第11話 パトリシアの猛攻

「ふぅ……」


あっという間に馬車は学園に着いた。

ギリギリ遅刻しない時間に到着したあたり、優秀な馬と御者だったのだろう。


それはそれとして、ジョン程の揺れでないにしても結構身体への負担が……。

馬には慣れていても馬車は違ったようで、私はヨロヨロと馬車から降りた。


(今まで私の馬車は揺れが酷かったけど、それでもスピードが遅かったおかげで、まだマシだったのね)


「あ、朝食がまだと言っていたのに、ごめんね。馬車の中で食べられたら良かったけど、遅刻しそうだったから」


シリウス様はふと気づいたようで、眉を下げている。


「いえ、別に大丈夫です」


あれだけ揺れるのなら、むしろ朝食を食べていなくて正解だったと思う。

下手したら口から虹を吐き出しているところだった。本当、不幸中の幸い。


シリウス様に失態を晒さずに済んで良かったと胸を撫でおろしていると、シリウス様は執事であるジュリアンを簡単に紹介してくれた。そして


「ちょっと先に行ってて」


そう言うと小声でジュリアンと話し始めた。何か用があるのだろう。

私は一人で校舎に繋がる出入口へと向うことにした。


少し遅い時間なのでラッシュ時程ではないようだけど、それでも登校する生徒がそこそこいる。


その校舎へ向かう生徒と逆行して、まるで待ち構えていたように、こちらへ向かってくる人影があった。


「あら、ここは貴族しか通えない学校なのですけど……どうして貴族ではない人間がいるのかしら?」


声高らかに私の前に出で立ったのは、パトリシア侯爵令嬢だった。


彼女とは同じクラスで……今思えば、何かと私に張り合ってきていたような気がする。私は競う気なんて全くないんだけど。


パトリシア様は態度が高圧的すぎると、よく言われている。

立ち振る舞いや物言いもそうだけど、ツンと吊り上がったツリ目に、黒味がかった紫色の髪が、より強い印象を与えるのだと思う。


さらに、縦ロールにした髪は何時でも綺麗にセットされていて、その姿は正に侯爵令嬢といった感じだ。


(きっとメイドがセットしているんだろうけど、大変そうな髪型だなっていつも思っている)


対して私はというと……貴族の令嬢ではあるけど、髪をセットしてくれるメイドもいないので、自分で後ろに束ねて三つ編みにしている。


実はこれには、セットしてくれる人がいないからだけでなく、別の理由があったりするんだけどね。


「ねぇ、アリシア様。いえ、もう貴族ではないのですから“様”を付けるのはおかしいですわね」


パトリシア様が髪に手を添え、フサァっと払うと艶めいた濃紫色が揺れた。

さすが侯爵令嬢、髪が艶々! きっと毎日手入れしているんだろうなぁ。

そういえばキャロラインもヘアオイルがどうとか言っていたような。


あれぐらい髪が綺麗だったら良かったんだけど、生憎私は手入れをしていないからバリバリのボサボサ。三つ編みにしている理由はそれ。手入れされていないと知られたら、クラディア家の評判が落ちてしまうかもしれないから……って、今はそんなこと考えている場合じゃない! 今、パトリシア様は何と言った? 私が貴族ではないと? まさか!


「わたくし知っていますのよ、貴女がクラディア家を除籍されたこと!」


此れ見よがしに、わざと大きく発せられたパトリシア様の声はよく響き、周りにいた生徒を引き付ける。


「何だって? アリシア嬢が除籍されたって?」

「まぁ“魔力無し”だから当然でしょうけど」

「え、じゃあ、もう貴族じゃないんだろう?」

「貴族でもないのに、何でここにいるのかしら?」


囁き合う声と同時に、一斉に視線が私に集中する。


な、何で……パトリシア様が知っているの?

昨日の今日でもう情報が? どうして……まさか、キャロライン……?


「それに馬車を出してもらえず、馬に跨って通っていることも知っていますわ! しかも騎士と二人乗りで!」


なっ、それも知られているの? も、もしかして見られていたりして?


ジョンの揺れに合わせるため、形振りを気にせず馬に跨っていたけど。何となく、恥ずかしさが込み上げてきた。


「どうやったのか知りませんが、今日はシリウス様の馬車に乗せていただいていたようですけど……とにかく、もう貴族でもない貴女がどうしてここにいますの?」


パトリシア様は、私がシリウス様の馬車に乗っていたことにも不満を感じているようで、そのことも含めて答えてくださいまし! とビシっと指差してくる。


人の顔を指差すのはどうかな?


令嬢なら尚更……って、それはさておき、私も知りたい。

私自身、よく分からないままシリウス様に促されてここに来てしまったので、今の私の状況がどうなっているのか、さっぱりなんだけど?


少し困惑して黙り込む私に、自分が有利だと思ったのだろうパトリシア様は自信満々に畳みかけてくる。


「ふん、弁明できませんわよね、事実なのですから。シリウス様には何か適当に嘘を吐いて、乗せていただいたのでしょう? “魔力無し”の癖に狡賢い方!」


そして忌々し気に私を睨むと、とどめと言わんばかりにパトリシア様は声を張り上げた。


「さぁ、今すぐここから出てお行きなさい! ここは貴女のような伯爵家を除籍された平民が」

「ストップ! そこまでだ」


パトリシア様の声を遮り、私の背後から“待った”の声がかかる。

声のする方を振り返ると、そこにいたのは


「「シリウス様?」」


パトリシア様と綺麗に声が被った。


「それ以上言うとパトリシア嬢が、より恥をかいてしまうことになるよ」

「ど、どういうことですの?」


うんうん、どういうこと?


パトリシア様と一緒に、疑問を問いかける目をシリウス様に向ける。


「確かにアリシアはクラディア家を除籍された。そしてクロフォード家に籍を移したんだよ」

「「えっ」」


またもパトリシア様と声が被る。もしかしたら気が合うのかもしれない。


て、待って……それってつまり……け、結婚したってこと? え、昨日の今日で?

貴族の結婚って普通、一ヵ月の婚約期間があるんじゃなかったっけ?


「つまりアリシアはアリシア・クラディアではなく、今日からアリシア・クロフォードになったわけさ」


先程のパトリシア様よりも、より響くシリウス様の声は周りにいた生徒達の喧騒を掻き消していく。


そして一瞬の静寂の後、また一気に周囲は騒がしくなった。


「え、結婚したのか?」

「シリウスが、あの“魔力無し”と?」

「本当ですの?」


皆、信じられないと言った様子だ。

それを信じさせようとしているのか、シリウス様は


「ね、愛しいアリシア」


と同意を求めるように、にっこりと微笑みながら私の肩を抱いてきた。

何となくシリウス様が作り出した流れに乗った方が良いと感じて、私も少し照れた素振りで「はい」と寄り添う。


いや、普通に今まで異性から肩すら抱かれたことがなかったから、本当に照れてはいるんだけど。


一連の流れで、その場にいた生徒達は驚きつつも“そういうことか”と納得している様子だった。ただ一人、パトリシア様を除いては。


「そ、そんな……まさか……嘘よ……」


思惑が違った。

そんな表情を浮かべているパトリシア様に、シリウス様は一歩近づく。


「嘘ではないよ。ちゃんと学園にも話しは通してある。ところでパトリシア嬢、除籍の話しは誰から聞いたのかな?」

「そ、それは……」


シリウス様の質問に、さっきまでの自信満々の態度とは一転、パトリシア様は急に狼狽え始めた。


「まぁ、いいけど。パトリシア嬢、情報は鮮度が肝心だ。新しい情報を知らず、古い情報に踊らされては恥をかくことになってしまうよ」


その言葉に、今度は生徒達の視線が一斉にパトリシア様に集中する。


「確かに、結局ただの早とちりだったわけだし……」

「すごく自信満々でしたのに……」

「得意げに騒いでおきながら……」


『……恥ずかしい』と口々に言う。


まるで獲物を見つけた獣のように、人の失態や欠点を探し、舌なめずりしているようで……その、背後から人を謗る姿に、何だかとても気持ち悪いものを見た気がした。


当のパトリシア様は、顔を赤くしてブルブルと震えている。


「わ、わたくし、体調が優れませんので、今日は帰らせていただきますわ!」


そう言って本当に、馬車に乗って帰ってしまった。


私が悪いわけではないけど、何だか悪いことをしてしまった気持ちになる。

貴族の教育を受け、私なんかよりもずっと貴族の令嬢としての誇りを持っていただろうから……きっと、とても恥ずかしくて悔しかったに違いない。


そしてパトリシア様の馬車が校門を出たと同時に、授業開始を知らせる予鈴が鳴る。


「アリシア、急ごう。授業に遅れてしまう」


シリウス様は私の手を取り、小走りで教室へ向かった。

詳しい話を聞きたかったけど、今は無理だね。

お昼休みにでも話せるといいんだけどなぁ。

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