第5話 知識は大事

今日も、まだ学園に通えることに感謝する。

厳密に言うと、学園の図書館を利用できることに感謝している。


この間までは放課後、誰ともなく誘い合って図書館で勉強していたけど。

今は誘われるどころか、誘うことすら出来なくなってしまった。


それでも私は一人、図書館へ向かう。


そういえば、最近は図書館で勉強する人を見掛けていない。もしかして誘われない依然に、勉強会自体がない?


思い起こせば学園に通い始めた頃、放課後に図書館で勉強していたのは私以外に数人だけだったような。いつしかクラスメイトが集まって、勉強会になっていたんだけど。


「私がいたから、だったのかな?」


主席の私が勉強していたから、自分も! と思ったのかもしれない。

もしくは、勉強を教わりたかったのか。


はたまた、主席を目指していた人がいたのかも。

もしかしたら、その人から主席の座を奪ってしまったことになるのかな?


だとしたら、その人からは恨まれているかも。

この状況を“ざまあみろ”と思っているのかもしれない。


そんな考えても仕方ないことに思考を囚われつつ、図書館に入る。

学園の図書館は内装がとても凝った造りになっていて、私は重厚感が漂う棚の間を通り抜け、お目当ての本棚へ向かった。


「今日は、ベラティの経済書にしよう!」


卒業後はどうなるか分からない。

だけど、行く先もなく屋敷を追い出されるのは確実だと思う。

きっとキャロラインが、そう望むから。お父様はキャロラインの望みを叶えるに違いない。


そうなれば私は、路頭に迷うことになってしまう。

最悪を想定して卒業までの数ヵ月で、手に職を付けるなり何なりして、何とか生きていく方法を身に付けなければならない。


そのために必要なのはやはり―――


「知識でしょう!」


私は本を片手に、小さく呟く。

除籍され平民となる私は、生まれながら平民の人達と同じスキルがあるわけがない。


むしろ令嬢として生きていた分、後れを取っている。

そこで生き抜くには知恵が必要だと思った。


(どんな状況下でも知識は裏切らないってライラが言っていたもの)


要は、平民が持っているものを私が持っていないのなら、平民が持っていないものを私が持っていればいいのだ。


そこで私は、お父様に除籍を言い渡された日から、下校時間ギリギリまで学園の図書館に入り浸っている。


以前は、あまり遅くなるとお父様からお叱りがあるので、ほどほどの時間に帰っていたけれど……今は正面玄関を使わない所為で気づかれていないのか、もう興味がないのか、何も言われない。


(こんなことなら始めから、屋敷の裏口を使えば良かったのでは?)


まぁ、今のこれは勉強のためだけではなくて、馬で通っていることがバレないために、他の生徒達が帰った時間を狙っているからでもあるのだけど。

その関係で、朝も今まで以上に早く屋敷を出て、生徒達が登校する前に学園に到着するようにしている。


そして気づいた。朝も図書館が利用できると。


(何で、もっと早く気づかなかったのかなぁ)


これもまた、今になって気づいた後悔である。

何となく悔しい。


「あ、そろそろジョンが来ている頃かな」


私は借りる本を手に、図書館を後にした。



******



屋敷に戻ると、少し賑やかな声が聞こえてきた。

どうせ裏口から出入りするのなら、自室もお父様達に遭遇しなくて済む位置だったら良かったのに。


ほら、聞きたくないのに、見たくないのに……つい目で追ってしまう。


「お父様、ありがとうございます~!」


綺麗な金糸の刺繍が施された淡いピンクのドレスを手にキャロラインは、はしゃぎながらお父様に抱きついていた。


「どうですか、似合っているかしら?」

「おぉ、おぉ、似合っているとも! キャロラインは何を着ても似合うぞ!」

「もぅ、お父様ってば! それは褒め言葉ではありませんのよ?」

「そうなのか? キャロラインは可愛いから、何でも似合うと言いたかったのだがのぅ」

「ふふふっ、お父様ってば!」


そう言いながら嬉しそうにドレスを身に当てると、踊る様にステップを踏むキャロライン。それを、お父様はニコニコと嬉しそうに見つめている。


(また、新しいドレスを買ってもらったのね)


私にはドレス一つを与えただけで、他には何も買ってはくれなかった。

それも、何かの会に出席する時に必要だからと最低限品位が保たれる程度の物を。

キャロラインが強請る流行りのドレスや、豪華な装飾の施されたものではなかった。


しかし、その唯一のドレスも成長と共にサイズが合わなくなる。

それをマリーが手直ししてくれて、何とか誤魔化している状態だ。


(初めてドレスを貰った時は、とても嬉しかったなぁ)


お父様とお母様がやっと自分を見てくれたと、やっと自分をキャロラインと同じように愛してくれるのだと、そう期待してしまった。


でも、それは淡い幻想だったと、すぐに思い知ることになる。


貰ったドレスを着て、お父様とお母様の前に立った時の彼らのあの表情を、私は未だに忘れることが出来ない。


とても嬉しくて、ウキウキして……きっと目を輝かせていただろう私に、お父様とお母様が向けたのは冷たい眼差しと―――


「貴重なドレスを無暗に着るんじゃない! 汚れたり破れたりしたらどうするんだ! 替えは与えんぞ!」


お父様の無慈悲な言葉だった。

お母様に至っては私を一瞥すると、すぐ背を向けてどこかへ行ってしまった。

ビクっと青褪めた私は「ごめんなさい」と謝ることしか出来なかった。


物思いに耽っていると、キャロラインの高い声が耳に響いてくる。


「あ、そうだ、お父様! お部屋のカーテンを新調したいの!」

「何? またか?」

「だって、あの色は飽きてしまったのですもの! このドレスと同じピンクがいいわ」


(また模様替えをするの?)


私の部屋は、あんなに殺風景なのに。キャロラインの部屋の豪華さと比べるまでもなく一切ない装飾品。必要最低限の家具しか置かれていない日当たりの悪い部屋、それが私の部屋。


(別に、キャロラインみたいに豪華な部屋が欲しいというわけではないけど。それが愛されている証のように思えて……)


あぁ、それでも自室を与えてもらっているだけマシかもしれない。

そう思うぐらいに私は、お父様からもお母様からも愛されていない。


「う~む」

「ねぇ、いいでしょう? お父様~!」

「仕方ないのぅ。可愛いキャロラインに強請られては、叶えてやらなくてはなぁ」


甘えた声を出して腕に抱きつくキャロラインに、最初は難色を示していたお父様は、それはもう嬉しそうに……幸せそうに微笑むのだった。


(あぁ、キャロラインに向ける愛情の一欠けらでも私にくれたら……それだけで十分なのに)


遭遇してしまった“父と娘”の光景。

借りた本を何冊も持っている所為か、足取りが重くなる。


「ねぇ、お父様。お願いがありますの」


キャロラインは、更に甘えた声でお父様に擦り寄っている。

その後に続くキャロラインの願い事を、私は聞かずに立ち去った。



******



「何だ? もう模様替えは止してくれよ?」

「違いますわ。あの人のことですの」

「ん? あぁ、アリシアか?」


名前すら口にしないキャロラインはアリシアの後ろ姿を横目に、にこりと笑った。

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