第8話 プロポーズ?契約結婚?

「そうか……」


しばらく思案するようにして、シリウス様は重そうに口を開いた。


「それで……君は今後どうするつもりなんだい?」

「そうですね。本当なら手に職を付けて私でも出来る仕事を……と言いたいところなんですが、平民の中で私が出来る仕事があるか分からないので、とりあえず図書館で色々な知識を身に付けようと思っています」

「それで最近、今まで以上に図書館へ通っているのか……」


と小さくシリウス様が呟いた。

え、私が図書館に通っていることを知っているの? 何で?


「では、除籍された後は?」

「それは……まだ何も……まぁ、いざとなったら教会のお世話になろうかと。子ども達に勉強を教えることぐらいは出来ると思いますし……」


まだ定まっていない先のことを、たどたどしく話すとシリウス様は顎に手を当て少し考えた後“そうか!”と閃いたような表情を浮かべる。


「アリシア嬢! 君にピッタリのがある!」

「えっ、私にでも出来る仕事ですか?」

「もちろん! むしろ君にしか出来ない事だ!」


私にしか出来ない事? それは何?? と期待に胸を膨らませた。


「それは……」

「それは?」


シリウス様の勿体ぶった言い方に、食い気味になってしまう。


「僕の奥さん!」

「???」

「僕の奥さん!!」


とても良い笑顔で二回言った。

二回言われたが、よく意味が分からない。

それって、つまり結婚ということ???


「万が一を考えて、すぐ入籍しようか」


シリウス様は満面の笑みを浮かべている。

いやいやいや、待って! 展開が早すぎでは???


「ま、待ってください」

「ん? 僕と結婚すれば、貴族のままでいられるよ」

「え、いや、そうかもしれませんが……えっ、貴族の結婚ですよね? え?」


そんな簡単に決められるものではないのでは???

困惑だらけで、何度も聞き返してしまう。


「そういうのは気にしなくていい。あ、生活の心配もいらないよ」


何も問題はないとシリウス様は、にっこりと笑みを浮かべる……が、本当にそうなのかな? そんなわけないと思う。家のしがらみとか色々、色々とあるはずでは?!


「何を迷う必要がある? 君にとって悪い話ではないだろう?」


それはそう。これは、とてもとても有難い話だ。

私の生活が、未来が懸かっている。まさに渡りに船ってやつだ。

だけど……だけど……


「だからこそです。お気持ち嬉しいですけど、お断りします」

「えっ?!」


まさか断られると思っていなかったという様子で、シリウス様は驚きの声をあげた。


「あぁ、好きでもない男と結婚するのはイヤかな?」

「そ、そんなことは……貴族の結婚はそういうものだと思っていますし」


貴族らしい教育は受けていないけど、貴族の結婚は政略結婚が多いと聞くし、私もそうなるのだろうと。ある程度の覚悟はしていた。

まさか除籍されることになるとは、思ってもみなかったけど。


「なら何故?」

「……不誠実だから……自分のために、シリウス様を利用するようで嫌だからです」

「僕としては、利用してくれて構わないんだけどなぁ」


利用しても良いと言われても、戸惑ってしまう。というか戸惑いしかない。

結婚して解決しようなんて……しかも人気者のシリウス様と!


私は嬉しい話けど……シリウス様の厚意に甘えたら、なんだかシリウス様のことを踏みにじってしまう気がする。


「あ、分かった。拒否権を与えなきゃいいんだね」


シリウス様は再び顎に手を当て、悪戯っ子のような笑みを浮かべると小さく呟いた。


「とりあえず僕と結婚して。してくれないなら、クラディア家から除籍されるって、学園中に言いふらしちゃうよ。それは困るだろう?」


キッと目じりを上げて悪い顔……をしているつもりなのだろうけど全然、悪い顔になっていない。


「ふふっ」

「ちょっ、何で笑うんだい?」


思わず笑ってしまった私に、シリウス様は少し口を尖らせ、拗ねた顔を向けた。


「だって、全然思っていないじゃないですか」

「う~ん、バレたか」


私が「こじつけが過ぎます」と言えば、今度はハハハッと軽く笑った。

シリウス様は優しいですね。私が承諾しやすいようにしてくれている。

きっと、私が遠慮していると思っているのだろう。


その優しさに、胸の中の張り詰めたものが軽くなった気がする。

シリウス様の気持ちだけで、私は十分だ。


でもシリウス様は引き下がることなく、妥協案というように提案してきた。


「では、こうしよう! ひとまず卒業までの間でいいよ」

「はぃ?」

「卒業した時、君が自力で生活していく術を身に付けていて……そして君が望むなら、別れよう」

「えっ? それって契約結婚的なことですか……?」

「そんな感じかな?」


えーっと。でも、そんな簡単に離縁なんてできるのかな?


貴族が離婚するとなると、女性の方は“傷がつく”と言われている。

どうせ私は平民になるのだから別に構わないけど、男性の方はどうなのだろう?

シリウス様の将来に影響するのでは?


そう考えていたのが伝わったのか、シリウス様は


「あぁ、後の事は気にしなくて平気だよ。全部僕に任せてくれればいいから。綺麗さっぱり処理できるから安心して」


と、にこやかにおっしゃる。

いや、そうではなくて……何て言ったらいいの?!

うん、だから……


「シリウス様には、何のメリットもないじゃないですか?」


そう、何で“魔力無し”の私と結婚しようなんて思ったのか。

同情にしては、やり過ぎでは?


大体、離婚したら後が色々大変だと思う。

手続きとか他のことも色々。よく分からないけど色々!


それに例え“白い結婚”と言われるやつだったとしても、“魔力無し”と結婚したという過去は、一生シリウス様に付いて回る。それは不名誉なことになってしまうと思うんだけど。


何でシリウス様が、こんなにも私にとって好条件を提案してくるのか分からない。

シリウス様にはメリットなんてないのに……。


「ん? あるよ、メリット」

「えっ?」

「というか、僕にとってはメリットしかないんだけど」

「え、何ですか、そのメリット」


予想外の言葉に、私は目を丸くした。

そもそも“魔力無し”の無価値な私にメリットが? 何かある???


「僕、君のことが好きなんだ」

「へ?」


更なる予想外の言葉に、私はポカンと口を開けてしまった。


「ずっと前から好きだったんだよ。だから君と結婚できるなら、僕としては嬉しい限りなんだけど」


シリウス様は照れたような上目遣いで、こちらの様子を伺ってくる。

突然の告白に頭がついていかない。これもさっきの脅しみたいに冗談?


あぁ、そうかシリウス様は優しいから……言葉巧みに、私が受け入れられる状況を作り出そうとしてくれているんだ。どうして、そこまでするのかな?


「で、でも……」

「僕じゃ、イヤ?」


シリウス様はシュンと眉を下げ、まごついている私の顔を覗き込んでくる。


(か、顔がイイ……!!)


思わず、ん゛ん゛と唇を噛んだ。


これが美の暴力というやつなのかな。

私が何かしたわけではないのに、この表情を見ていると何故だか自分が悪いことをしているような罪悪感に襲われる。


もう一押しと思ったのかシリウス様は突如、華麗に片足を跪いてそっと私の手を取った。


まるでプロポーズする王子様のような様相で、姿も顔も笑顔までもが眩しい。


「君は、ただ君の置かれた現状を打破するために『うん』と頷いてくれればいいんだよ」

「…………うぅ、分かりました」


その圧倒的な輝きの前に……美の暴力に負けてしまった私は気づけば頷いていた。

瞬間、シリウス様はガバっと立ち上がると


「ありがとう! 早速手続きをしなくては! あ、でも僕は別れたくないから、これから卒業までの間、全力で君を口説くよ。絶対、惚れさせてみせるから! 覚悟しておいてね」


ウィンクしたシリウス様は、言いながら風の様に走り去って行ったので、最初の方しか聞こえなかった。後の方は何て言っていたのかな? でも今はそれより―――


「あのシリウス様……午後の授業はどうするんですか……?」


残された私は立ち尽くしながらも、とりあえずは卒業までは学園に通えることが保証されそうなことに安堵した。


(情け深く寛大な人間とは、お父様みたいな人ではなくシリウス様のような人のことを言うんだと思う)


自分を気にかけてくれる人、味方がいたことに、胸の中が温かくなるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る