第18話 貴族の教育
先程、食堂で“ごちそうさま”をしたばかりなのに、今度は別の部屋で食後のお茶をしている。もちろんシリウス様と一緒に。
上品なティーカップに、綺麗な琥珀色の紅茶が注がれ、とても良い香りが漂っていた。その横には美味しそうなクッキーが添えられている。
(うぅ、食べたい。食べたいけど、もう食べられない……私の胃袋がシリウス様ぐらいあれば!!)
今までおやつがなかった所為か、お菓子がとても魅力的に見える。
でもこれ以上食べたら……下手したら虹を吐いてしまうかもしれない……。
紅茶ですら精一杯なのだからクッキーは諦めなきゃ!
大丈夫、きっと明日もクッキーは出してもらえる、きっと!
私は心の中で、自分を説得した。
うん、貴族はよくお茶をするから、きっと明日もあるはず!
そう、貴族はよくお茶をする。キャロライン達もそうだった。紅茶の他に、おやつもいっぱい並べられていて……あの豪華なアフタヌーンティーセットというのは魅力的だったなぁ。
(私には無縁の世界だったけどね)
キャロライン達を想像した時、何か引っかかるものを感じた。あぁっ!!
朝からドタバタしていて、うっかりしていたけどシリウス様のご両親にご挨拶していない!!
「あの……シリウス様のお父様とお母様は? ご挨拶していないですのが……」
「あぁ、今は隣国のイングリルド国にいるよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。卒業式までには、こちらに来るだろうから会えると思うけど」
「お仕事ですか?」
「まぁ、そんなところだね」
そっか、シリウス様のご両親は隣国に。
私の家族はあんな感じだったけど、普通は一人で心細くないのかな?
そう思いながらも、ちょっと安堵した自分がいた。
(何で?)
あぁ、そうか。シリウス様のご両親との対面に緊張したんだ。
でも、いないと分かって胸の焦燥感が薄らいだ……自分本位でちょっと嫌になるな。
「アリシア?」
呼ばれてハッとする。
黙り込んでしまっていた私の顔を、どうしたのかとシリウス様は覗き込んでいた。
「あっと……すみません。シリウス様はご両親と離れ離れで大変なのに……私は、ご両親がいないと聞いて少しホッとしてしまって……」
「どうして?」
「えーっと……それは、私が……学園のは別として、貴族の教育を受けていないからです。貴族なら知っていて当たり前、身に着けていて当然のマナーとか教養とかが私にはないので。食事だって、ちゃんとできているかどうか……」
「ん? でもさっきは大丈夫だったよ? それに学園の食堂でも、見ている限りは特に問題ないと思ったけど」
言い出しづらくて躊躇いながらも正直に言うと、シリウス様はそんなことないと首を傾げる。
「学園の方は……周りを見て、真似ていただけで……最初は違ったんですよ」
シリウス様と同じクラスになったのは今年からで、それまでは違うクラスだったから、入学当初の頃のことは知らないと思う。
初めて食堂を利用した時は、ちょっとマナーがなっていなかったみたいで……同じテーブルの令嬢達が一瞬、戸惑うような表情を浮かべたことがあった。
それに気づいて慌てて周りを見回し“な~んて!”と笑いながら、その場を誤魔化したのだ。
この“周りを見る”は、ライラから教わった処世術。
学園に通うずっと前、貴族としての教育を受けていない私が、万が一お茶会やパーティーに出席することになった時、困らないようにとライラが教えてくれた。
本当ライラには感謝しかない。
「さっきもスープのスプーンが、どれを使えばいいのか分からなかったですし……」
まぁ、あれはイレギュラーなことだとは思うけど。
「猿真似では限界があります。それにさっきのフェリシアのこととか……食事の時『ありがとうございます』と言ってしまったこととか……あれは、おかしかったですよね、きっと」
シリウス様は「そうだね」と、少し思案するように言う。
「……もしもシリウス様のご両親とお会いして、私が貴族として不適切なことをしてしまったら……粗相をしてしまったらと思うと不安、というか怖くなってしまって」
私にも貴族の見栄があるのかな、失態を犯したくないという気持ちがある。
考えてみると、それは……失敗すれば父に認めてもらえなくなるから……ただ父に認めてもらいたい、その一心で……じゃあ、今は?
うん、それはきっと、私を助けてくれたシリウス様に恥をかかせたくないから、かな。
「それじゃあ、家庭教師でもつける?」
「え?」
思い掛けない提案に、私の口から戸惑いの声が出る。
「教育を受けていないのなら、習えばいいと思うよ」
「いや、でも……」
それでは、またシリウス様のお世話になってしまう……ほら、費用とか……色々あるよね?
父が、私に家庭教師をつけなかった理由の一つでもある。
私の気持ちを察したのか、シリウス様は別の提案をしてきた。
「それじゃあ、フェリシアに教わったらどうかな?」
「えっ、フェリシアに?」
「彼女なら、そういう知識もあるから教えてくれるよ」
「でも、迷惑じゃないですか?」
「大丈夫だよ。それも彼女の仕事の一つだから」
問題ないと言うシリウス様に、それなら……とお願いすることにした。
思えば卒業後は平民になるのだから、貴族のあれこれを身に着ける必要はないような気もするけど。それでもやっぱり、近いうちにあると思われるシリウス様のご両親との対面に備えておきたい。シリウス様のためにも。
(卒業式後に帰ってくるのなら、会わないで終わる可能性もあるけど、シリウス様は卒業式までには帰ってくると言っていたから)
私は卒業に向けて、もう一つ目標を立てた。
貴族としての立ち振る舞いをマスターする!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます