第13話 家族の縁
やっと授業が終わった。
皆、帰る準備をしている。
サッと教室を出て行く人、友達と談笑している人、それぞれだ。
授業中、私のお腹の虫は大人しくしていてくれた。
途中ちょっと鳴ってしまったけど、誰かが咳き込んでくれたおかげで、人に聞かれずに済んで本当に助かった。
(令嬢がお腹に虫を飼っているとか、恥ずかしいだけだもんね)
いつもなら図書館へ向かうところだし、借りていた本も読み終わっているので返しに行きたいけど、返却期限はまだ先だから大丈夫。
だって今はそれどころではないから。
お腹も空いたけど、シリウス様にも話を聞きたい。
帰り支度を整えていると、すでに荷物を纏めたシリウス様が“行こう”と手を差し伸べてきたので、私は慌てて荷物を鞄に詰め込んだ。
何となく示し合わせたように、シリウス様と私は足早になって馬車へ向かう。
行きと違い、馬車はゆっくりと動き出した。
あまりにも振動がないので、本当に走っている? と疑いたくなる程で。
確かめるように窓の外を見ると、ちゃんと普通に走っているのに私の馬車と違って全然揺れない。もしかしてシリウス様の馬車は性能が良いのでは!
それにも関わらず、登校時あれだけ揺れたということは、相当スピードを出していたんだ?
「あぁ、帰りはゆっくり走るから、それ食べるといいよ」
そう言ってシリウス様は、私の横に置いてあるバスケットを指差す。
いいのかな? 馬車で何か食べるって、お行儀悪かったりしないのかな?
あ、でもシリウス様がこう言ってくれているんだから、大丈夫なのか!
いや、でもシリウス様は優しいから……あぁ、もう!
お行儀とか分からないけど、もう空腹に抗えないので、お言葉に甘えてバスケットに手を掛けた。
ぐぅ~~~
えっ、今のは?
音がした方を見ると、少し赤くなった顔を逸らすように窓の外を見るシリウス様の姿が。
あっ! そうか!
お昼の時、私を探してあんなことになっていたから、シリウス様も昼食を食べていないんだ?
私は「朝食の分も」とジョナサンが言っていたから、沢山入っているだろうとバスケットの中を見る。
(うん、いっぱいある)
私が一人で食べる朝食分と昼食分にしては、多く入っていた。
もしかしたら、シリウス様と一緒に昼食を食べるかもと思ったのかもしれない。
もしくは、もう味わうことが出来ないだろうから最後の名残にと、沢山入れてくれたのかもしれない。
どちらにしろ、ありがとうジョナサン。
ジョナサン達の気持ちが嬉しい。本当に有難い。
「シリウス様も良かったら、どうぞ」
バスケットの蓋を開け、シリウス様に向ける。
「いいのかい?」
「もちろんです! ジョナサンがいっぱい入れてくれましたから! それにジョナサンの料理は美味しいんですよ!」
「ありがとう。それは今後が楽しみだね」
シリウス様は「いただくよ」と一声掛けて、包みを一つ取った。
(ん、今後? どういうことだろう?)
疑問に思いつつ、私も包みを一つ取って開ける。
あ! 私の大好きな生ハムとチーズのバケットサンドだ!
「いただきます!」
一口頬張る。
カリっとしたバケットの食感と共に、生ハムの風味を引き立たせるチーズの濃厚な香りが口いっぱいに広がる。
(う~~~ん、これこれ!)
このジョナサンお手製のソースが、また美味しいんだよね~。
隠し味は秘密らしい!
好物と空腹の前に私は無力で、さっき抱いた疑問はどこかに飛んで行ってしまった。
ジョナサンのバケッドサンドに平伏す私を見つつ、シリウス様も一口齧る。
「あぁ、確かにこれは美味しいね」
そうでしょう? そうでしょう? ジョナサンの料理は世界一!
美味しいと褒めてくれたシリウス様の言葉に、何だか誇らしい気持ちになって笑みを返した。
あ、ところで……
「どこへ向かっているんですか?」
「クロフォード邸だよ」
あ、やっぱりそうだよね。
あーっと。大体どういうことになっているか分かってはいるけど、何をどうしたとか、お父様と話したのかとか、今後のこととか詳細が知りたい。
そんな風に考えているのが顔に出ていたのか、シリウス様は説明してくれた。
「あぁ、ちゃんと話せていなかったね。まず昨日、あの後すぐ使用人に役所へ手続きに行かせたら、除籍届が出された後でね。ちょうど良いタイミングだったから、そのまま入籍届を出して受理してもらったよ。それで、もしかしたらと思って手続きが終わった後、学園に連絡したら退学届が出されたって言うから、事情を説明して退学は無効にしてもらい、代わりに家名変更届を出した感じだね」
何とも簡潔に説明してくれて、とても分かりやすい。
このぐらい授業も分かりやすかったら、誰も苦労しないのでは?
(えーと、つまり私はこのまま学園に通い続けられるってことだよね)
一拍置いてから、シリウス様は続けた。
「それで君を迎えに行くついでに、一応クラディア伯爵にも話を通しておこうと思ってね。今朝、尋ねたんだけど……キャロライン嬢に知られると話しがややこしくなりそうだったから、登校するのを屋敷の近くで待っていた所為で少し遅くなってしまってね」
シリウス様は「それで遅刻ギリギリな時間になってしまった」と言う。
そうだったんだ。ん、そうすると、もしかして
「お父様と話したんですか?」
「うん? もちろん」
「あの……お父様は……いや、その、何と」
大丈夫だったのかな? とか、シリウス様に酷いこと言ったりしてないかな? とか、色々心配になってしまう。
「普通に『アリシアをクロフォード家に入籍させていただきました』と言っただけだけど?」
「え、それだけでお父様は納得したんですか?」
「うん……アリシアに宜しくと言っていたよ。それからアリシアがメイド部屋にいるって聞いて、もうこのままクロフォードの屋敷に来てもらおうと思ってね」
「それでは今後、私は」
「これからも学園には通えるし、今日からはクロフォード家で何不自由なく生活してもらうよ」
シリウス様はそう言って、にこりと微笑んだ。
自分の置かれた状況を何となく察してはいたけど、シリウス様の言葉にやっと全容が明らかになる。
「シリウス様、ありがとうございます!」
私は思いっ切り頭を下げた。
「シリウス様がいなかったら私は……私は」
きっと学園に通えないまま、あの部屋からも出られなかっただろう。
シリウス様には感謝しかない。
「僕は、僕が出来ることをしたまでだよ。全て上手くいって良かったね」
シリウス様は微笑んだまま、再びバケットサンドを頬張った。
私が知らない間に全て処理されていたんだ。
お父様は、きっと躊躇いなく私を手放したのだろう。
シリウス様は、お父様が『宜しくと言っていた』と言ったけど、それはシリウス様の優しい嘘だと思う。
今までのお父様の態度を考えれば、そんな言葉を言わないことぐらい分かる。そしてお母様に至っては、話にも上ってこない。
本当にお父様とお母様にとって私は、忌み嫌う存在。ただの不要なものだったのだ。
(そっか、もうお父様達とは家族でも何でもないんだ)
こんな簡単に、家族って終われるんだね。
それが例え、血の繋がった家族でも。
それにしても、こんなにあっさりと手続きが終わるとは思ってもいなかったな。
何となく心の中に寂しさが広がった。
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