第2話 除籍の危機

「ふぅ……」


自室の前で息を吐く。

無意識に呼吸が浅くなっていたみたい。


扉を開けると室内が薄暗く感じた。

それは北側にある所為なのか、それとも私の心を反映してか……。


装飾もなく、令嬢が使うにしては質素な部屋。

そこに置かれた簡易的な机に座り、鞄から教科書を取り出す。

そして今日習ったところ、明日習うところに目を通していく。


“魔力無し”でも貴族である以上、学園には通えるし……卒業まで残すところ数ヵ月だけど手は抜きたくない。これでも成績優秀で、先生達からは評価されているのだから。


コンコン


「失礼致します。お嬢様、旦那様がお呼びです」

「えっ……?」


呼びに来たメイドのマリーに連れられて、私は慌てて部屋を出た。


(お父様が私を呼び出すなんて……)


それは滅多にないことで、嫌な予感がする。

まず私に話す事柄がない、あったとしても使用人に言伝てるだけ。

自分から直接話そうとすることはなかった。


(もしかして魔力検査の結果についてかも……)


でも私は伝えていない。

学園から通達されることもないはず。


(だとしたら……もしかしてキャロラインが?)


それは有り得る話しだ。キャロラインも私を毛嫌いしているから。

私が“魔力無し”だと分かったら、好都合とすぐにお父様に言いつけるだろう。


「旦那様、アリシア様をお連れしました」


ノックと共に掛けられた声に「入れ」と短い返事が返ってきた。

マリーが静かに扉を開ける。部屋に入るための一歩が、やけに重く感じた。


「お呼びでしょうか、お父様」


顔を上げずに声を掛ける。

お父様の冷たい目を見ると胸が痛くなるので、出来るだけ顔は伏せていたかった。


それでも、見なくても分かる。

お父様の冷たい眼差し……それが身体中に刺さるようで苦しい。


「お前“魔力無し”だったそうだな」


短い言葉の後、キャロラインから聞いたとお父様は言う。


(あぁ、やっぱり……キャロラインが……)


キャロラインは私が同じ学園に通っていることを嫌っていたから、これで私が学園に通えなくなれば万々歳と思っているのかもしれない。

卒業まであと数ヵ月なのだから、少しぐらい我慢して欲しいところなのだけど。


いつまでも返事をしない私に痺れを切らしたのか、肯定と受け取ったのか、お父様は続ける。


「全く、とんだ恥晒しではないか。我が家門から“魔力無し”を輩出するとは!」


『お前は間違いなく私と妻の子、なのに魔力が無いとはどういうことだ!』

『妻が浮気するはずはないし、不義の子の可能性など微塵もないというに!』

と怒涛のように言葉を浴びせてくる。


(あ、一応我が子だという認識はあったんだ)


なんて悠長に考えてしまった。


そして、やっぱり不義も出自にも問題はないのだと知らされる。

なら何故お父様は……お母様も、私を嫌うのか分からない。

心と一緒に、下げていた頭がより下がる。


「とにかくお前を我が家門から除籍する」

「……えっ?」


あまりにも単刀直入で簡潔な言葉に、思わず私は顔を上げ硬直してしまう。


お父様は元々私に対して冷たかった。

というか興味がない、我が子とは思っていないと言った感じだった。

そのため、本来令嬢が受けるだろう教育……ダンスやマナー、教養の類の教育は施されなかった。


それでも学園に通えたのは、それがお父様の……貴族のプライドだったから。

そんな私に無関心なお父様は、私が“魔力無し”と知った今、自ら関心を寄せてきた。悪い意味で。


今まで以上に冷たい目で私を見ている。

私に価値がないと言わんばかりに。


「それは……私が“魔力無し”だからですか?」

「それ以外に何がある」


冷たい声。

背筋がヒヤリとしたのはその声の所為か、今後の自分の状況を察してか。


「分かりました……いつ頃をお考えですか」

「すぐにでも」


このままではマズイ。

すぐさま除籍されては学園に通うどころか、この屋敷に居られるかも際どいところになってしまう。


さすがにこの身一つで屋敷から放り出す……なんてことはしないと思うけど“魔力無し”と分かった今、私にどんな仕打ちをしても、それを非道だと非難する人間はこの国にはいないだろう。


大人社会の縮図である学園のクラスメイトでさえ、あの態度なのだから。

実際の大人社会なら、むしろ逆に“魔力無し”を家門から追い出した、まともな人間と思われるかもしれない。


私は頭をフル回転させて、その後に続くだろうお父様の声を遮るように口を開いた。


「お父様、学園を卒業するまでは待っていただけないでしょうか」

「何故だ?」


お父様は「すでに支払った学費も、一部は返ってくるから損はしない」と言い、その目は“これ以上お前に金を掛けてどうする?”と語っているようだった。


「“魔力無し”である私を除籍するのは仕方ないことかと思います。が、あと数ヵ月で卒業というところで除籍して学費を回収したとなると……学費が勿体ないと思ったのではないかと他の貴族から勘ぐられてしまうのではないでしょうか?」

「何だと?」

「その数ヵ月の学費すら惜しむぐらい困窮していると思われてしまうかもしません」

「むっ」

「もしくは学費を惜しいと思っている……ケチだと思われるのではと」


“ケチ“の部分は少し声を大きくして言う。

お父様は、そういうところを気にするから。


「貴族は、そういう受け取り方をすることがあるでしょう?」と言えば、お父様は「確かに、そういう輩はいる」と納得し始めた。


こちらの話しを聞く体制になりつつある今がチャンス! と、今度は私が畳み掛ける。


「確かに私は“魔力無し”です。そして“魔力無し”だからと除籍し、学園を辞めさせるのは普通のことだとは思います。しかし、ここであえて学費を掛けたまま通わせれば、クラディア伯爵家は“魔力無し”にお金を掛けられるほど経済的に余裕があると周りに示すことができるかと」

「なるほど?」

「それに“魔力無し”を卒業までちゃんと学園に通わせたとなれば、我が子を切り捨てることなく面倒を見た慈悲深い人間と、周りの貴族はお父様に感心することでしょう」

「ふむ……」


苦しい。我ながら苦しい言い訳である。

それでも精一杯思考を働かせて出た言葉だ。

プライドが高く、他人からの評価がとても大事なお父様に響くといいのだけど。


チラリとお父様を盗み見ると、ニヤリと笑みを浮かべていた。


これはいける! 以前にも同じ表情をしていた。

そう、それは学園に通わせて欲しいとお願いした時だ。



******



私は“貴族は必ずメラルーシュ学園に通う”と聞いて、自分も行けるものだと思っていた。しかし、お父様は端から通わせる気など毛頭なかった。


「お父様、メラルーシュ学園に通いたいのですが」

「ならん。お前に無駄に掛ける金などない!」


取り付く島もなくピシャリと言い渡されてしまった。

でもここで諦めたら、ずっとこのまま……この屋敷から、一歩も外に出ることを許されないまま終わってしまうだろう。


(それは嫌だ。この息苦しい世界の外に出たい!)


その一心で言葉を続けた。


「ですが、お父様。仮にもクラディア伯爵家の長女が、貴族なら誰も通うという学園に行かないとなると……周りの貴族の方々がどう思うか」

「どういうことだ?」

「クラディア伯爵家は学園に通わせるお金を出すことも出来ない程、経済的に逼迫しているのではないかと思われてしまいませんか?」

「むっ……」

「もしくは、クラディア伯爵家の長女は外にも出せないぐらい見目に問題があるのか、とか。粗暴に違いないとか、根も葉もないことが噂されるかもしれません」

「むむっ……」

「すると、クラディア伯爵家では子どもの容姿を整えることも、ちゃんと教育を施すことすら出来ないのかと……蔑まれてしまうのではと」

「むむむっ……」


あえて“伯爵家“をしつこいぐらい強調する。

お父様は伯爵という地位に固執しているから。

その地位が自分の評価であり、いやむしろ自分はそれ以上であって、もっと周りから評価され敬われるべきだとさえ思っているようだ。


「私は、お父様の評価が落とされてしまうのではないかと心配で」

「確かに。あいつらは、そういう下手な勘繰りをする」


私は大袈裟な素振りで頬に手を当て、心配していると眉を下げる。

自分のことではなく“お父様のことを思っている”というように言えば、お父様は眉間の皺を深くしながらウムウムと頷いた。


「ですが、私を学園に通わせればそんなことは思われませんし、私が学園で良い成績を取れば、クラディア伯爵家は子どもにしっかりと教育を施している立派な家門だと、お父様の評価も上がるのではないでしょうか」

「なるほど! よし、お前は学園に通うように! ゴードン、手配を」


少し苦しいと思ったが、最後の“評価が上がる”の言葉が一押しになったようで、お父様はニヤリと笑みを浮かべるとすぐさま、部屋の隅に控えていた家令のゴードンに指示を出した。


こうして、お父様のプライドと見栄のおかげで、私は無事学園に通うことを許されたのだった。



******



今のお父様の笑みは、あの時と同じだ。

きっと周りから賞賛される姿を想像しているのだろう。


「そうだな“魔力無し”のお前を卒業するまでちゃんと面倒見たとなれば、わしは懐が広く、情け深く、寛大で立派な人格者と周りの奴らは評価するに違いない!」


そこまでは言っていない。

言ってはいないけれど、私の思惑通りに話しが進むのならそれでいいか。


「よし、卒業まで学園に通うことを許可する。ただし、すでに支払った学費以外は一切、金は出さないからな」


満更でもない表情を浮かべていたが最後は、またも冷たい目に戻っていた。

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