第3話 使用人との関係
「ふぅ……」
部屋を出ると思わず溜息が漏れてしまった。
(今日、何回目の溜息だろう)
お父様と対峙して緊張した所為でもあるけど、内容も内容だったから……。
ふと顔上げると、壁際にマリーが控えていた。
そして無言のまま、私を部屋まで先導するように歩き出す。
私が自室に入ると、マリーも一緒に入ってきて「お嬢様、何かありましたか?」と、すぐさま聞いてきた。
「……な、んでもないよ」
何て話したら良いのか分からない。そもそも言っていいものかも悩ましい、そんな戸惑いが現れたのか少しどもってしまった私の挙動を、マリーが見逃すわけはなかった。
「お嬢様、私を誤魔化せるとでも?」
「うっ……」
マリーは私のことを“お嬢様”と呼ぶ数少ない使用人の一人だ。
日頃、妹が「キャロラインお嬢様」と呼ばれているのに対し、私は「アリシア様」と呼ばれている。そこでも区分けがされていた。
(まぁ、名前を呼ばれることは滅多にないんだけど)
そんな中、私に良くしてくれる使用人は、こっそり“お嬢様”と呼んでいる。
お父様とお母様は私に愛情を注がなかったけど、乳母のニーナを始め使用人達が私を大事にしてくれていた。
あまりにものお父様とお母様の無関心振りに、私を憐れだと思ったのかもしれない。
いつだったかニーナが私を励ますように、お父様とお母様は私が生まれるのを大層楽しみにしていたと話してくれた。
でも、生まれてからは全く寄り付こうともしない。
「あぁ、お父様とお母様はきっと、子どもが好きではないんだ」
幼心にそう思った。
そんなある日、キャロラインが生まれた。
私は妹が出来てとても嬉しかった。もちろん屋敷中の人々が喜んだ。
そしてお父様とお母様も。
でも、お父様とお母様は私と同じようにキャロラインを嫌うかもしれない。
だって子どもが好きではないのだから。
だから私は
”キャロラインが寂しくないように、そばに居よう。ずっと一緒にいよう”
そう思っていた。
思っていたのに……キャロラインは違った。
キャロラインは、お父様に可愛いと頭を撫でられ、お母様は愛おしいと抱きしめた。
私とは比べ物にならないぐらい豪華な部屋があてがわれ、ゆりかごも私のお古は『縁起が悪くて嫌だ』とお母様が言ったとかで新しいものが与えられていた。
(そういえば、ゆりかごだけは私もキャロラインと同じぐらい立派な物だったな)
それに私には一切買ってくれなかった、楽しそうなおもちゃや、可愛いぬいぐるみもいっぱい買い与えた。
私とは違い、お父様とお母様はキャロラインを可愛がり、まるで初めての我が子というように溺愛した。
どうして自分がキャロラインのように愛してもらえないのか分からず、私はその光景を見てただただ唖然としていた。
そんな私とキャロラインへの愛情の落差に、異を唱えたのはニーナだった。
「せめて娘であるアリシアお嬢様とキャロラインお嬢様の二人を、平等に愛してあげてください」と。
その翌日、ニーナは解雇された。
それは私だけでなく使用人達にとっても、衝撃的なことだった。
普通、乳母は大事にされる。使用人の中でも階級が高い存在だ。
それを、いともあっさりと切り捨てた主人に、使用人達は戦々恐々となった。
「アリシアお嬢様に肩入れして意見すればクビになる」
そう使用人達は口々に言い、私と距離を置き始めた。
私も、皆が解雇されたら悲しいからそれを受け入れたし、それまでのように近づくことはなく距離を保つようにした。
そうしている内に、いつしか使用人達もお父様達と同様、私に対して冷たい態度になっていった……。
それでも一部の使用人達は誰もいない時に、こっそりと優しくしてくれた。
その中でもマリーは特別だ。
メイド長ライラの娘のマリーは、クラディア家の使用人の間に生まれた子どもで、私が生まれた時からいる。
母親のように慕っていたニーナが解雇され、悲しさと寂しさが入り混じって塞ぎ込んでいる私に、手を差し伸べてくれたのはライラだった。
ニーナに代わって今度はライラが、私の母親のような存在になる。
ライラは言葉巧みにお父様を説得し、私のことを自分の子ども、マリーと一緒に世話をする許可を得てくれた。
おかげで私はマリーと一緒に遊べて、寂しい思いをすることもなく過ごせた。
(……だからライラが死んだ時は、とても悲しかった)
私とマリーは身を寄せて、何日も悲嘆に暮れ涙した。
マリーの父親はすでに他界しており、彼女は天涯孤独の身となってしまったけど、私よりも強かった。
いつまでも泣いてはいられない! と立ち上がり、泣いていても何も変わらない! と私の涙を拭った。
まるで姉妹のように育った私達だけど、マリーが10歳になった時、正式にクラディア家の使用人として採用されたことで状況は変わってしまう。
“姉と妹”から“お嬢様と使用人”へと立場は変わり、私はマリーとも距離を取るようになる。
それは大事なマリーが辞めさせられてしまったら、私が嫌だったから……そしてマリーもそれを承知していた。
でも、こうして二人の時だけ……子どもの頃のような距離感に、少しだけ戻る。
そして姉のような存在のマリーには私の挙動から、全てお見通しのようで誤魔化しは利かない。
私は今日受けた魔力検査の結果から、先程のお父様との会話の全てを洗いざらい話した。
「なっ、何てこと……」
マリーは最初の部分は普通に聞いていたけど、最後の方で言葉を詰まらせた。
うん、分かる。そうなるよね。
私もお父様に言われた時、言葉が出なかったもの。
「まぁ、仕方ないよね。とりあえず卒業まで、精一杯やるだけかな」
「そうですね……とりあえずは、それしかないですね……」
マリーは何かを考えているような思案顔をして、でも今はそれしかないと頷いた。
さて、問題は卒業後だ。
きっと卒業と共に除籍され、あの感じだと恐らく‥…そのまま放り出されてしまうだろう。
普通ならどこかの親戚とかに身柄を託すところだけど、お父様はそんな配慮はしないと思うし……そもそも“魔力無し”を引き取る貴族など、この国にはいないだろう。
「ということは……私は平民になるのかな」
将来への漠然とした不安を抱えたまま、夜は更けていった。
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