第5話 遥か彼方のピロマ・クラル

 その日はすっかり謎の巨人の話題で持ちきりだった。彼は果たして敵か味方か、何の目的をもって出現したのか、もしかすると、500年前のシキモリと同じ色素生物なのではないかなど、様々な憶測が流れた。

 そしてその存在を認識するものたちが、宇宙にもいた。彼らは月の裏にこっそりとつややかな黒色に包まれたひし形の宇宙船を着陸させ、地球へ攻め込む時をうかがっていた。そんなときに、彼らはかの怪獣と戦う巨人、ユメヒトを観測した。彼の存在を彼らは認識していなかった。そのため、彼らは地球侵攻の計画をもう一度練り直さねばならなくなった。彼らは船内の指令室に集い、これからの対策を議論していた。


「あのような巨人が、まだ地球にいたとは。」

「色素生物は、すでにこの星で滅びたと聞いていたが。」


 彼らは長い進化の末に口と声を手放した。あるのは、六本の細長い足と、その中央部にある頭脳、および各種臓器が収められている黒い球体と、球体にある器官のうち三分の一を占めているぎょろりとした眼球のみであった。彼らはまぶたの開閉と目の動きの組み合わせでコミュニケーションをとる。彼らは故郷を彼らの星から宇宙船団へと移してから時が経つが、便宜上彼らは生まれ故郷の星の名前をとってこう呼ばれていた。モールス星人と。――彼らの言語はわかりにくいのでここでは彼らの言葉を地球の言語で記す――


「あの巨人の正体は分かったか?」

「本船に問い合わせたら、ある星のデーターが参照された。資料をモニターに写す。」


 モールス星人のうち、本船と連絡を取った個体――二重瞼でまつげがピンと立っている――が、手前の脚でパネルを器用に操作すると、薄緑色のモニターが立ち上がって、そこに一つの惑星が写った。そこには、彼らの言語で「ピロマ・クラル」と記されていた。


「ピロマ・クラル……聞いたことがある。我々がまだ”口”を持っていたころに滅ぼされた、二本脚の宇宙人だ。そう、この地球に住んでいる人々とよく似ている。」

「われらと同じく、彼らも色素生物に故郷を滅ぼされた。だが、その巨人と、ピロマ・クラルとは何の関係が?」


 二重瞼のモールス星人はモニターを操作してより詳細なデーターを広げた。 


 ・・・


 エルムは、祖父がいる病院へと来ていた。勝手に枕を持ち出したことを怒られるのではないかとドキドキしていたエルムであったが、貸切られた談話室にいた祖父は怒ることはなく、エルムの身体に異常がないことを確かめてから、湯目野家のルーツについて語りだしたのだった。その話の内容は、おおむね、エルムが夢空間の神殿でユメヒトに見せられた過去の記憶と合致していた。


「つまり、彼が僕の夢で言っていたことは、本当のことだった、ってこと?」

「そうだよ。エルムの先祖、いや、私たち湯目野家の先祖は、故郷ピロマ・クラルで夢空間に収納されている眠神たちを、そう、あの枕で呼び出すことができる、ユメネギ(夢禰宜)と呼ばれる一族だった。かつては湯目野家以外にも複数ユメネギがいて、憎き色素生物とも勇敢にたたかったが……お前も知っている通り、色素生物は色からエネルギーを取得できる生命体だ。色がある限り彼らはほぼ無敵だった。次第に我々は追いつめられて、ついには、故郷を追われてしまったんだ……ユメネギの一族の中で、この戦いに生き残ったのは、我々の先祖を含めてほんのわずかだった。」


「今からちょうど5万年前、宇宙を長い間さまよった末、我々はようやくまともに移り住めそうな星を見つけた。それが、この地球だった。すでにそのころから地球人類が文明を持ち始めたころだったが、我々は彼らが一定の文明水準に達するまでは互いに干渉したり、交わらないようにした。難民である我々がこの星の原住民である地球人の文明の発展をいたずらに加速させたりするのは、宇宙正義に反することだったからな。そして、今から約2000年前に、我々は地球人の文明が我々と同等に達したのを確認して、お互いに交流し始めたんだ。そして、われわれピロマ・クラル人は、すっかり地球人と混ざり合って今に至るというわけなんだ。」

「そうだったのか……じゃあ、僕が子供のころに夢仮面、いやユメヒトを見たのは……」

「それは眠神様たちなりのメッセージだったんだろうなあ……お前にユメネギの力が宿っている、ということを、伝えたかったんだ。だからおじいちゃんは、そう遠くないうちにいずれこの日が来るだろうとお父さんやお母さんらに話して、あの枕をエルムが自分で手に取る日を待ってたんだ。」


 エルムの祖父、湯目野宗也そうやは遠い目でエルムに湯目野家のルーツを語った。


「眠神様たちは、どうして僕を選んだの?僕じゃないと使役できないの?同じ血筋のおじいちゃんやお母さんはできないの?」

※宗也はエルムの母、湯目野抜海(ぬくみ)の父

「いいや、おじいちゃんやお母さんも、なんならまりもも、あの枕で寝ればおそらく眠神様を使役できるはずだ。だが、エルムよ。おそらく眠神様は、お前がどこでも寝ようと思えばすぐ寝れる、瞬眠を特技とするからこそ私たちの中でお前が適任だと見込んだのだろう。」

「なるほどね……僕とあの枕、そしてユメヒトら眠神様についてはよくわかったよ。そんな大変なものとは知らずに、僕はあの枕を……」


 宗也はうつむく孫の肩を軽く叩いた。


「エルム。起こってしまったことは仕方ない。私たちはもう過ぎたことを責めないよ。だが、これだけは約束してくれ。絶対に、無理はしないこと。いいね。それだけ守ってくれるなら、もうおじいちゃんは何も言わないよ。」

「ありがとう、おじいちゃん。」

「ああ、それと。ついさっき、地球にいるピロマ・クラル人の末裔たちに連絡して、エルムに協力者を付けてもらうことになった。」

「協力者?」

「ああ。予定通りなら、彼は三日後にやってくる。きっとエルムの力になるだろうよ。それまではなるべく無理せずにな。」

「うん、わかった。ありがとう、おじいちゃん。」


 エルムは宗也と軽く抱き合ってから分かれて、病院を後にした。家路につく孫の姿を見ながら宗也は、両手を合わせて祈った。


「眠神様、そしてご先祖様。おそらくこれも何かの運命なのでしょう。何もできない私の代わりに、どうか私の孫にご加護あらんことを……」


 ・・・


 モニターに写された資料からピロマ・クラルにはかつて星を守る眠神、という守護神とそれを呼び出せる者たちがいたことが分かった。そしてそのうちの一人である「ユメヒト」と呼ばれる個体が、つい先日、地球に現れた。つまり、ピロマ・クラル人は地球に逃げ延びてまだ生きているということだ。モールス星人たちは大きな目玉をぎょろぎょろと動かした。


「ううむ、これでは少しやりづらいぞ。」

「先人たちがかつてピロマ・クラルに潜入して調べたデーターがあってよかった。おかげで我々は対策を練ることができる。先人たちに感謝せねば。」

「そんなのは後にしろ。ユメヒトがいる限りこの星はわれらの橋頭保にはならない。そうなれば、われらはこの資源豊かな恒星系を手放さなければならなくなる。」

「それはまずい。では戦うか?」

「それはもっとまずい。こんな貧弱な体で、どうやって彼と戦うというのだ。きっと、痛い目に合わされるのがおちだ。」

「ならどうする?」

「どうしよう。」

「わからない。」

「わからない。」


 モールス星人は頭をひねった。どうやったら、あの巨人を倒せるか。

 だが、その妙案は割とすぐに思いついた。先ほどの二重瞼の個体が、パネルをいじって地球を観察しているうちに、ある面白いものを見つけた。


「おい、これを見ろ。これは使えないか?」


 モニターに写されたのは、昨晩の戦闘で被災した建造物をあくせくと修復している、人型重機の群れであった。背丈はこの星の人間よりは大きいが、巨人や怪獣よりは小さい。


「これで戦えだと?無理をいうな。」

「いいや、こいつでそのまま戦うんじゃない。こいつを使って……」


 二重瞼の個体は、考えた作戦を手っ取り早く説明するために皆にテレパシーで伝えた。そのテレパシーを受け取ったほかのモールス星人は、なるほどなるほど、その手があったか、目の付け所が違うな、目からうろこが落ちたようだ、と得心した。


「では、その通りにさっそく取り掛かるぞ。うまくいけば、我々はこの星を無傷で手に入れらるかもしれないぞ。」


 モールス星人たちはさっそく作戦に取り掛かるために、六本の細長い脚を本体に収納し、ひし形の宇宙船の頂点から飛び出して、地球へとまっすぐ向かった。

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