第6話 建機者(モビルダー)の暴走

 建機者モビルダー、それは建造物建築・解体作業用に製造された、人型の重機の総称である。500年前の色素生物襲来の影響で建造物が破壊される速度に、それまでの重機を使って建物を解体・建築する速度が追いつけなくなったために開発された。この重機の開発と、500年前から変わらず使われている広範囲罹災修復光線発射衛星と地形測量衛星の組み合わせによって、建築・建設工事のスピードは飛躍的に進歩した。


 そして今日も、建機者たちは怪獣がさんざん暴れて壊した建造物の後片づけにいそしんでいた。この黒と紫のどっしりとしたシルエットの建機者は現場の日雇い作業員たちが動かしている。モビルダー生産当初はそのまま乗り込んで操縦していたが、夏は暑く冬は寒い操縦環境に不満が殺到し、今は詰所からケーブルを引いてモニターで確認しながら操縦するのが一般的だ。


「スプリンクラー、作動します。」


 胸部の紫色の部分に「JSMB-09(株)ジェットストリーム No.1ガイア」と記された一体のモビルダーが背負っている放水タンクとスプリンクラーを手動で接続して、周囲一帯に水をまいた。解体作業を行う際はまず粉塵対策として必ず水を撒く決まりになっている。人力で行うとどうしても範囲が限られるが、モビルダーを使えば半径100mまで安全に水を撒ける。


「よし、散水やめ! 今日はこのとおり晴れているから、水の乾燥も早い、手っ取り早くこの地区の解体を終わらせるように!」

「了解、一番機ガイア、ヒートカッターで解体作業を行います。」

「二番機マッシュ、一番機が解体したガラ(解体作業におけるゴミのこと)を分別します。」

「三番機オルテガ、分別したガラを種類ごとにトラックへ積載します。」


 現場監督の命令で三機は阿吽の呼吸で動き始めた。

 怪獣が壊したエリアは番地ごとにそれぞれ別の業者が自治体より依頼を受けて作業を受け持つ。この番地の担当となったジェットストリームという業者の建機者はてきぱきと働いて、正午になるころには彼らの作業場はおおかた片付いていた。


「ようし、そろそろ休憩にするか、どうやら今回もうちが誰よりも早く終わりそうだな。全機作業やめ、詰所横のスタンバイエリアに戻しておけ!」


 監督の指示で三機は作業を止めてスタンバイエリアに戻り、バッテリーへの給電線への接続と腕部、脚部の関節の簡単な確認を行って休憩についた。だが、一番最後に電源を落とした三番機オルテガのオペレーターがふと違和感に気付いた。モビルダーの電源を切る瞬間に、メインモニターに一瞬だけ黒いノイズが走ったのだ。


「あれ?今一瞬なんか写ったような……」

 

 何か異常があるかと思い、すぐさま電源を入れなおして動作確認をしようとした。だがそれが逆に悪い結果を招くことになった。メインモニターに映ったのは、モビルダーの視界ではなく、真っ黒い画面に浮かぶ大きな目玉がぎょろりと見つめているだけだった。


「な、なんだこれ!!」

「どうした?」

「ちょっと、きてくれ!モニターの様子がおかしいんだ!」


 ほかのオペレーターや監督も何事かと寄ってきた。


「おい、これはどういうことなんだ?」

「電源を落とす瞬間に、一瞬だけ黒いノイズが画面に走ったんです、それで何かあったらいけないから確認のためにもう一度立ち上げたら・・・」

「お前、何かプログラムをいじったのか!?」

「まさか!俺は手順通りに起動しただけですよ!!」


 すると、三番機のモニターだけではなく、一番機、二番機のモニターも突然電源が入った。画面に映っているのは、やはり大きな目玉だった。


「な、なんだこれは、いったい、誰の仕業だ!!」


 その声に反応するように、モニターから声が聞こえてきた。


「地球人よ、我々はモールス星人。今我々はこの人型重機に搭載された音声アナウンスデーターを利用して君たちに話しかけている。」

「も、モールス星人?」

「突然ですまないが、この人型重機はたった今から我々のものだ。我々はそのままの姿ではまともに戦えやしないからな。」

「冗談じゃない、そのモビルダーは我々が35年ローンで購入したものだ! 宇宙人だか何だか知らんが勝手な真似は許さんぞ! おい、警察と防衛隊に連絡しろ!」


 三番機オペレーターが急いで電話しようとした瞬間に、画面に映った目玉が紫色の光線を放った。紫色の光線はオペレーターにくるくると幾重にも巻き付くとその身体をきつく縛り上げた。あと一歩のところで受話器を手に取れる距離だったが、オペレーターの手はむなしくも届かなかった。


「うわーっ!! 何をするんだ!!」

「面倒ごとは嫌いなのでね……そうら、君たちもだ!」


 二番機、一番機のモニターからも光線が発射されて詰所にいる全員を身動きができないように縛り上げた。芋虫みたいにもぞもぞともがいている監督とオペレーターたちを前にして、三つの目はあざ笑った。


「さあ、これで邪魔者は片付いた、次はそこら辺の建造物を適当に破壊して、あの巨人を呼び寄せるのだ!」


 月の裏の前衛基地から二重瞼のモールス星人が地球にいる三人の同胞に命令を下した。


「いいか、もし奴が現れたら、なるべく本気で戦うな。こちらの準備ができるまで、めちゃくちゃに周りを動き回って、奴を翻弄するのだ。奴が疲れ切ったところで、あれを発射する。いいな。」

「了解。じゃあそれまで、好きに暴れさせてもらおう。」


 モールス星人たちがとりついた建機者の姿は、伝説上の怪物である一つ目巨人サイクロプスのようだった。その巨大な単眼をピンク色に怪しく光り輝かせた後、モールス星人のもう一つの能力であるサイコキネシスを使って、機体をわずかに地面から浮かばせて、まるで氷の上をスケート靴で進むかの如く滑り出した。


「まずはそこら辺の建機者たちに、軽く挨拶とでもしゃれ込むか、ええ?」

「少し浮かせているとはいえ、二足の脚で地について戦うなんて、まったく野蛮そのものだ。本当の戦いというのは頭脳と念動力によって決まるものであって……」

「なあにくどくど言ってんだ、俺は結構好きだぜ。いつものか細い手足じゃできないことができるんだ、そうら!」


 二番機マッシュを乗っ取ったモールス星人は僚機とともに道路を滑走しながら先ほど詰所のスタンバイエリアからかっぱらってきたロング・ヒートカッターをくるくると振り回した。熱を帯びている刃の部分がが光の輪の軌跡を描く。


「いつもより多く回っております!」

「ふざけるのもたいがいにしろ! っと、そんなことを言っているうちに他の連中が異変に気が付き始めたぞ。」


 モールス・モビルダーたちの進行方向から、昼休みで休んでいたほかの業者たちが、ジェットストリーム社のほうが騒がしくなっていることに気付き、様子を見にやってきた。


「おい、ジェットストリーム社のモビルダーがこっちに来てるぞ。」

「本当だ、でもよ、あいつらモノアイタイプだったっけ?」

「いつものごとく自分らが速く終わったからって、こちらを冷やかしにでも来たのかよ?全く好かねえ野郎どもだ。」


 まさか宇宙人がのっとっているとはつゆ知らず、のんきに見物している各作業員たちに向かって、モールス・モビルダー二番機マッシュはロング・ヒートカッターを地面に垂直に突き立てて、大声を張り上げた。


「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!われこそはジェットストリーム社のモビルダー一番機ガイア!われは貴様らよりはるかにモビルダーとしての技能を持っていると自負している!そこでどうだ、昼休みの一興として、われらと手合わせしてみないか?勝利の条件はたったの一つ、われらに『参った!』と言わせることができればお前たちの勝ちだ。さあ、いざ尋常に勝負!」


 二番機の言葉を聞いて作業員たちは乾いた笑い声を出した。


「なあにいってやがんでえ、モビルダーは戦闘用じゃねえんだよう。」

「ただでさえ高い金払ってんだ、そんな喧嘩行為に使える分けねえだろうが。」


 方々から聞こえてくるヤジを一番機は一蹴した。


「おお、おお、よし、よし、戦いたくなければそれでよし。そんな奴らはこちらからお断りだ。そのままずっと臆病者のまま生きるのも自由だ。そんな臆病な精神でいるから、いつまでたっても我々に勝てっこない、三流モビルダー使いのままなんだ。」


 この一番機のあおり言葉は作業員たちの怒りの導火線に火をつけるには十分だった。もともと彼らは血気盛んな性格の者たちなのだ。こんな言葉をかけられて黙っていられるはずもない。


「なんだとこの野郎!!」

「てやんでえ、少し作業が速いからって調子に乗りやがって!!」

「今に見てろ、その高慢ちきな鼻っ柱へし折ってやる!!」


 彼らは肩を震わせながらそれぞれが愛機とするモビルダーに乗り来んで、”獲物”を片手に我先にとモールス・モビルダーと対峙した。


「へへ、どうよ、ちょっとした準備運動にはもってこいだろ?」

「まったく、野蛮だ、実に野蛮だ……これだから二本足は。」

「まあまあ、三番機、せっかくの機会だ、奴をおびき出すまで、ひと暴れさせてもらうぜ!!」


 モールス・モビルダーの一番機ガイアは拳をガツンとならし、二番機マッシュはロング・ヒートカッターを自在に振り回し、三番機オルテガはため息をしつつも自らの機体の稼働限界を調べるために軽い柔軟体操を行った。


 かくして、モールス・モビルダーたちはユメヒトがのこのことやってくるまでの肩慣らしとして、ほかの会社のモビルダーたちとの果し合いを始めたのだった。

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