラディア伯爵、伯爵家の表面的な部分でしかないから。


調査完了の報告を受けたのは、昨日の朝だ。

登校中の馬車の中で読んだその内容に驚愕した。まさかそんなことが? と。

学園でのアリシアは明るく穏やかで、とても家族から冷遇されているようには見えなった。


そして昨日の放課後、アリシアから聞いた話しは報告書と寸分違わなかった。

今、目の前にいるクラディア伯爵は、報告通りの利己的で傲慢で虚栄心の塊のような人間だった。


「とにかく、そんな勝手は当主のわしが許さん!」


顔を赤くして、怒り心頭の様子で息巻く。


(なるほど……そういうことか)


自分のものが、誰かに取られるのが気に食わないんだな。

例え、それが“いらいないから捨てよう”と思ったものであっても、誰かに奪われたり拾われたりするのを心底嫌う性質か。


そして自分が知らないところで、事が運ぶことも嫌う……実に、くだらない。


「勘違いしてもらっては困るな」


僕はそう言って指を振る。横に控えていたジュリアンが、それを合図に数枚の書類をクラディア伯爵に差し出した。


クラディア伯爵は目を通しながら、書類を掴むその手がブルブルと震えていく。


「すでに全て不備なく処理されている。私は許可を得に来たわけでも、承諾を頂きに来たわけでもない。ただ一応、筋を通すべきだと思い、報告しているだけだ」


ジッと冷たい目で見つめる。

威圧されたのか、クラディア伯爵は徐々に委縮していった。


(この程度の人間か……)


あんなに怒りをぶつけておきながら、この有り様とは……まったく見下げ果てた男だ。


さて、本題に入ろうか。


「それで、アリシアは今どこに?」

「ア、アリシアは……」


口籠ってハッキリ言おうとしないクラディア伯爵を、先程よりも鋭く睨みつけると「ひぃ」と小さく声を上げた。


「……メ、メイド部屋に……」

「なんだと?!」


まさか、そんなことになっているは……!


「こんなところには置いておけないな。すぐアリシアを連れて来てくれ。クロフォード家に連れていく」


この愚鈍な主人に言ったところで話は進まないだろうから、その隣に控えていた老齢の、おそらく家令だろう執事に向かって言う。

それを聞いて彼はペコリと一礼をすると、慌てた様子で部屋を出て行った。


「なっ、待て! わしは命令しておらんのに、どこへ行く! 貴様も、わしの使用人に勝手に命令するとは!」


クラディア伯爵は、こちらと扉を交互に見やるが、僕は全く意に介さず席を立った。


「あぁ、そうそう。これはお返ししておこう」


僕がそう言って振り返ると、ジュリアンが箱を取り出してクラディア伯爵の前に置く。中には、アリシアが退学した場合に返却される学費分の金貨が入っている。

退学の手続きをしても返金は一ヶ月後。クラディア伯爵は、まだ手にしていない。


(これで文句も言えないだろう)


クラディア伯爵は、眉を吊り上げ怒鳴り散らしながらも、目の前の金貨に口元がニヤリと緩んでいた。


アリシア……すぐに君を、この暗い影を落とすだけの屋敷から出してあげるよ。


******



(アリシアは『それだけで納得したのか』と言っていたけど……僕はただ、クラディア伯爵が覆せない状況を作り上げただけなんだよ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る