第19話 新しい暮らし


「つ、疲れた……」


今日は色々あった……いや、あり過ぎたよ。

クラディア家を追い出されると思ったらシリウス様が迎えに来てくれていて、パトリシア様とエリザベス様との一件があって、もう会えないと思った使用人達と再会して……怒涛のような一日ってこういう日を言うんだね、きっと。


でも今、私が “疲れた” と言ったのは、そのことだけではない。


あの後、あてがわれた部屋に戻ると「入浴のお時間です」と声が掛けられ、何故か張り切っているマリー達に全身隈なくピカピカに磨かれてしまった。


今までは濡れタオルで身体を拭くだけだったりで、サクっと終わっていたのに……バスルームが部屋にあると、こうなるものなのかな?


そして「こちらを」とお水にレモンが一片入ったグラスが渡され、ちょうど良かったと口を付けた。


冷たい水が火照った身体に染み渡り、レモンの爽やかさが顔の熱を取っていくようで。お風呂上がりの一杯が美味しいということを初めて知った。


しかし、それで終わりではなかった。

お風呂から上がると顔に化粧水が塗りたくられ、身体にもクリームが塗りたくられ、髪にもヘアオイルが塗りたくられ……あ、これがヘアオイルなんだ?


どちらからも薔薇の上品な香りが漂っている。


私がレモン水を飲んでいる間、マリー達がせっせと私の全身を手入れしていた。


それにしてもお風呂に入って疲労困憊になるとは、どういうことだろうか。

慣れが必要ということなのかな?


いつもと違う匂いを纏いつつ、私はヨロヨロとベッドへ向かうと、そのままダイブした。


ふかぁぁ~~~


え、何これ、何これ!

ふっかふかなんですけど!!


思わず手で踏み踏みして、その柔らかい感触を確かめてしまう。

私のベッドと大違い! こんなにも、ふわふわなお布団あるんだ?


(こ、これは早速寝心地を確かめなくては!)


いつもなら勉強してから寝るところだけど、今日は色々あったし(特にお風呂で疲れてしまったし)、明日はお休みだからもう寝よう。


ベッドに潜り込むと、ふわふわのお布団が私を迎え入れてくれる。

枕もちょうど良い硬さで、掛布団は羽織っているのが辛うじて分かるぐらいの軽さで私の身体を包み込んでくれる。


「これは……ダメになっちゃうかも~」


何だか解放感を感じて……あまりの心地よさに私の意識は、あっという間に夢の中へと落ちていった。



******



翌日、いつもなら自力で起きているのに、すっかり熟睡していたみたいでマリー達が来るまで目を覚まさなかった。


(こんなにぐっすり眠ったのは、いつ振りだろう?)


久々の快眠に心地よさを感じつつ、マリーが持ってきたトレーに目をやる。


(それは、それとして……何でベッドに紅茶とトーストと……あ、昨日のと同じクッキーだ! が置かれているのかな?)


マリーに聞くと「貴族は起床したら、そのままベッドでお茶と軽食をいただくもの」なのだとか。


(え、ベッドで何か食べていいの? お行儀悪くないの?)


思わずマリーを見たら「それが普通のことなのですよ」と耳打ちされた。


そうなんだ? じゃあ、いただきます。

若干、躊躇いつつもベッドを汚さないように、そっと昨日食べ損ねてしまったクッキーを口に運んだ。


(はわぁぁ、美味しい! サクサクっとした食感にバターの風味が最高!!)


今までおやつがなかった所為か、久々のお菓子がとても沁みる。心と身体に。


クッキーをもう一枚。うん、美味しい~!!

ん、トーストの横にあるのは、もしかしてバター?! え、塗っていいの? 


私はバターナイフでバターを掬って、トーストに乗せた。

温かいパンにバターが、じわっと溶けていく。

一口齧ると、バターの風味が口いっぱいに広がった。


(お、美味しい~~~!!!)


クラディア家ではバターを使わせてもらえなかったから、バタートーストなんて久しぶりに食べたよ。


あれ、バターの隣にあるのは、もしかしなくてもジャム?! これも塗っていいの??


私はスプーンでジャムを掬うと、トーストに乗せた。

白いパンが綺麗な赤色に染まっていく。

一口齧ると、苺の甘い香りとほのかな酸味が口いっぱいに広がった。


(美味しい~!!)


こ、これ、もしかしてバターを塗って、その上からジャムを塗るなんてこと……してもいいの?! おぉ!!


私はバターとジャムを(以下略


(う~ん、苺の甘酸っぱさがバターの風味と相まって、何とも言えない至極の味!!)


分かってたよ、絶対美味しいって。この組み合わせで美味しくないわけないもんね。

美味しいもの×美味しいもの=絶対美味しいって、本に書いてあったもの。


も、もう少し塗ってもいいかな? え、全部塗ってもいいの? やったー!!



食べ終わって、さぁ着替えよう! と思ったらマリー達に身ぐるみ剥がされる形となる。

着替えぐらい自分で出来ると言ったら、フェリシアに「それは使用人に任せるべきことです」と言われてしまった。


なるほど!

早速、貴族の教育が始まっている!

あ、もしかして……さっきの軽食も?


今までの習慣からすると戸惑ってしまうけど、これが貴族の普通なんだね。


そして驚かされた。

暫くして「今から朝食のお時間です」と言われて。


いやいや、さっき食べたよね?

何なら、昨日の夕食の満腹を引き摺ったままなのですが??


(それでもクッキーだけは、絶対食べ逃したくなかったから食べたけど!)


さすがにこれ以上胃袋を酷使しては可哀そうなので、朝食はお断りして昨晩出来なかった勉強をすることにした。


明日からは朝の軽食か朝食か、どちらかでいいとお願いしておかないと。

作ってもらって無駄にしたらシェフに申し訳ないし、食べ物が勿体ないもの!



******



暫くすると、シリウス様が部屋を訪ねてきて「昨日の続き」と屋敷を案内してくれた。


すごく広い! これ、クラディア邸より大きくない?

ティールームが2つも3つもあって……応接室もいくつあるって??


しかもチラっと見えた使用人棟も、クラディア邸より大きい。

それもそうか。昨日突然やってきた使用人、数十人を受け入れられるぐらいだもんね。


(それにしても……広い。そして調度品も高級な物ばかり)


同じ伯爵なのに……まぁ、爵位が同じでも経済力が同じってわけではないしね。

クロフォード伯爵家の方がクラディア伯爵家より豊かなんでしょう!


「こっちは庭だよ」

「わぁ!」


朝、部屋のバルコニーから見た時、綺麗だとは思っていたけど、いざそこに立つとその手入れの行き届いた花々に心が躍り出す。


色とりどりの花が咲き誇っていて、フワッと甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

庭の解放感と、風になびく草花の囁きがとても心地よい。


ふと屋敷の方を振り返る。

日に照らされている所為か、輝いて見えた。


(これから私、ここで暮らすんだ)


何だか、改めて実感した。

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