魔力無しですが溺愛されて聖女の力に目覚めました

しろまり

第1話 “魔力無し”と判定された日

私は、アリシア・クラディア。クラディア伯爵家の娘……一応。

ここは貴族のために設立されたメラルーシュ学園。

貴族の子息、令嬢が通うに似つかわしい宮殿のような校舎で、外観も内装も豪華絢爛だ。


学園最後の年、卒業まであと数ヵ月というこの時期に、皆が期待に胸膨らませる魔力検査がある。


「次、ミハエル・シューマン」

「はい」


先生に呼ばれた生徒が前に出て魔力測定装置に手をかざすと、魔力に反応して装置が光り出す。その光の強さと色で結果が言い渡されるのだ。


「魔力判定B。次!」


検査が終わると、次に呼ばれた生徒と入れ替わり、次々に検査が進められていく。

B判定を受けた彼はガッカリした様子で私の前を通り過ぎて行くと、小声で残念そうにぼやいた。


「Bかぁ」

「まぁ、そんなもんだろう」


隣にいた生徒が軽く笑いながら、呆れるように慰めの言葉を向けている。

そうB判定はとても一般的。大抵はBかC判定でA判定が出ることはとても稀―――


「次! シリウス・クロフォード」

「はい」

「―――魔力判定A」


おぉ! と室内が湧いた。

なんと、滅多にないその“稀”が出たらしい。

ここ数年A判定が出ることはなかったと聞くから、皆が驚嘆の声を上げている。

特に先生達は「これは“特A”寄りなのでは?」と審議している。


気になって、生徒達の間を縫うように魔力測定装置を見ると、眩い黄金色に輝いていた。


「綺麗だなぁ」


思わず呟いた私の小さな声を聞き逃さなかったのは、近くにいた令嬢達だった。

クラスメイトでもある彼女達は身を寄せてきて、わいわいキャッキャと小声で囁き始める。


「すごいですわ」

「さすがシリウス様!」

「お顔だけでなく、魔力も優秀なのね!」

「A判定なら卒業後は魔法学院に行かれるのね、きっと」


この魔力検査はとても重要で、その結果次第で卒業後の進路が分かれる。

魔力が高ければ魔法学院へ進学したり、個人で魔法の教育を受けたりするのだ。

どちらにしろ、先の将来は約束されている。


というのも、この国では魔力が評価の対象だから。魔力が高ければ地位が低くても、魔力の高さに見合った職が約束され将来有望とされている。

逆に高い地位、それが例え公爵であっても魔力が低ければ、暗雲立ち込める未来が待っているらしい。


「次、アリシア・クラディア」

「はい」


私の名が呼ばれた。

手が僅かに震えている。あぁ、緊張してきた。


「アリシア嬢、頑張って!」

「アリシア様ならA判定とまではいかなくとも、B判定は確定していますわ」


私の不安を掻き消すように、親しくしているクラスメイト達が「きっと大丈夫」と勇気づけて応援してくれる。


その励ましの言葉に「ありがとう」と声を掛けると、私はその声援を背に前へ歩を進め、神妙な面持ちで魔力測定装置に手をかざした。


もちろん、A判定が出たらとても嬉しい。

A判定なら、きっとお父様は私を認めてくれる。

だって、この国では魔力が高ければ高い程、評価されるのでしょう?


(でも、そんな高望みはしない)


ただ普通に、B判定が出ればそれで十分。何ならC判定でもいい。

しかし検査結果は、そんな私の気持ちを裏切るように―――


「―――魔力判定……ゼロ」


ざわっと、その場が騒然として一斉に皆の視線が私に集まる。

先程のA判定の時とは比べものにならないぐらいの、どよめきが起きた。

魔力がゼロということは魔力が無いということで、この国では“魔力無し”と揶揄されている。


私は驚愕の結果に、目の前が暗くなるようで一歩も動けなかった。


「“魔力無し”ですって?」

「本当かよ」

「え、あのアリシア嬢が?」

「装置の故障とかではないのかしら?」


その場にいる生徒達からは、信じられないといった言葉が飛び交っている。

それは先生達も同じだったようで、装置に不備がないかと点検をし始めた。


装置に異常がないことを確かめた後、再度測定することになったけど……結果は変わらなかった。


「アリシア様は“魔力無し”だそうよ」

「へぇ、彼女“魔力無し”なんだ?」


生徒達の声が遠くで聞こえる。


(“魔力無し”……もしこれがお父様に知られてしまったら……)


愕然としながら先程いた場所へと戻ると、応援してくれていたクラスメイト達の態度が一瞬にして変わった。


それまで、近くにいて笑顔を向けてくれた令嬢達はサッと避けて、私の周りは円を描いたように誰もいない空間ができる。


そして私が“魔力無し”と分かった途端、陰でヒソヒソと聞こえるか聞こえないかという微妙な音量で話しては、好奇の眼差しを向けてきたのだった。



******



「ハァ……」


あのまま他の生徒達の検査が進められ、終了後はその場で解散となった。

そのすべての検査が終わるまでの間ずっと私は、ボソボソと囁かれる侮りの言葉と蔑みの目に晒され続けた。


今は帰途の馬車の中。

やっと皆の視線から解放されて、ホッと息を吐く。


「まさか“魔力無し”だとは」


予想だにしていなかった結果に、戸惑いを隠せない。そう、全く予想していなかった。何故なら、貴族なら少なからず魔力を持っているから。

ごく稀に貴族でも魔力が無いことがあるらしいけど。その場合は、不義や出自を疑われるそうだ。


お父様とお母様は仲が良さそうだから、不義はないと思う。そしたら出自?


「もしも、私が……お父様とお母様の本当の子どもではなかったら」


そう思ったら、腑に落ちるものがあった。

本当の親子ではないのだとしたら、お父様とお母様から嫌われていることも、あの冷たい態度にも頷けるものがある。


そう妙に納得してしまったけれど、お母様が「お前なんて生むんじゃなかった」と言っていたから、お母様から生まれたことは間違いない。


貴族のお母様から生まれて、お父様とお母様の不義もないとなると……考えても答えは出なかった。そもそも、理由が分かったところで未来は変わらない。

“魔力無し”の貴族が辿る先は……。


私は窓の外を見ると、もう一度深く溜息を吐いた。



******



「ただいま戻りました」


帰宅の言葉を告げるが、返事をする者は誰もいない。

それはいつもの光景。


そして、いつものように誰も出迎えに現れないまま、私は自室へと向かう。

大きな屋敷の廊下を一人で歩いていると、どこからともなく楽しそうな話し声が聞こえてきた。


声のする方、その部屋の前を通りたくはなかったけど、そこを通らねば部屋に行けないのだから仕方ない。


部屋の扉は少し開いていて、聞きたくないのに聞こえてしまうし、見なければいいのについ見てしまう。

そこにはお父様とお母様に挟まれるように妹のキャロラインが座っていた。


2歳下のキャロラインとは、同じメラルーシュ学園に通っている。

彼女はふわふわの金糸雀色の髪に、柔らかい印象の桃色の大きな瞳で、花が咲くような笑顔が可憐だと学園内でも人気があるらしい。

それに対して私は、パッとしない地味な栗色の髪に、くすみがかった紫の瞳。華なんてない。


たまにキャロラインと比べられて令息から「妹の方が可愛いね」なんて言われることもある。

令息の言葉は間違っていないと思うけど、友達の令嬢達が「何ということをおっしゃるのですか!」とか「紳士としてあるまじき言動ですわ」なんて言って嗜めてくれる。


私としてはキャロラインのように可愛くなくても、学園内で人気がなくても、こうして庇ってくれる友達がいてくれるだけで十分。私の学園生活は充実していた。


そんな何かと比べられる私達だけど、本来一緒の馬車で登下校するところをキャロラインの「この人と同じ馬車に乗るなんて、絶対に嫌ですわ!」の一言で別々の馬車が用意された。


キャロラインの豪華な馬車に比べて私の方は質素。馬もキャロラインの方は駿馬だけど、私の馬は老いた馬だから遅い。そこでもお父様達のキャロラインと私に対する明確な線引きを感じた。


(珍しい。今日は先に帰っていたのね)


馬車の速さでいうなら、キャロラインの方が私より早く帰宅しているはずなのだけど。彼女は放課後、何かと用事があるらしい。


ある時はお茶会に招待されたり、またある時は令嬢達と街の貴族専用のカフェへ出掛けたりと帰宅が遅くなることが多かった。


私は学園以外に外出することは許されず、真っすぐ帰ってくるようにと言いつけられているのに。キャロラインは、どんなに寄り道しても咎められることはなかった。


「それでね、お父様」

「キャロラインは本当に可愛いなぁ。愛しい我が子よ」

「えぇ、愛しい子。キャロラインは私達の天使だわ」


それは親子三人とても仲睦まじい姿。

そう三人。私は入っていない。

その“愛しい我が子”の中にも“私達の天使”の中にも私はいない。

まるで娘は一人と言わんばかりの姿に、胸が重くなる。


(“魔力無し”の私は……もうどれだけ頑張っても、あの中には入れないよね……)



******



トボトボと部屋を通り過ぎるアリシアを目敏く見つけたキャロラインは、その姿が去って行くのを確認してから、にっこりと笑みを浮かべ――


「お父様、今日とても重要なことがありましたのよ」


そう切り出した。

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