第4話 心の拠り所
翌日、学園に通うため馬車に乗ろうといつもの場所に行くと、そこには馬車の代わりにゴードンが立っていた。
「ゴードン? 馬車は?」
いつもこの時間に準備されている馬車を探して、キョロキョロしながら私が声を掛けると、ゴードンは困ったように少し俯いた。
「あぁ、お嬢様。それが……旦那様が馬車はお出しするなと……」
そうきたか!!
お父様に『一切金は出さん!』と言われはしたけど、まさか馬車もとは。
馬車にはお金がかかる。馬車本体もだけど維持費もかかる。
つまり私の馬車はお父様からすれば、ただの金食い虫になるのだ。
ふと視界の外に、キャロラインの馬車が見えた。
「ゴードン、キャロラインの馬車に乗せてもらうなんてことは……出来ないよね?」
万が一にもないことだと分かっていても一応聞いてみると、ゴードンは申し訳なさそうに眉を下げ、首を横に振った。
だよね。しかし、これは困った。
どうしたものか。歩いて行くには無理があるし……ん?
馬車がなくても馬はあるのでは?
「それならゴードン。私、馬に乗って行く!」
幼き頃、屋敷の外に出してもらえなかった私は屋敷内……屋敷の敷地内全体で遊んでいた。そう、馬小屋も含めて。
屋外だからお父様達の目も、あまり気にしなくて良かったおかげで、馬の管理をしている使用人とも仲良くなったし、もちろん馬にも乗れるようになっている。
「なっ、まさか、お嬢様お一人で行かれるおつもりではありませんよね?」
「一人で行くに決まっているじゃない。馬車を出せないなら、馬一頭を出すのが精一杯でしょう?」
むしろ、馬一頭すら出せない可能性もあるけど。そこは、まぁ何とかお父様を誤魔化して欲しい。
(ゴードン! 腕の見せ所よ!!)
ゴードンは昔から、上手いことお父様を説得したり、巧みに采配して、何かと私のために動いてくれていた。
しかし、ゴードンの心配所はそこではなくて
「いけません、お嬢様! お一人では危険です!」
そう言ってビシッと私を指差す。
正確には私が着ている、貴族しか通わないメラルーシュ学園の制服を。
「お嬢様は貴族、伯爵家の令嬢なのですぞ」
貴族は何かと、賊や何やらに狙われる。ゴードンはそれを心配しているようだ。
そして、貴族かどうかは制服を見れば一目瞭然。
むしろメラルーシュ学園に通う令嬢が一人で馬を走らせていたら、それはもう目立つことだろう。
(うん、せめてローブでも被って誤魔化せないかな)
「分かってはいるけど……それじゃあ、どうしたら」
「あ、お嬢様~! いたいた~!」
思案に暮れる私の後ろから声を掛けてきたのは、騎士のジョンだった。
彼は、いつも学園の送り迎えに同行してくれている護衛騎士だ。
「おはよう」
「おはようございま~す。じゃなくて! お嬢様の馬車は今日から出さないって聞いたんですけど」
「うん、そうなの」
私の挨拶に、呑気に返事している場合じゃない! といった様子のジョンに、困っていると言いかけた時
「それでお嬢様のことだから『仕方ないから一人で馬に乗っていく!』って言いそうだなって思って、急いできたんですよ」
「!!」
「あ、やっぱり?」
「ジョンからも! 危険だとお嬢様を止めてくれ」
目を丸くする私に対して、ジョンは予感的中! と得意顔で笑い、ゴードンは願いを込めた。
まさにその通りすぎてビックリする。
そんなに私って分かりやすいかな?
まぁ、ジョンとはいつも送迎の時に話しているから、気心知れている仲って感じではあるのだけど。
「いや、それで俺が馬を走らせますよって言いに来たんですよ」
「えっ?」
「聞いたら馬車も馬も出せないってことらしいんですけど、馬の散歩って名目なら一頭ぐらい出させてもらえるし、騎士の俺がついていれば安心でしょ?」
ナイスアイデア! と言わんばかりに良い笑顔のジョンは、私とゴードンを交互に見た。
その提案にゴードンは暫し考えた後、妥協案としては最適だと判断したようで「まぁそれなら……」と頷いてくれた。
「よっし! それじゃあ、お嬢様、こちらへ!」
ジョンは、すでに馬は繋いであると屋敷の裏手を指差す。
向こうには通常、使用人達が出入りするための門があって、お父様達は近づくことがないから知られずに、こっそりと馬を使うことが出来るというわけだ。
“ジョン、出来る男!”と心の中で感心していると“そうでしょう!”というようにジョンは誇らし気に鼻を触った。
******
馬を繋いでいるという裏手に行くと、そこに人影があった。
お父様達かもしれないと一瞬ジョンと私は身構えたけど、ジョンは人影の正体を確認すると気が抜けたような声を出す。
「あれ~? マリー? どうしてここに?」
「お嬢様、こちらを」
マリーはジョンを気にすることなく、手に持っていたものを私に差し出した。
「これは……ローブ?」
広げると、それはダークネイビーと落ち着いた色合いの大きめなローブだった。
「そのお姿のままでは目立ちますので」
ちょうど、姿を隠せるローブでも欲しいと思っていたので有難い。
けど……ん? ちょっと待って。
ジョンは、マリーがここにいることを不思議に思っていたよね?
ということは、ジョンはマリーに“私が馬で行く”ということを伝えていなかったってことになると思うんだけど?
疑問に思いながらローブを羽織っていると、それを察したのかマリーはローブの前の留め具を掛けながら答えてくれた。
「馬車が出せないと先程お聞きしました。お嬢様のことですから『一人で馬に乗っていく!』と言うだろう……とジョンが察して『それなら自分がお嬢様と同行する!』と裏手から馬で行くだろうと思いまして」
全てお見通しの完璧なマリーの読みに、私だけでなくジョンも驚きを隠せない。
ジョンに至っては、若干引いている。
「はぁ~、そこまでお見通しかよ」
「私を誰の娘だと思っているの?」
軽く溜息を吐いたジョンを、鼻で笑うようにマリーの目がキラリと光った。
そうマリーはライラの娘。
ライラはとても優秀だった。特に洞察力と人を動かす話術が。
その血を引いている所為か、ライラからの教育の賜物か、マリーはライラにそっくりだった。
そして、私もお世話をしてもらったおかげか、少しライラの影響を受けている。
お父様と学園の話しをした時が、まさにライラのそれだ。
「さぁ、お嬢様、準備ができましたよ」
ローブを目深にかぶり私だと分からないようして、ジョンと共に馬に乗る。
「ジョン、お嬢様のことを頼みましたよ」
「おう!」
ジョンの掛け声と共に、馬は走り出した。
******
何とか学園に辿り着き、教室へ向かう。
(ジョ、ジョンの走らせ方は……ちょっとキツイな……)
私を乗せていることを考慮して、あれでも丁寧なのだろうけど。自分で御するのとは違って、身体には負担がかかっている。しかも今までの馬車の馬と違って良い馬だったみたいで、足が速いから振動が大きい。
思わずお尻と腰を摩っていると、ヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「まさかアリシア嬢が“魔力無し”とはなぁ」
「主席でも“魔力無し“じゃなぁ?」
嘲笑うような声色に聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
教室に入ると、そのヒソヒソ話の声すら消え、サッと人が避けていく。
今までなら「おはよう」と声を掛け合っていたクラスメイト達。
私が声を掛けても、誰も返事をしなかった。
嫌な雰囲気に尻込みしつつも、自分の席に座る。
いつもなら「今日の勉強会は何する?」と誰かしら聞いてくるのに、私の机の周りには線が引かれたように誰も近寄らず、シンと静かだった。
“魔力無し”と分かった以上、今まで通りにはいかないとは思っていた。
けれど、仲良くしていた令嬢達は変わらずいてくれると信じていたのに。
友達だと思っていた令嬢達ですら、この手のひら返し。逆にすごいと思う。
信頼関係って何?
******
あれから数日が経った今も、ジョンのおかげで何とか学園に通うことが出来ている。始めの数日は腰とお尻へのダメージがすごかったけど、今はもう慣れた。
慣れないのは、この空気。
教室に入ると、相変わらず私の周りだけ別空間のようで。
初めの頃、聞こえていたヒソヒソ話も今は全くない。
クラスメイトと一緒に過ごしていた昼食の時間も、令嬢達と談笑していた休み時間も、今は一人だ。
そして、問題はクラスメイトだけではなかった。
魔力が無いというだけで、他クラスも、他学年の生徒も、ともすると先生達すらも、私のことをゴミ虫でも見るような冷たい目線を向けてくる。
自分で言うのもなんだけど、私は成績も良いし人当たりも良い。クラスメイト達とは、それなりに良好な関係を築いていたと思っている。
まぁ、お茶会に誘われても、お父様が禁止したから断ってはいたけど。
でもその分、勉強会で親睦を深められていたはず。
それに家柄も素行も悪くない。人柄だって先生達からは評価されてきた。
そして、我が家は伯爵家。地位が低いわけではない。
が、しかし私は“魔力無し”。“低い”ではなく“無し”。それがここまで影響するとは。
「ハァ~。卒業まであと数ヵ月……この嫌な雰囲気の中で、学園生活を送らなきゃいけないのかぁ」
声に出るぐらいの溜息も吐いてしまうというものだ。
貴族令嬢とは言え、こんな状況下なのだから盛大な溜息ぐらい許されたい。
(あぁ、折角できた私の居場所)
屋敷の外、お父様もお母様も使用人達もいない。学園にキャロラインはいるけど、学年が違うため顔を合わせることはないから、自分らしくいられた。
屋敷の重苦しい雰囲気から逃れて、息が出来る唯一の場所。
私一人の力で関係を築いて、私の実力が評価され、私自身を見てもらえて、皆で和気藹々と過ごしてきた学園。
屋敷にはない、その大事な場所を……心の拠り所を、魔力がないというだけで失ってしまうの?
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