第4話 夢か、現か、幻か

 突然現れた謎の巨人と怪獣の戦闘をモニターで注視していた指揮官は、怪獣が巨人の動きを封じた上に、ほぼ零距離で破壊光線を放とうとしているのを目にして、考えるよりも先にオペレーターに尋ねた。


「おい、今、あの怪獣に向かってすぐ対怪獣ミサイルを打てる部隊は?」

「えっと……北方面の部隊が一番至近距離で打てます。」

「すぐに命令しろ、怪獣の口に向かってミサイルをぶっ放せ!!」

「指揮官、まさか……あの巨人の味方をするんですか!?」

「いいから言われたとおりにしろ!! 国民の高い税金払って作ったミサイルだ、今使わずしていつ使う!!」

「わ、分かりました!」


 オペレーターはすぐに北の部隊に命令してミサイルを準備させた。先ほど指揮官がいつでも攻撃できるようにとの命令を守り、臨戦態勢は崩さなかったために者の数秒で発射の用意が完了した。


「目標は怪獣の口の中にあるエネルギー玉だ、照準が定まり次第打て!!」

「照準よし、てーっ!!」


 対怪獣ミサイルはトラックの荷台に積まれた発射台から怪獣の口めがけて勢いよく発射された。怪獣が、十分にエネルギーを溜めて巨人に放たんとしたまさにその時、エネルギー玉にミサイルが命中し、大きな爆風が巻き起こり、巨人と怪獣は吹っ飛んだ。巨人は爆風の勢いを利用して受け身をとり、すぐに立ち上がったが、痛恨の一撃をあろうことか口で食らった怪獣は明らかに弱っていた。だがそれでも怪獣は巨人への敵意を決して失うことはなく、地面をどしんどしんと揺らしながら巨人へむかって駆け寄り、大地を蹴って大きくとびかかった。


 その時、巨人の仮面の複眼が”抜刀”という文字を表示すると、彼の右腕にリレーバトンのようなものが造換された。巨人はそれを両手で握り、とびかかる怪獣の腹に付きした。すると、怪獣からじゅりじゅりと肉が焼けて切り裂かれるような音が聞こえ、数秒後には怪獣の背中から青白い光の刃がその刀身をあらわにした。先ほど巨人が造換したものは、光の刃の柄だったのだ。体を貫かれた怪獣は体内にため込んだ破壊光線用のエネルギーが暴走し始め、体中にぼこぼこと小爆発によるこぶを作って、すぐに大爆発を起こした。


「目標の爆散を確認!勝った……勝ちました!!」

「よおし!!」


 そこら中から歓声が上がった。オペレーターたちもガッツポーズをしている。だが、指揮官はまだモニターを見つめる表情を崩さなかった。


「待て、巨人が動き出したぞ!!」


 その一言で全員がすぐに我に返る。そう、怪獣を倒したとはいえ、この巨人はまだ我々の味方と決まったわけではないのだ。あくまでも怪獣の敵で、偶然鉢合わせしたから倒しただけに過ぎないかもしれない。いつの間にか、東の空に日が昇り始めている。地平線から漏れ出る陽光に照らされた巨人は先ほどミサイルを放った部隊のほうへと振り向いた。


「……まさか……奴も、敵なのか……?」


 たらり、と指揮官の頬を冷汗が流れた。対怪獣ミサイルの爆風を近くで受けてもびくともしなかった巨人に、我々はどう立ち向かえばよいのかと、全員が絶望感に包まれたが、それは杞憂に終わった。なんと巨人は、北の部隊に向かって合掌し、仮面の複眼に”感謝”という文字を表示して深々と頭を下げたのだった。


「あ、あいつは……こちらの文化を、言語を理解しているのか……?」


 首をもたげた巨人は仮面に大きく”COMPLETE”という文字を表示して、そのまま道路に座り込み、寝転んだ。そしてすぐに、消滅してしまった。一部始終を見ていた指揮官は、全身の力が抜けて、へなへなと座り込んだ。


「消滅・・・したのでしょうか・・・?」

「そのようだな・・・」


 指揮官は大きなため息をついた。


「はあぁぁぁーーーっ……いったい、なんだったんだ、あれは……」

「わかりません、ただ、どうやら我々に敵意はなさそうですね。」

「そう思いたいが……とにかく、助力を得たとはいえ、我々は初めて、色力なしで……怪獣に勝った。それは事実だ。」

「ですが指揮官は、あまりうれしそうじゃありませんね。」

「そりゃあそうだ、これから俺は現場にいた最高責任者として上の連中に何万遍も聞かれるんだ、あの巨人は何だ、どこから現れたんだ、という言葉をな。それを考えりゃあ、素直に喜べないよ。」

「負けたか逃がした、というよりは、ましだと思いますけど。」

「……それは、そうだな、そのとおりだ。」


 指揮官は撤収作業を各員に命じて自分も機材を片付け始めた。ふと、空を見上げると、朝日がもうすっかり顔をのぞかせてあたりを照らし始めていることに気が付いた。


「朝、か……」


 こんなにも朝日をすがすがしく思えるようになったのは久しぶりだと、指揮官は心の中で独り言ちた。


 ・・・


 窓から差し込む朝日を顔に浴びて、エルムは目覚めた。とても寝心地のいい朝だった。それもそのはず、ついさっきまで彼はユメヒトに変身して怪獣と戦い、そして勝ったのだ。……夢の中で。思い出せば出すほど痛快で、妹のために朝ご飯を作っているときも夢の内容を思い出してにやにやと笑っていた。


「どうしたのお兄ちゃん、朝っぱらから気持ち悪いくらいニヤついて。」

「ふふ、まあ、ちょっといい夢をみたんだよね。」

「エッチな夢?」

「んなわけないだろ!」

「男の言う、いい夢なんてたいていそれしかないでしょ?」

「まったく、男がみんなそうとは限らないんだぞ……ん?」


 エルムは何となく自分のスマホを開いてネットのニュースを見ていると、昨日寝る前に見た怪獣のニュースがでかでかとトレンド1位を飾っていた。エルムはこの怪獣と夢の中で戦ったのだ。ユメヒトに変身して。ところが、その記事のリンクをタップしてみると、その記事の中にあった写真に驚くべきものが写っていた。


「うっ、むぐっ、ごほっ、ごほっ……!」

「どうしたのお兄ちゃん!?」

「ごほごほ……い、いや、何でもない何でもない……ちょっと、むせちゃって。」


 思わず口の中に入れた卵焼きを誤嚥するくらいにエルムは驚愕した。記事の写真に写っていたのは、怪獣と……それと戦う、ユメヒトの姿であった。よく記事のタイトルを読み直してみると、こう記してあった。


[祝!怪獣撃退!謎の巨人は敵か味方か?]


 いったいこれはどういうことだろうか、自分の夢で起こった出来事が、現実に起こっている。急いで添付されている動画も見てみる。怪獣の前にユメヒトとして現れてから、怪獣をドリームサーベル――これには名前などはない、便宜上勝手に名付けたものだ――で貫き、援護してくれた防衛隊に感謝したところまで、一挙手一投足、エルムは動画に移っているすべての行動に覚えがある。


「ど、どうなってるんだ……いったい……あれは……夢じゃなかったのか……?」


 エルムの動揺は、朝ご飯を食べ終わった後でも収まることはなかった。何やら、自分の理解の範疇を超える出来事が起こっている。それもこれも、すべてはあの枕を使い始めてからだ……あの枕はもう二度とつかわないようにしよう、と思った彼はすぐに食器を洗い終えると、昨日地下室から出した、謎の枕を再び地下室へとしまおうと自分の部屋に戻ろうとした。すると、エルムのスマホに着信が入った。相手は祖父だ。


「はい、もしもし。」

『エルムか?』

「そうだけど、朝からどうしたの?おじいちゃん。」

『ああ、すまないが、すぐにおじいちゃんの病院まで来てくれないか?今日は学校は休みだろう?』

「えっ、どうして?」

『話したいことがある。』

「それなら、お父さんやお母さんに伝言を・・・」

『いいや。エルムと直接話がしたい。それにおじいちゃんや二人はもう知っておるぞ。お前があの地下室からあの枕を取り出して、それで寝たことを。」

「えっ!?」


 エルムは凍り付いた。なぜもうばれたのか?妹がばらしたのだろうか・・・いや、妹はそんなことをするような人間ではない。ではなぜ・・・


『ああ、安心しろ、少なくとも妹じゃないぞ。今朝のニュースで知った。』

「ニュース……何のこと?」

『とぼけなくてもいい。私らはすべて知っている。枕のことも……そして、ユメヒトのこともな。』

「な、なんで……?」

『まあとにかく、すぐに来なさい。じゃあね。』


 祖父との電話は、そこで切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る