第2話 最強剣士とスライム

 治癒師のモネにキスされたいアルバンは一人ノルーの森に来ていた。カレンがついてきたがったがすぐ戻ってくるからと同行を断った。

 森の中はモンスターが多い。それでも低レベルなモンスターなのでアルバンの敵ではない。


「別に俺はモンスターを倒しに来たわけじゃないんだよな」


 アルバンがノルーの森に来た理由は討伐依頼を受けたからだが目的は違う。弱いモンスターから少しだけダメージを受けることだ。


 この森に出現するモンスターで一番弱い攻撃力なのはスライムだ。アルバンはスライムを必死で探す。


「まさか、あんなに邪険にしていたスライムを血眼になって探す日が来るとはな。人生、何が起こるかわからないものだな」


 感慨深く言っているがアルバンはただキスを求めて行動しているだけだ。


 ニヤリとアルバンは不敵な笑みを浮かべる。


「待ってろよ、キスライム」


 アルバンがスライムを見つけたのは日が暮れる少し前のことだった。


 ぷよんぶよんしている水色のスライム一体を見つけた。


「やっと現れたなスライム。お前、前は沢山現れたのにいつからそんなレアキャラに昇格したんだ?」


 話しかけてもスライムは当然答えない。


「まあ、良い。お前を倒して、じゃなかった。お前から一発もらってさっさと街に戻る」


 久しぶりに街を離れたのでアルバンはシティシックになっていた。


 銀色に鈍く輝く剣を両手で構える。


「あれ、構える必要があるのか?」


 そう、自問してからアルバンは剣士の命である剣を地面に置く。


「ごめんな、相棒。全てはキスのためだ。後でしっかりとお手入れするから許してくれ」


 独り言を終えて、アルバンはスライムに立ち向かう。


「はあぁ!」


 立ち向かうというよりは攻撃をさせようと距離を詰めたと言った方が正確かもしれない。しかし、スライムは一向に攻撃をしてこない。


「なぜ攻撃しないスライム!」


 今までスライムにこんな台詞を吐いた冒険者がいただろうか。こんな馬鹿でも剣さえ持てば最強なのだが今は持っていない。自ら捨てた。


「なあ、スライム。俺はただ、お前にダメージを受けたいだけなんだよ。ダメージさえ受けられればお前を倒さずに街へと戻ると約束する」


 それでもスライムはアルバンに攻撃をしてこない。レベル差がありすぎるせいなのかスライムは攻撃はおろかアルバンからじりじりと距離を取っている。


「そうか、そっちがその気なら」


 アルバンは地面に置いていた剣を掴む。


「悪く思うなよ」


 そう言ってからゆったりとした構えから雑に剣を振り、スライムは消滅した。


「やはり戦闘はつまらない」


 アルバンがやっていたことは討伐と言うよりは八つ当たりだった。





 アルバンはたった1体のスライムを倒してハロイの街に戻ってきた。

 ギルドで待っていたカレンとモネはがっかりした顔をしている。


「どうして討伐したのが1体なのですか。それも一番単価の安いスライムなんて」


 カレンはとてもお金が好きだった。それは両親をモンスターに殺されて貧乏生活が続いていた反動によるものだった。


「仕方ないだろ。超強いスライムに出会ったんだから」


 真っ赤な嘘を吐き、地毛である赤髪をかきあげる。


「久しぶりに仕事したけどギャンブルとはまた違った達成感があるな」


「当たり前です。ギャンブルなんかと比べないでください!」


「ギャンブルなんかとはなんだ! 他の国では競馬の大会に王様の名前がついているようなところだってあるんだぞ!」


「馬は冒険者として乗るものです。賭けの対象にして良いはずがありません」


 頭の硬いカレンにアルバンは溜息を吐く。


「依頼を頑張っても仲間からのご褒美がないなんてな。ダメージを受けていないからモネからキスもされないし」


 そこでアルバンは気が付く。別に幼女のモネじゃなくても少女のカレンがいることに。ただ、カレンのことだ。きっとビンタをかましてくれるに違いない。だけど、ご褒美が欲しかったアルバンはグラスに入ったビアーをあおいでから口を開く。


「……か、カレンがキスしてくれても良いんだけどなぁ」


 酔っているのか、照れているのか、どちらにしてもアルバンの頬は赤かった。そして、カレンもまた頬を紅潮させる。


「……別に、良いですけど」


「え?」


「だから! 私がアルバン様にキスしても良いですよ」


「え、マジか」


 酒を飲んだ勢いで言ったこととは言え、これはアルバンの本音だ。断られると思っていたのにまさかのオッケーが出るとは。


「ありがとう、神様、スライム様。これで俺は救われる」


「ただし」


「ただし?_」


 アルバンが小首を傾げるとカレンは咳払いをしてから言う。


「アルバン様が魔王様を倒したら、……その時は私がキスしてあげますよ」


 カレンの言葉を聞いてアルバンは燃え尽きたように肩を落とす。


「そんなに落ち込まないでください。アルバン様なら魔王を倒せます。そう私は本気で信じています」


 信じてくれるなら前払いでキスしてくれないかなとアルバンは思った。


「……私も、アルバンなら魔王倒せると思う」


 そう思うなら治癒魔法とか関係なしに頬で良いからキスして欲しいなとアルバンは思った。


「魔王、魔王ってうるさいなぁ。面倒だから俺が魔王になっちゃおうかなぁ」


 アルバンが冗談を言うと周りの視線がアルバンに集中する。その目は昼のようには温かくなんかなく冷め切っていた。アルバンは冗談でも言ってはいけないことを言ってしまったのだ。


 アルバンは両手を組んで俯く。


「悪い、冗談が過ぎた。それでも、……俺なんかには無理だ」


 最強の剣士アルバン・クラインには弱点があった。それは心の弱さだ。

 実力があっても強敵に挑もうともしない臆病さが彼の弱点だった。


「私たちはアルバン様の力にはなれませんか?」


 優しい声音でカレンに問われてすぐアルバンは首を横に振る。


「カレンもモネも凄いのはわかってる。ただ、これは俺の問題だ。俺は普通に怖いんだよ、剣で戦うことが。そして、剣で守りたいモノを守れなかったその時が」


 都市伝説的な蘇生魔法は聞いたことはあるが蘇生魔法を扱える冒険者にアルバンは出会ったことがない。きっとバランスを崩すから禁忌の魔法なのだろう。だから、それをアテにしないで言えば人間の命は一つだ。


 無責任にチャレンジして頑張ろうと言う人がいる。挫けても次があると励ましてくれる人もいる。それでもアルバンはその考えに共感できない。


 一度、剣が折れればそれは死んだも同然だ。もう一度、立ち上がることなどできない。そして、大切な何かを落としていたら尚更だ。


「俺はさ、今がとても気に入っているんだ。魔王城から遠く離れた土地で好きな奴らとくだらない日々を楽しむ。誰に否定されても構わない。これが俺の冒険なんだよ」


 可愛い女の子が期待してくれているのに情けないとアルバン自身思う。それでも魔王討伐の期待には応えられないと生存本能からなのか自分自身が答えを出してしまう。


 他力本願は悪いことだとよく言われる。それでもアルバンは自分の剣に自信がない。いつ折れるかもわからない剣で戦い続けることが怖い。


 だから、最強の剣士は魔王と対峙しない。











 



 

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