第2話

ある時、ロノクリフは傭兵隊の洗濯係として雇われていた。

あの文が来るまでは、都中の魔法使いの元へ行き、弟子入りを乞うたものだが、魔力がろくに制御できないと知るや、追い出されてしまった。

噂が広まるのは早いもので、名乗るだけで門前払いをくらうようになったところに、あの文がとどめをさした。

力量の無いものが職を得るためには己を切り売りするしかない。

身体を売るも良し、給金を低くするも良し、自分には合わない事もするも良しだ。

この男もそうやって自分をこき下ろし、切り売りしつつも、一応はその中で一番ましな職に就けたはずであった。


「おい、これ洗って欲しいんだけど」

「あぁ、そこの桶に入れといてください」

傭兵は基本、農民の次男、三男で、口減らしのために家から放り出されたクチだ。命を金に変えた彼らは、その金で豪遊する。

毎日のように、酒に女に賭けに見世物に興じては契約満了を迎え、傭兵隊が解散する時はすっからかんという有り様である。

そんな彼らにとっても私は異質なようだった。普通なら洗濯女数人を雇うところを魔法使い一人で千人ほどの衣服を洗濯する。まさに魔法の無駄遣いだ。

だが、私にとっては心地の良い仕事だった。

あれをしてみろ、これをやれ、出来もしない高等な魔法に挑戦しなければならない訳でもない。ただ、洗濯板や洗濯桶に魔力を送り込んで自動で洗濯してもらうだけなのだから容易いものだ。

道具にはそれぞれ、作られた目的である用途が定められている。

それが道具の存在意義だ。それなくしては道具は存在する事が出来ない。だからこそ、道具はその用途に合わせた行為をする事を求めている。例え、自身を扱うのが人間であろうと無かろうと、そんな事は気にも止めない。

だから、魔力を送り込んで道具自身に力を与えれば自ずと自分の用途通りの動きをしてくれるのである。

これは魔法とは呼ばれない。魔力を持つものなら誰でも出来る事だからだ。

これすら、私は習得するのに半年も費やした。同級生達は入学する前から出来たというのに。

私は本当に落ちこぼれだった。ここに居るのも当然の結果なのだ。



三年の時が過ぎた。家やら学校やらの事が脳裏にも浮かばない程、ロノクリフにとって明日をも知れぬ者達の衣服を洗うのは性に合うものだったらしい。

一日の仕事を終え、乾いた衣服を傭兵達に返却したロノクリフは雑務要員用の天幕に戻って眠りにつこうとして居た。

突如として鳴った風切り音に、不吉な予感がしたのは言うまでもない。

前の時とはうって変わって大した音も、衝撃も無く、それは地面に突き刺さった。

ロノクリフはもはや、それを若干の嫌悪を持って見つめるしかなかった。


拝啓 親愛なる我が弟ロノクリフへ

ロノクリフ、久し振りだ。元気にしているか?俺はまぁまぁだ。それなりに嫌な事が多くなってきた。それで、ロノ、どうか、家に戻ってきてくれないか。学校での事を聞いた。すまない。側に居てやれなくて。俺が一緒だったら、こんな事は許さなかったってのに。近々、アルバートに謁見する機会がある。俺はその時に、事の次第を問い詰めるつもりだ。絶対に真相を解き明かして見せる。だから、ロノ、戻ってきてくれ。俺はお前が恋しい。どうか、頼む。

  お前の兄ベルドニクスより


兄からの文は自分がかつて居た場所で起きるであろう、最悪の展開を知らせるものだった。

どうにかして、兄上に真実を知らせなければならない。

しかし、この矢文の仕組みでさえ、私には理解できていない。

恐らく魔方陣を用いたものではあるまい。卓越した魔力制御技術を持ってやっと為し得る技巧の魔法だ。

私には到底不可能だ。

何か…何か無いか?魔法を補助するような、魔道具、もしくは魔導書が何処かに無いか?

そんなもの、傭兵隊にある訳が無かった。

魔法使いは滅多な事では傭兵にはならない。もっと厚待遇で迎えてくれる所はいくらでもあるからだ。

近々、兄は大恥をかくだろう。

だが、それを防ぐ術は今の私には無いものだった。


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