ある兄弟の話
床豚毒頭召諮問
第1話
星の輝く夜空の見えない橋の下で凍える者が居た。
外気は冷たく、その者を嘲笑うかのように時折風が吹く。
その者の頼りは枯れ枝が灯された小さな火だけだった。
その火が風にあおられてゆらゆらとたなびくだけでこの者は気を揉んでいた。
この火が消えた時が自分の最後だと、この夜を凌ぐ事は出来ないという事がこの者には分かっていた。
だが、同時に生き永らえるべきなのか、明日を迎えるべきなのか、この男には分からなかった。
その時、一閃の光が夜空を駆けた。
この者はそれに気付かなかった。橋の下からでは夜空など見えるはずはない。それに、この若い男には夜空など眼中に入れる心の余裕はなかったであろう。
一閃の光は流星よりも早く、決まりきった軌道を描き、届くべき者の居場所へと飛んで行く。
夜空を駆け、一息に落ちて、そのまま橋の下に滑り込んだ。
ガンッ!
その光はすざまじい衝撃と共に、地面に突き刺さった。
一瞬にして、枯れ枝に辛うじて灯されていた火は立ち消え、そこにいた光が届くべき者の事まで吹き飛ばした。
「ううっ……」
飛ばされた衝撃で頭を打ったのだろう。うめき声を上げながら青年は、顔を上げてその光の方を見た。
それはとうに光輝いて見える事はなかった。だが、それの正体は青年の眼にしかと映し出された。
矢文であった。
青年は唾を飲み込んだ。
緊張しつつも、手を伸ばし、矢に結ばれた文を取った。
矢に結んであるため、そこには焼き印も無く、外側から差出人が分かるものではなかった。
だが、青年の脳裏には確かに差出人の名が浮かび上がってきていた。
拝啓 我が親愛なる弟ロノクリフへ
10年ぶりだな。びっくりしたか?驚かせてしまったのならすまない。謝らせてくれ。その、目ざめることができた。魔法を解いてくれる奴がきてくれたんだ。ずっと、長い間ねむっていた感覚がまだするよ。そんでもって、俺は今、ノルバディア魔導学校に通い始めた。いきなりの転入で周りからものすごく質問ぜめを受けた。俺は一瞬の事だったが、みんなにとっては十年もの月日が流れていたんだものな。そりゃそうだ、びっくりもするよな。なんたって、もう目ざめる事はないって思われてたやつが急に学校に来るんだもの。みんな興味しんしんになるよな。授業には全くと言っていいほど着いていけてない。難しい字もうまくかけないし、おぼえてることもできてないから読みにくいと思うけど、かんべんしてくれ。また、連絡する。
ロノクリフの兄ベルドニクス
青年ロノクリフは事態を正確に飲み込んでいた。
あぁ、これで本当に、私の居場所は失くなった。
だが、良かった。逆に言えばこの状況は未練を断ち切る事に一役買ってくれるのではだろうか。
心のどこかで醜悪な誘惑を垂れ流す家への渇望が、未練が、このとどめの一撃で綺麗さっぱり潰されて、無くなってくれるだろう。
例え、槌で潰れぬ程に、粒となって残っても後は過ぎ行く時間と共に消え去っていってくれる。
もう、私に後ろ髪引かれる過去は無い。
月の光すら届かぬ橋の下で、ロノクリフは凍え、震える身体を闇の中で横にした。
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