第6話 差し伸べられた手

「ハァ……」


“魔力無し”と診断されてから、微妙な嫌がらせをされるようになった。


まずは、教科書行方不明事件。

次の授業で使う教科書が、どこにも見当たらないのだ。


まぁ、教科書の内容は暗記しているので、授業に大して支障はないのだけど。

そして放課後になる頃には、机の引き出しから見つかる。

律儀に返してくれるあたりは有難い。


それから、やけに人とぶつかるようになった。

避けても向こうから寄ってくるので私がどんくさいとか、そういう問題ではないことは分かっていただきたい。


さらに、何度か突き飛ばされもした。

何もないところで躓いたわけではないので、これも私の身体能力がお粗末というわけでない。決してない!


大丈夫、運動はあまりしたことないけど、馬には乗れるもの!

信じているから! 私の運動神経!


あとは、食堂で昼食を食べようとしたら、席を空けてもらえなかったり……カトラリーを落とされたり、「手が滑った」とお水を掛けられたり、食事に葉っぱとか小枝とか何か落とされたり……虫ではないだけマシだけど。


「わざとじゃない」と言われたら反論できないような内容だけど、明らかに故意でやっているのが分かる。


席とかは仕方ないと思うし、他も我慢できるけど……食事に何かするのは許せない……食べ物を粗末するなんて!! 勿体ないじゃない!!


まぁ色々と面倒なのでそれ以来、食堂ではなく裏庭の誰にも見つからないような場所でこっそりと、お弁当を持参して昼食を食べている。


このお弁当も、私を“お嬢様”と呼んでくれるシェフが、お父様に内緒でこっそり作っているあたり“こっそり“が多すぎだね、私。


さぁ、溜息なんて吐いている場合じゃない。

今から美味しい昼食の時間!


(我が家の料理長に作ってもらった今日のランチは何かな♪ あ、アボカドのサンドイッチだ!)


そんな風に気持ちを奮い立たせながら、何とか残りの数か月を乗り切ろうとしていたんだけど―――


昼食を早めに食べ終わったので、時間を有効に使うため図書館へ向かう。

その道中、男子生徒が二人、行く手に立ち塞がってきた。


「“魔力無し”のくせに、よく平然と学園に通えるな?」

「お前みたいな無能がいると、この学園の品位が損なわれるんだよ!」


言いたい放題言っているけど、そんなこと言う時点で、そちらの品位が損なわれていると思う。


相手は確か、子爵家の三男と男爵家の次男だったかな。

爵位だけで言えば、我が家より格下にも関わらず私に魔力が無いからと、ここまで言いたいように言えるとは……この国の魔力に対する価値観おかしくない? 爵位制度崩壊してない?


そんな風に思いながらも、こんな言いがかりはいつものことだし、相手にすれば付け上がるだけと分かっているから、華麗にスルーしようとしたら


ドンッ


無視するなと言わんばかりに、思いっきり突き飛ばされ転んでしまった。


「痛っ……」


思わず地面に着いた手からは、わずかに血が滲んでいる。

仮にも令嬢に対して、令息がやって良いことではないと思う。

品位どうこう言うなら、まず自分がちゃんとすべきではないの???


立ち上がろうかと思ったけど、相手は男子。女子の私が力で敵うわけもなく。

これ以上、力を行使されたら私に勝ち目はない。


下手に動いて、もっと痛い目に遭うのも嫌だから、私はただその場で身動きせずにいた。早く立ち去ってくれと心の中で呟きながら。


「何をしているんだ!」


そこに響いた怒鳴るような大きな声に、思わず身体がビクっと跳ねる。

去って欲しかったのに、新たに誰か来たらしい。

声のする方を見ると、そこにいたのは―――


「シ、シリウス様……?」


思わず名を呼ぶと、嬉しそうに微笑んだシリウス様が近づいてきた。


彼は同じクラスのシリウス・クロフォード。

クロフォード伯爵家の令息で、この間の魔力測定でA判定を叩き出した、まさにその人だ。


その絹糸のような銀髪に、上品なサファイアブルーの瞳がとても美しく……眉目秀麗、成績優秀、文武両道、すなわち令嬢達の憧れの的!

おそらく、学園人気上位三位内に入っているだろう思われるぐらい人気!

もしかしたら一位かもしれない。


何と! 令嬢から告白されたこと数知れず! と言われている。

とは言っても、まぁ貴族とは告白しても“はい、そうですか”とお付き合い出来たりは早々しない。


地位のバランスだとか、政略的なものとか、そんなしがらみが色々ありまして。

恋愛結婚はそう簡単に成立しないので、必然的に交際もそう簡単に成立しない。

それでも、やっぱり好きな人に令嬢達は告白したいらしい。恋する乙女は止められないんだね。


そんな令嬢達が放っておかないシリウス様が、目の前で手を差し伸べながら膝をつく。


(ひゃあぁぁ、王子様みたい!!!)


と思わず心の中で叫んでしまった。

その心の声が外に漏れ出ないように、何とか表情を崩さずにいられた自分、エライ!


「大丈夫かい? 怪我は……」


ないか、と言いかけて私の手を見るや否や


「血が出ているじゃないか!!」


すごい剣幕で声を荒げた。

大丈夫かと聞いた優しい声とのギャップがすごい。


思わず目をパチクリさせながらシリウス様を見てしまっていると「すぐ医務室に!」と言いながら私を抱き上げようとするので、私は慌てて「大丈夫です」と彼の手を止めて立ち上がった。


「このぐらいの掠り傷なら平気です」

「しかし……」


そうは言っても令嬢の手に傷。それが気になるようで、シリウス様はギロっと私を突き飛ばした生徒を睨んだ……が、そこには誰もいなかった。

彼らはシリウス様登場後、すぐさまマズイ状況を察知して逃げ去っていたのだ。


「チッ」


シリウス様から小さい舌打ちの音が聞こえた。

あと「彼らの顔は覚えた」と聞こえたような、聞こえなかったような。


(へぇ、伯爵のご令息でも舌打ちはするんだね)


そんなことを悠長に思っていたら、シリウス様はこちらに視線を戻してくる。

その表情は鋭いままだった。


「とにかく手当を」

「いえ、ご心配には及びません」


そう言いながら、私はポケットからハンカチを取り出すと手に巻いた。

これでまぁ、何故だか苛立っている様子のシリウス様も落ち着くでしょう?


「何故、あの様なことを……」


シリウス様は、彼らが私を突き飛ばしたことを疑問に思っているみたいだけど、普通のことなんでしょう? だって私は無能な―――


「私が“魔力無し“だからでしょう」

「そんなことで令嬢に怪我を負わせるとは……」


シリウス様は信じられないといった顔をして、言葉を詰まらせている。


(もしかしてシリウス様は“魔力無し”を“そういう目”で見ないのかな?)


何だか久しぶりに誰かに気遣ってもらった気がする……あ、お礼を忘れていた!


「助けていただき、ありがとうございました」


あそこでシリウス様が現れなかったら、更に彼らに何かされていたかもしれない。

そう思ってお礼を言うと「僕は何もしていない……」とシリウス様は目を伏せた。


何か言いたげな様子だけど、私は早く図書館に行って少しでも勉強をしたい。


それに何だか居た堪れない気持ちでいっぱい。

「失礼します」とお辞儀すると私は逃げるように駆け出した。

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