最強剣士はキスが欲しい。
楠木祐
第1話 最強の剣士と最弱の治癒師
四季のあるヴァンの国、その南部に位置するハロイの街に最強と呼ばれる剣士がいる。冒険者である彼の名はアルバン・クライン。そんな彼はとても勇敢で……。
春、傾斜のある緑が映える野原に寝そべり、雲一つない青空を仰いで、アルバンは口を開く。
「そこらへんの柄の悪そうな人間を魔王に仕立てて、討伐すれば国王から褒美をがっぽり貰えるんじゃね」
最強の剣士アルバンは、とても怠惰だった。
アルバンは剣を振るうのが嫌いだった。自分が剣を持って負けたことが一度もないからだ。それもそのはず、アルバンは勝てる相手としか戦わなかった。負ける戦いをする奴は馬鹿だと思っているのがアルバンだ。
「ここにいたのですか、アルバン様」
呆れた様子で声を掛けてきたのはアルバンを慕う少女、カレン・エクドレア。背が高く端正な顔立ちをしており青色の長い髪の毛が特徴的だ。アルバンより年下なのに大人びて見えるのは持っている知識の量と性格ゆえの冷静さがアルバンより上だからだろう。
「俺はずっとこの街にいる。一度も他の街に長居をしたことがない。そんなことはカレンが一番知っているだろ?」
「それは勿論知っています。それでもアルバン様が魔王を倒すべく動かないと他の冒険者の士気が下がります」
「俺一人動かないで下がる士気なんて下がれば良いんじゃないの?」
アルバンは冒険者のやる気が全くなかった。
「アルバン様は勇敢で素晴らしいお方です。そのことは助けられた私が一番わかっていることです」
一年前、ハロイの街を抜けた先にあるノルーの森でアルバンは猛獣に襲われそうになっていたカレンを助けた。カレンも冒険者だったがたまたま出会ったモンスターのレベルがカレンより高かった。アルバンはそのモンスターを一撃で倒して、カレンはとてつもない衝撃を受け、アルバンに尊敬の念を抱いた。
「カレンを助けたのはカレンが可愛かったからだ。君がブスだったら俺はさっさと街に戻っていた。下心で剣を振ったまでだ」
カレンは首を横に振ってから微笑む。
「アルバン様は誰であろうと助けてくれますよ。私はそう信じています」
「勝手に信じておいてくれ。俺は君を助けた時の古傷が痛むからカフェに行くとするよ」
「なぜ傷が痛むのにカフェに行くのですか? ギルドで治癒魔法が使える者を探しましょう」
冗談の通じないカレンにアルバンは溜息を吐く。
「俺があんな雑魚にダメージを受けるわけないだろ」
「それでは古傷というのは嘘なのですか?」
「い、いや。う、嘘じゃないよ」
「それなら早くギルドに行きましょう。古傷を癒してもらいましょう」
「いや、だから」
無理矢理、青色の魔法陣に囲われ転移魔法でギルド前まで飛ばされた。
茶色の平たい建物は少し古びており、もう少しどうにかならないものかとアルバンは来るたびに思っている。扉を開けて中に入ると昼間だと言うのに酒を飲んでいる冒険者ばかり。
「いらっしゃいませ〜」
ギルドに併設されている酒場にアルバンは真っ直ぐ向かい、空いている席に座る。
メニュー表なんて開かずに口を開く。
「とりあえず俺もビアー!」
「はーい、ビアー、一丁!」
大声で呼びかけると若い女の子の店員が注文を繰り返す。アルバンはニコニコしながら酒の到着を待つ。
「なんで古傷を治すために来たのにお酒を頼んでいるのですか」
カレンに冷めた目を向けられアルバンは顔を逸らす。
「い、いやぁ。結局、古傷に効くのは酒なんじゃないかなと思って。ほら、パチンコで負けた時も競馬で負けた時も宝くじが外れた時も」
他にも、受験に失敗した時も会社をクビになった時も。
「全部、お金絡みなのは意味がわからないです。ギャンブルなんてしなくてもアルバン様は剣で沢山お金を稼げるはずなのに」
この国、ヴァンにもギャンブルが存在する。ギャンブルがしたいためにアルバンは賭け金を仕方なくそこらへんの雑魚モンスターを倒して稼いでいる。
「剣は剣でも俺は馬券で勝ちたいんだよ」
キメ顔でつまらない冗談をアルバンが言い終えるとグラスに入ったビアーがやってきた。キンキンに冷えたグラスを握り、アルバンはビアーを喉に流し込む。
「かぁー、うめえ。やっぱり酒さえあれば良いわ。魔王にも酒を飲ませれば倒れてくれるんじゃないの?」
「倒れません」
ピシャリとカレンに注意されてアルバンはチビチビとビアーを飲んでいく。
拗ねているカレンを見てアルバンはふっと笑う。
「何がおかしいのですか?」
アルバンは誤解だと首を振ってから周りにいる他の冒険者が笑顔で酒を飲んでいるのを眺めて口を開く。
「こうやって、皆が笑顔で酒を飲めている。この平和を永遠にしたいから俺は剣を振らないんだ。剣を振らなければ魔王だって手は出してこないはずだ」
「そんなこと言って依頼を受けたくないだけですよね」
あっさりとアルバンの狙いに気付かれてしまった。
「硬い女の子はモテないぞ。少し抜けていてあざとい女の子が一番モテるんだぞ」
「モテなくて結構です! それより、冒険に行きましょう!」
「野蛮だなぁ。まずは俺の古傷を治すのが先だろ」
まあ、アルバンに古傷など一つもありはしないのだが、これで一ヶ月ほどは凌げるだろうという魂胆だ。
「……古傷?」
金髪ツインテールの幼女が唐突に声をかけてくる。
アルバンは彼女を天使に見えたのかニコニコ笑う。
「そうそう、おじさんは古傷が癒えないから冒険に行きたくても行けないんだ。可哀想だろ?」
同情を求めてアルバンが言うと金髪ツインテールの幼女は小首を傾げる。
「おじさん、傷なんて一つもないよ。これじゃあ、治したくても治せない」
「え、まさか君、透視できるの?」
アルバンが一番欲しい魔法は透視魔法だった。理由はただ、女子の裸体を自分だけが見られるようにしたいという酷い理由だ。
「透視というか、傷があるかどうかの判別ができる。私、治癒師だから」
アルバンの問いに答えると金髪ツインテールの幼女はカレンの膝に乗っかる。そして、アルバンの目を見て言う。
「私、とても弱いから人を癒す魔法しか覚えていない。だから、強い貴方が羨ましい」
金髪ツインテールの幼女の言葉にアルバンは苦笑する。
「強いのも面倒だぞ。現に君が座っている椅子女子に面倒ごとを頼まれている」
「椅子女子って私のことですか?」
カレンは自分のことを指差してアルバンに聞くが無視して話を続ける。
「君、名前は? 俺はアルバン。プロギャンブラーをやってる」
「アルバン様、平気で嘘つかないでください。冒険者で、剣士ですよね」
「剣士なんだ、凄いね」
パチパチと手を叩く少女にアルバンは照れて頭をかく。
「私はモネ。治癒師をやってるの」
「そっか、モネ。よろしくね」
「ねえ、アルバン」
「なんだい、モネ。甘いお菓子が欲しいのかな。それなら近くの店で買ってあげよう。競馬の三連単が当たったからね」
「アルバンは働かないの?」
この日、アルバンは胸を剣で貫かれた想いを初めてした。
椅子から転げ落ちたアルバンはなんとか手入れを欠かしてはいない剣をギルドの硬い地面に突き刺して立ち上がる。
「こ、こんなにも胸にくるものがあるとはな。モンスターの気持ちが少しはわかったような気がする」
「さあ、子供にも言われたのですから早く依頼を受けに行きましょう」
「えー」
「えー、じゃありません」
先生のように怒るカレンを見てモネはクスッと笑う。
「二人って面白いね。もし、冒険に行くなら私も連れていって」
「そうかぁ、モネは冒険に行きたいんだね。でも、モネには危険だからこの街に残ろうね。モネだけ仲間はずれも良くないから俺たちも残ろうねー」
「アルバン様、子供を言い訳にしないでください」
アルバンが舌打ちするとモネが小さな口を開く。
「もし、怪我したら私に言ってね。キスして治してあげるから」
アルバンは自分の耳を疑った。
「モネ、今なんて言った?」
アルバンは血走った目でモネを見る。その目は幼女に向けて良いものではなかった。
「え、だから、怪我したら私に言ってね」
「違う! そこじゃない!」
声を荒げるアルバンに周りの冒険者たちが注目する。
「おいおい、アルバンが本気で魔王攻略を考えているぞ」
「どんなルートで魔王城を攻略しようとしているかで揉めているんだろうな」
「アルバンがついに本気出すのか!」
勘違いして周りがとても盛り上がっていた。
「ん、なんか周りが騒がしいな。まあ、いい。それよりもモネ。怪我したらキスして治してくれるって本当か?」
モネの小さな耳に手を当ててアルバンは小声で聞いた。モネはコクリと頷く。
「そうだよ。怪我したら私の治癒魔法でアルバンを癒してあげるね」
アルバンはたらっと血が出るほど唇を噛み締める。
「し、仕方ない。カレン、冒険に少しだけ行ってみようじゃないか」
「え、本当ですか?」
「君が言ったことだろ。それに、幼女の未来を守るのは俺の仕事だ」
「アルバン様、意味がわからないです」
キスのために剣を振るう。
それがハロイの街が生んだ最強の剣士、アルバン・クラインだった。
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