第9話 スフィア三姉妹・ユメヒト六兄弟

 先日のモールス星人襲撃以来、ついに重い腰を上げた防衛軍は、対巨大生物用の軍事モビルダーを導入することにした。皮肉にも、モビルダーは使い方次第では我々に味方する存在である謎の巨人(ユメヒト)をも圧倒できることが分かったため、もしも何かあった際の巨人に対する抑止力としても運用できるこれらを導入しない理由はなかった。防衛軍はユメヒトを圧倒したジェットストリーム社のモビルダーの残骸を――新しいモビルダーの購入費用を立て替えるかわりに――回収し、それを基にした浮上移動式の軍事モビルダー、ドミネーターを開発した。


 また、それに呼応するように、警察も警備車両の名目でモビルダーを導入することになった。暗めの緑色(カーキ)で塗装したドミネーターとは打って変わって、こちらはパトカーや白バイのような白と黒の車体を持つ、四足歩行のモビルダーを作り上げた。ドグゥという名の警察モビルダーは、四足の後ろに履帯を備えており、移動する際はこちらを地面につけて移動する。

 導入経費、速度、その他諸々の煩雑な手続きが単純にモビルダーを導入するよりも安く抑えるため、公式ではこちらの履帯を地に付かせた形態が通常で、あくまでも四足歩行形態は非常時を想定した特殊移動形態、という設定のため、このモビルダーは法律上大型自動車の一種(準モビルダー)という扱いで運用される。


 こうして瞬く間に防衛軍と警察によるモビルダー導入が広まったおかげで、各地に出現する怪獣のたいていの対処はこれらで事足りるようになり、ユメヒトの出番は少なくなっていった。いや、彼の出番が少ないのに越したことはない。それで済むのがいちばんいいことなのだから……


 ・・・


「それでさ、せっかくだし、みんなにちゃんと挨拶しておこうと思って。」

「なるほど、湯目野エルム、君は結構律儀なんだな。」


 しばらく戦闘をしていないエルムは枕を使って夢空間へと向かい、眠神を全員よみがえらせて彼らと顔合わせした。改めて見渡すと、9体いる眠神のうちユメヒトを含む男性型の眠神は6人いて、紅天狗を含む女性型の眠神は3人いた。そしてみな、何かしら血縁関係で結ばれたもののようだった。そして一番驚いたのは、ユメヒトと紅天狗は婚姻関係にあるということだった。


 「改めまして、私は紅天狗。ユメヒトの奥さんでーす。あまり力は強くないけど、眠神たちの中では一番早く飛べまーす。嫌いなものは、断りもせずに体を触ってくる人でーす。よろしくねエルムくん。」

「わ、悪かったって……」

 

 言葉には嫌味たっぷりだが、どうもエルムのことが気に入ったらしく、夢空間に彼が来てからずっと彼に抱き着いている。いわく、いずれ自分とユメヒトの間に子供をもうけたいと思っており、その理想の子供のイメージがまさにエルムそのものだったからだという。


「ははは、すっかり紅天狗に気に入られているな、ああ、これは失礼、私は上一位眠神のダィーセツだ。私は直接戦うのは苦手だが、どちらかといえば頭を使った戦いが得意だ。エルム殿、よろしく。」

「よろしく。ダィーセツさん。」

「僕は上二位のヌプリだ。僕はみんなみたく巨大化はできないけど、その代わりどこまでも小さくなることができる。もしそういう能力が必要な時にあったら迷わず僕を呼んでくれ。」

「よろしく。ヌプリさん。……君は?」

「……俺は……ルーモイ……」

「湯目野エルム、上五位の彼はわれら六兄弟のうち一番無口で、あまりしゃべりたがらない。彼は昼よりも夜を好む。闇に隠れて敵を誰にも気づかずに仕留めることができる夜の狩人だ。」

「そうなのかい? ルーモイさん?」

「……ユメヒト兄ぃの、言うとおりだ……」

「よ、よろしく……。」


 そのあと、上七位のイブリ、上八位トカチともエルムは顔合わせをしたあと、残りの上三位、上九位に会おうと思ったがなぜか彼女たちは見当たらなかった。彼女たち三姉妹の次女である紅天狗に彼女たちは今どこにいるのかと尋ねた。


「あー……二人ならすぐ現れると思うよ。そうそう、貴方に一つだけ警告を与えておくけど、二人は私よりクセがつよいから気を付けてね。特に上三位のファイアドリィは、攻撃力ならこの9人の中で一番強いから。敵に回さない方がいいよ。」

「敵に……って、僕は味方だよ!?」

「彼女はとても妹思いなの。妹に変なことをする人は問答無用でぶっ潰す人なの。特に断りもなくおさわりなんてした日には……」


 その瞬間、彼は後方からものすごい怒気を感じて思わず振り返った。見るとそこには炎の塊がものすごい速度で自分めがけて近づいてきていた。エルムはそれをよけようとしたがすでに遅かった。


「チェストォォォォ!!」


 エルムはついに押し倒された。炎の塊はよく見ると人間の形をしていた。そう、この火だるま人間こそが、上三位眠神、ファイアドリィその人である。


「この破廉恥、変態、痴漢、スケベ野郎!! よくもかわいい妹を汚したな!!」


 燃える手でエルムの口に両手の親指を突っ込んでめちゃくちゃに頬を引っ張りまわす。夢空間でなければとっくに死んでいた。


「ふが、ほが、ごふぇんなふぁい(ごめんなさい)! わふぎはなふぁったんふぇふ(悪気はなかったんです)!!」

「あろうとなかろうと、やったことの責任を取りやがれこのやろーっ!! 女の子に触るということはそれだけ大変なことなんだぞ!! 命だけは勘弁してやるが徹底的にマナーを叩き込んでやる!!」

「ゆるして、おねがい……」

「いいや、許さないぞ!!」

「ユメヒト、たすけて!!」


 だが、ユメヒトは顔に「謝罪」と映し出して申し訳なさそうに、


「すまない、湯目野エルム、さっきも紅天狗が言ったように、攻撃力で彼女にかなう者は我々6兄弟の中にはいない。だから止めようにもできないのだ。特に怒りの炎に燃えた彼女を止めようなどとは。」

「そ、そんな……」

「じゃあそう言うことで……折檻再開だおらあああ!!」

「ぎゃーっ!!」

 

 海老反り固め、ジャーマンスープレックス、バックドロップ、ギロチンドロップ、鯖折……等の様々な技がエルムにかけられた。


「参った! 降参! ギブアップ! ギブアップ!」

「まだまだ、心から反省するまで折檻は続くんだぁーっ!!」

「し、死ぬ! これ以上やったら死んじゃうよぉ!!」


 終わりそうにないファイアドリィのの入った折檻を止められるものはいないのか、エルムは強く願った。すると、突然二人の周りに大きな影が覆いかぶさり、二人の身体が宙に浮き始めた。


「あら、よかったねえエルムくん、上九位が仲裁にきたよ。」


 紅天狗が向く方向に目をやると、そこにはエルムや8人の誰よりも背丈の大きい巨人が物憂げな表情で見降ろしていた。骨格標本のような体つきや臀部に球体スフィアが収まっているところは紅天狗と一緒だったが、全体的に黒いのと、頭のほうに浮かんでいる光の輪、そしてまさに骸骨そのものである顔などを見て、エルムは背中が一瞬ぞくぞくとした。


「あっ、トライヴァ! 何するんだ! 離せ! まだこいつの折檻が終わってないのに!!」

「ア……ア……」


 トライヴァはどうにかエルムからファイアドリィを引きはがし、彼女を本の姿に戻した。やはり彼女も骨のような体をしていたが、二人の妹と違って彼女は白い長髪で黒ワンピースの服を着ており、両耳には炎のように燃え上がる赤色をした宝石のピアスをしていた。やはり彼女も臀部に球体が収まっているのだろうか。


「ダメ……ダメ……」


 トライヴァはファイアドリィを包み込むようにヴァーリアを発生させてエルムに触れないようにさせた。そして、エルムを左手に乗せると、右手で彼の頭を撫でた。


「イタイノ……イタイノ……」

「な、慰めてくれてる……のか……?」

「ゴメンネ……ゴメンネ……」

 

 三姉妹の誰よりもおどおどろしい見た目に反して、彼女は三姉妹の誰よりもまともな人物なのだな、とエルムは安堵した。だがそれもつかの間だった。ファイアドリィはついにトライヴァのヴァーリアを自力で破り、再び炎を燃え上がらせてエルムに襲い掛かった。


「おらああああ!!」

「ひっ!!」

「ダメ……ナノニ……!!」


 トライヴァは襲い掛かるドリィをにらむように、その目から青白い凍結光線を放った。それが命中したドリィの炎はみるみる小さくなると同時に氷の塊ができ始め、ついには彼女は大きな氷の塊に閉じ込められてしまった。


「……」

「アタマ……ヒヤシテ……」


 エルムは再び安堵した。彼女はドリィを唯一止めることができるのだ。


「ありがとう、トライヴァ、おかげで助かったよ。」

「……」


 トライヴァはエルムをゆっくりと地上に下ろし、血気盛んな姉の非をわびた。


「ドリィ……トテモタンキ……デモ、ホントハヤサシイ……。」

「僕のほうこそ、悪かった、もうたとえ銅像でも勝手に触ったりはしないよ。ごめんなさい……。」

「まあ、いいか。ドリ姉ぇ、もうこれくらいにしてあげよ。彼も十分反省したことだし……。」


 だがドリィはまだ不服なのか、凍ったまま体をがたがたと揺らしてエルムをにらみつけた。エルムはこれほど異性から怒りを向けられたのは子供のころに間違ってまりものおやつのプリンを食べてしまって以来だった。


「そ、そんなに僕に怒りを感じてるの……」

「ドリィ……トテモフシギ……キライナヒト、オコラナイ……スキナヒト、オコル……」

「えっ? それって、どういうこと?」

「つ・ま・り、この星の言葉でいうなら、ツンデレってことよ。私たちスフィア三姉妹は好みが一緒なのよ。ドリィもあなたが好きだから、あんなに強く当たるのよ。」

「好きだからこそ怒るの!?」

「嫌いな人に怒ったところで時間の無駄でしょ? よかったわねえエルムくん、ドリィはあなたのことをとっても気に入ったみたいよ。ねぇ、ドリィ?」

「え?」


 エルムはドリィを見つめると、今度は逆にドリィが目をそらした。心なしか、顔が真っ赤になっている気がする。


「ドリィ……さん?」

「ばっ、馬鹿!! 何本気にしてるんだ、べ、別にお前のことなんて好きじゃないし!! こっち見るな、あっち向け!!」


 それでもしばらく見つめていると、氷の塊が彼女の顔の周りだけ溶け始めた。紅天狗の言ったことはどうやら嘘ではないことがよく分かった。


「……なんか、みんなとても……濃いね。」

「そうだ。湯目野エルム。だけどみな実力は確かな連中だ。状況にうまく使いこなせれば、君も立派なユメネギになれるだろう。」

「ユメヒト、君や君の兄弟たちならともかく、彼女たちを使える自信はないよ……」

「……まあ、みなそんなものだ。君の前にこの枕を使っていたものも、最初はそう言っていた。だが次第にうまく使いこなせるようになっていったのだ。案ずるな。」

「だ、大丈夫かなぁ……」


 九人九色の眠神たちを前に、エルムはこの先うまくやっていけるだろうかとため息をついた。


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