第7話 吐露

目的地に向かって勢いよく駆け出したのだけど……徐々に失速していき、あと少しで図書館というところで私の足はピタリと止まってしまった。


ハンカチを巻いた手がジワジワと痛い。

そんなに深い傷ではなかったのに、何でかな?


「何で……魔力が無いってだけで、こんな目に遭わなくてはいけないんだろう……」


ポロリと漏れた言葉。

きっと本音だったのだろう……言葉にしたら急に実感が湧いてきて、目頭が熱くなった。悔しいとか悲しいとか、憤る気持ちがいっぱい溢れてくる。


(これはきっと、手が痛い所為だ。怪我した所為だ)


でもそこに、これから先の不安が重く伸し掛かる。

どうしようもなく心が、胸が苦しくなった。

得体の知れない何かに、押し潰されてしまいそう。


思わずしゃがみ込みそうになった時、背後から心配するような優しい声が聞こえた。


「やっぱり大丈夫ではないじゃないか」

「シリウス様……?」


振り返るとそこにいたのは、息を切らしたシリウス様だった。


(何でいるんだろう?)


“魔力無し”と虐められている先程の自分も、不安に駆られている今の自分も何となく情けなく思えた。そんな姿を見られたくなくて……私のことなんて放っておいて欲しいのに。


シリウス様は走った際に、少し乱れてしまったのだろう制服を整えながら口を開いた。


「大丈夫と言っていたけど、とても平気そうには見えなかったから。追いかけてきたんだ」


何故? なんで追いかけてきたの?

貴族は皆、私を……“魔力無し”を蔑んで、気遣うことなどないのに……同情しているのかな?


疑問と共に、そういえば私の手の傷を気にしていたなと思い出す。


「手の怪我なら、本当に大丈夫です」

「怪我のことではないよ」


強がって笑ってみたけど、違うと返事が返ってくるので、ますます私は分からなくなって首を傾げた。


「ここ最近の君の様子がね……そう、魔力検査を受けた時から、いつもと違ったから……」


何故かシリウス様は、辛そうな表情をして手を伸ばして来る。

その手が私の頬をそっと指でなぞった。


肌に湿り気を感じて……そこで初めて気づいた。私、泣いている。

いつの間に涙が零れてしまっていたのだろう。


「えっ……あれ? 何で……??」

「少し話そうか」


シリウス様にそう言われ、手を引かれて歩き出した。

繋がれた手が、温かかった。



******



図書館を通り過ぎ、裏庭のいつも私がランチを食べている場所のもっと奥、森のような木々の間を通り抜けた更にその奥の誰も来ないようなところに東屋があった。


(こんなところに東屋が? 知らなかった)


森だと思っていたその先に、まさか人が休める場所があるとは。

ここなら日差しを避けられるから、昼食を食べるのに丁度良かったのでは?


(もっと早く知りたかったな)


そこには滅多に人が来ないみたいで、白い東屋に緑の蔦が絡まっていて、まるで森の一部のように同化していた。


東屋の中は、四人ほどが座れる程度の大きさでテーブルはなかった。

シリウス様に促されてそこに座ると、彼は私の隣に腰を下ろす。

しばらく沈黙があって……先に言葉を発したのは、シリウス様だった。


「ずっと……気になっていたんだ。魔力検査があったあの日以来、君がずっと……緊張感を持っているように見えてね。周りの……クラスメイト達の反応も気になってはいたけど、原因はそれだけではないのだろう?」


何て言ったらいいのか分からない。

家でのこと、お父様達のこと、“魔力無し”と分かってからのクラスメイト達の態度、色んなものがぐちゃぐちゃに混ざって言葉にならなかった。


「無理に話さなくて良いよ。だけど、話したら楽になるかもしれないよ?」


優しく問いかけるような声色が、私の心の中にじんわりと響いていく。

今まで家族の誰にも言われたことのなかった、自分を気にかけてくれる言葉に……縋りたくなってしまった。


“魔力無し”と言い渡されてから数週間、頑張って張りつめていたものが一気に溢れ出して、涙が止まらない。


ポロポロと涙を流す私の頭を、シリウス様は大丈夫だと安心させるように優しく撫で続けてくれた。


その手が、とても大きくて温かくて……私の心の中の、何か頑なになっていたものが溶けていくのを感じた。



******



一通り泣きじゃくった後、少し落ち着いてきた私は自分の置かれた状況をポツリポツリと話し始めた。


最初はクラディア家の恥を晒すことになるのではと言いづらかったけど、あと3ヵ月で除籍されるのだから気にすることないと思い直した。


もう、お父様達の評判を気にする必要も、クラディア伯爵家の名声を気遣う必要もない。


それにシリウス様は“魔力無し”と私を軽蔑することはなく、むしろ私を突き飛ばしてきた生徒達を非難しているみたいだったから、もしかしたら私の味方になってくれるかもしれない。そんな淡い期待もあった。


私がお父様に除籍を言い渡されたことから全て話し終えると、シリウス様は驚いたように目を見開きながら絶句していた。


「本当に……お父上は除籍をと?」

「はい……でも、今すぐ除籍されては学園に通えなくなるので、お父様を煽って何とか卒業までは待ってもらえることになりましたけど」


卒業まで待つとは言ってもらえた。でもそうは言っても、いつ気が変わって除籍されるか分からない。学園に通えなくなる可能性は常にある。まるで綱渡りみたいな状態だ。


そのことも伝えると


「それは卒業したと同時に除籍……いや下手すれば、いつ除籍されるか分からないということだよね?」

「そうですね。そういうことになりますね」

「除籍された後はどうなるんだい?」

「恐らく……そのまま平民になるかと……」


シリウス様は、先程以上に言葉を失っていた。

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