第12話 エリザベスの嫉妬

待ちに待ったランチタイムになった。

私は詳しい話をシリウス様に聞きたかった。

それなのに……今、何故かご令嬢達に囲まれ、校舎裏に連れ出されている。


(何故……???)


というか、シリウス様と話すのも大事だけど、それ以上に……お腹が空いた!

だって朝食を食べていないんだもん。お腹ペコペコだよ?


(私に用があるなら、昼食の後にしてもらいたかった……あぁ、ジョナサンのお弁当~!!)


心の中でジョナサンのお弁当に思いを馳せていると、人気がなくなった辺りで急に先頭を歩いていた令嬢が立ち止まった。それに合わせて他の令嬢達も足を止めると、サッと避けて真ん中に道を作る。そこを先頭の令嬢が、ゆっくりと優雅に歩いて私の前で止まった。


その令嬢は、エリザベス伯爵令嬢だった。

エリザベス様もまた、如何にも伯爵令嬢! といった佇まいで、とても清楚でお淑やかな印象を周りに与えている。


例えると、パトリシア様が“動”の貴族令嬢なら、エリザベス様は“静”の貴族令嬢って感じだ。


そして、きめ細かく白く透き通るような肌、綺麗に手入れされた金髪を縦ロールに……もしやTHE☆貴族令嬢は縦ロールにするって決まっていたりするのかな?


彼女とはクラスメイトだけど、私とはあまり接点がなかったはず……私に何の用だろう。


「貴女、シリウス様とはどのようなご関係ですの?」


あぁ、そういうことか……今、思い出した。

彼女は確か、シリウス様のことが好きなんだった。でもパトリシア様には婚約者がいる。


貴族には必ず婚約者がいるけど、学生の内はほとんどいない。

その理由は魔力検査の結果次第で優劣が決まる為だというから、頭を抱えたくなる。


この“ほとんど”というのは、ごく一部だけど婚約者が決まっている人もいるからだ。

エリザベス様は、その数少ない内の一人。彼女が幼い時に、ご両親が決めた婚約らしい。


それでも、エリザベス様はシリウス様に思いを寄せていた。

同じ伯爵家だから家格も釣り合うと、ご両親を説得しているとか。

婚約破棄が出来るわけないと本人も分かっていながら、それでも懸命に訴えていると涙ぐみながら話していたのは、どこの令嬢だったか……。


(恋する乙女は強いね)


それが急に結婚したなんて聞いたら信じられないよね。

しかも相手が“魔力無し”だったなら尚更……受け入れがたいことだと思う。


「シリウス様と結婚されたなんて、何かの間違いですわよね?」

「そ、それは……」


間違いではないと思う……シリウス様は、そう言っていたし……詳細は聞いてないけど。


でも「結婚しました!」って言える空気じゃない!

あと”ご関係“について聞かれても、契約的な~なんて言えるわけがない!!


言い淀んでいると、こちらに向ける目線が強くなる。痛い、視線が痛い。


「……シリウス様に直接お尋ねいただければと思います」


うん、それしかない!


最適な返答だと思ったけど、逆にエリザベス様の怒りを買ってしまったようだ。

彼女は、わなわなと震えている。


「はぐらかさないで! 貴女みたいな“魔力無し”がシリウス様と結婚なんて出来るわけがないでしょう?! 何をなさったの? どんな汚い手を使ったの? シリウス様の弱みでも握って脅したの? なんて卑劣で汚い人!」


憎悪が溢れて止まらないといった様子で、次々に私を罵る言葉が飛び出して来る。


そして、ついに感情の昂ぶりを抑えきれなくなったのだろう。

エリザベス様の右手が思い切り振り上げられた。


(あ、ぶたれる)


そう直感したものの、避けるのも何だか申し訳ない気がした。

自分の利益のために、彼女の好きな人を一時でも奪ってしまったのは事実だから。


エリザベス様の怒りを受け止めようと、衝撃に備えて目を瞑る。

が、いつまで経っても予想していた痛みが訪れない。


恐る恐る目を開けると、エリザベス様の右手は宙に浮いたまま静止していた。

よく見ると誰かが手首を掴んでいる。パッと離された、その手を辿っていくと……


「シリウス様……!」


シリウス様がいた。

どうやら頬を叩かれる寸でのところで、止めてくれていたようだ。


(何だか……ピンチに駆けつけてくれた王子様みたい……)


少し見惚れてしまって目を離せずにいたら、気づいてしまった。

焦ったような表情から、苛立った様子で目が吊り上がっていくのに。


(シリウス様、怒ってる……?)


シリウス様は、私を背後に庇うようにズイっと前に出る。


「君は……エリザベス伯爵令嬢だったね」


名前を呼ばれたことにエリザベス様の顔は明るくなる。

でも、それは一瞬のことで


「これはどういうことだ」


咎めるような怒気を含んだシリウス様の声色に……彼女の顔からは、あっという間に血の気が引いてしまった。


「ち、違うんです、これは……」


上手く言葉が出てこないといった様子のエリザベス様。

その周りにいる令嬢達もまた、シリウス様に圧倒されたのか青褪めている。


「暴力に訴えるとは、とても淑女がすることとは思えないな」

「あ……違っ、私は……ただ、シリウス様が結婚したと聞いて……何かの間違いだと……そう、そうです! 間違いです! 脅されているのですよね? そうでなければ、こんな“魔力無し”とシリウス様が結婚されるはずがありませんわ! その女はとても醜く汚い女なのですわ!」


たどたどしい口調が、段々とハッキリとした物言いに変わる。

しかし、それはシリウス様の神経を逆撫でするだけのようだった。


「言いたいことはそれだけか? そんなことでアリシアに危害を加えようとしたとは……呆れて物も言えないな」


その表情を伺うことはできないけど、その声の冷たさがお父様と同じようで……鋭い目をしているように感じた。


「君は何か勘違いをしている。アリシアは、僕が愛する唯一の人だ。それに彼女はとても心が綺麗で聡明な女性だよ」


そしてシリウス様は、エリザベス様を含めここにいる令嬢の名前を一人残らず口にした。


「君達のことは覚えておこう。僕の愛する人を傷つけた者として、決して忘れない」


そう言い残すと「さぁ、行こう」と私の手を引いた。

気になって振り返ると、エリザベス様は顔面蒼白で崩れるように座り込んでいる。

他の令嬢達は「どうしましょう」「シリウス様に嫌われてしまいましたわ」と小さく囁き合い「エリザベス様の所為で」と口にすると冷たく一瞥して去って行った。



******



先程の校舎裏から、結構歩いた。

シリウス様は怒ったままなのか終始無言だったけど、手はずっと繋がれたままで。

何だか恥ずかしいような、照れくさいような。


「あの、シリウス様……?」


声を掛けづらい雰囲気だけど、このままではどこまで行ってしまうのか分からないので意を決して名前を呼んだ。


するとシリウス様はピタリと立ち止まり、ガバっと振り向くなり私の肩を掴んできた。


「アリシア、大丈夫だった? 怪我はない? どこも痛くない? 本当はもっと早く駆け付けたかったんだけど……いや、そもそも連れ出される前に気づくべきだった」


矢継ぎ早に心配したと言葉が掛けられる。

先程までとのギャップに少しビックリしてしまった……えっと。


「私は大丈夫です。シリウス様のお陰で怪我もありませんし、どこも痛くありません」


とりあえず心配を掛けたみたいなので、安心してもらいたくて笑うとシリウス様は「はぁ、良かった……」と溜息交じりで笑顔を返してくれた。


「ところで、シリウス様は何故あそこに?」

「うん、昼食を一緒にと思ったら君がいなくて、探しながら近くの生徒に聞いたらエリザベス嬢とどこかへ行ったって言うし……ほら、エリザベス嬢って僕に何というか……」

「気がある?」

「……そう、何度か告白もされたし……あ、もちろん断ったよ! 僕が好きなのはアリシアだけだから!」


急な告白に、顔が熱くなる。


(ほ、本気に聞こえてしまう)


でも演技なんですよね?

だって私と結婚したのは、私を助けてくれるためで……卒業までの契約結婚ですもんね?


あ、そうか、どこで誰が聞いているか分からないから! 念には念をですね、シリウス様!


私が納得していると、一瞬間が空いてからシリウス様は話しが脱線したと小さく咳払いした。


「それにエリザベス嬢は取り巻きを何人も連れているから、君に何かするのではないかと心配で……まぁ、彼女は目立つから、近くにいる人に聞いて回って、急いで辿り着いた感じかな」

「そうだったんですね」


ところで……と言いかけた時


ぐぅ~~~


くっ!

何で、このタイミングでお腹の虫が鳴いちゃうのかな??

恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「あぁ、昼食がまだだったね。とりあえず食べようか」


やった! ご飯! ジョナサンのお弁当! と思った瞬間


ゴーンゴーン


予鈴の鐘が鳴る。

あぁ、なんというタイミング!

というか、もうランチタイムもお昼休みも終わってしまったの?!


「あー、仕方ないから教室に戻ろうか……? それとも、サボってご飯食べる?」


気まずそうに言うシリウス様に、私は項垂れながら答える。


「教室に戻ります……」


例え、どんなに空腹でもサボるという選択肢は私にはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る