第2話 上四位眠神ユメヒト

 エルムは昼寝で見た内容の夢があまりにもおかしかったので起きて早々まりもにそれを話した。


「えーっ、何それ!お兄ちゃんそれアニメとか特撮とかの見過ぎじゃないの?」

「まさか、確かに昔は見てたけど今はからっきしだよ。なんで今更そんな夢なんか見たんだろう?」

「……ひょっとしてその枕、我が家に代々伝わるいわくつきの枕で、夢に出てきたのはその枕にとりついた怨霊だったりして・・・」

「まさか、だったらお母さんやお父さんが僕らが触れないようにするか、そもそも家に置かないよ。」

「それもそっかぁ。」


 二人はそのまま家で過ごすうちに、時が経って日は沈み、夜になった。父と母は先ほど親戚の家による用事ができたので遅くなるという連絡を二人に送ったので、エルムとまりもは簡単な夜食をとってすぐに寝ることにした。だが、時計の針が0時を回っても、エルムは寝付くことができなかった。昼に見た夢のなかででてきた、夢仮面の言葉がなぜか頭にこびりついて眠れない。


『湯目野エルム、君がこの枕で寝た以上、この運命はもはや避けられない……』


 なんだよ、運命って、と独り言ちながら気晴らしにスマホでもいじってみたが、SNSのトレンドは気が滅入るニュースばっかりでますます彼は寝付けなくなった。トレンド上位に入っている「怪獣出現」というワードを指でタップしてみると、そこには今まさに怪獣がに出現し、市街地を破壊している動画が流れていた。


「はぁーあ、また出たのか、怪獣が……」


 怪獣という概念は本来空想上のものであるという認識は、今からおよそ500年前に地球を襲った色素生物によって塗り替えられた。色素生物を撃退した後も不定期に怪獣たちが日本をはじめ世界の各地に出現するようになり、世界各国は対応に追われることとなった。この怪獣たちは、決して人間の手だけでは倒せない相手ではないところが逆に厄介であった。


「ああ、だめだだめだ、寝る前にこんな気が滅入るニュースを見てたら、寝れるものも寝れなくなっちゃう。」


 SNSでは待ち現れた怪獣の情報であふれていた。怪獣になぎ倒された建物。その下敷きになっている人たちの悲鳴がこだまする中、それをどうにか助けてやれないかと必死に救助活動を行う人たち。または、怪獣を駆除しようと必死に戦う軍隊。炎の中に崩れる建物。そしてついにおおかた壊し終わった怪獣は新たな目的地を目指して進み始めているという現地キャスターの絶叫。エルムはそれらをしばらく見ていたが、早々にスマホを閉じて目をつぶった。どうせ自分には、何もできないから。と。


 再び明晰夢の世界に入ったエルムは、どこか見知らぬ街に突っ立っていた。少し変わった服装の人たちがたくさん歩いている。どうやら昼間の夢の続きではないらしく、少し安心してほっと一息をついた瞬間。


「キシャァァァァ!!」


 突然、大きな咆哮が響いて空気を震わせたかと思うと、町で一番大きな建物がガラガラと音を立てて崩れ始めた。町に怪獣が現れて建造物を破壊し始めてしまった。なぜこんな夢を見ているのか。それはおそらく寝る前に見た怪獣のニュースのイメージが自分の脳裏に強くこびりついて夢に投影してしまったのだろう、とエルムは考えた。


「まったく、夢にまで怪獣を見るなんて……」


 彼は今でこそここまで怪獣を毛嫌いしているが、かつてはそれこそ人生の一部になくてはならない存在であった。夢仮面と戦わせるための”やられ役”として、よくいろんな怪獣を生み出しては頭の中で戦わせていた。しかし、昨今またぽつぽつと怪獣が現れ始めてから、人々の怪獣への怒りが高まるにつれて、純粋に怪獣が好きとは言えなくなり、年を取るにつれてだんだんと距離を置くようになっていったのだった。それにつれられるように、彼のヒーロー、夢仮面も忘却の彼方へと去っていったのだった。


「くそ、仕方がない、いったん起きて仕切りなおすか……。」


 エルムは強く念じてこの明晰夢を終わらせようとした。すると、後ろから誰かがぶつかって来て思い切り前に倒れてしまった。


「わっ!! ……いてて、何するんだ!!」


 エルムは自分にぶつかった人をにらみつけた。だが、その人の顔をみて彼は仰天した。服装こそは違うが、大きな目とくせ毛の黒髪、そして右目の下の泣き黒子の位置まで全く自分の顔をそのままそっくり写し取ったような人だったのだ。そしてその青年は、なぜか”枕”を抱えていた……


「ごめんなさい! 急いでるんです!」


 エルムに似た青年は急ぎ君に謝罪すると、人々と逃げる方向とは正反対の、怪獣が暴れている方に向かってかけていった。


「お、おい、ちょっと、その方向に行ったら危ないぞ!」


 エルムは青年を呼び止めようとしたが、青年は怪獣と目と鼻の先まで近づいて立ち止まった後、なんと地べたに枕を敷いて、寝たのだ。


「ええっ、何をやってるんだこの人……!?」


 すると、その青年の身体が玉虫色に輝いて、その中から光の粒子が渦を巻くように立ち上り、だんだんと人の形になっていった。そして、光の中から現れたその姿こそ……


「あ、あれは……夢仮面……はっ!?」


 気が付くとエルムは、昼間に見た夢の続き、すなわち謎の神殿にたたずんでいた。夢というのは唐突に場面が切り替わるというのは彼もよく知っているが、少なくとも今自分が見ている夢、いや、”見せられている”夢は何か意図をもっていることを暗に察した。そして、この夢を見せているものは、やはり、自分の目の前にいる夢仮面なのだろうと彼は確信した。


「おい、お前、何のつもりだ!あれを見せたのは君だろう!」

「ああ……そうだ。湯目野エルム。あれは私が見せた夢。もう少し正確に言えば、過去の記憶だ。」

「過去の記憶?」

「あの時私を呼び出したのは、君の先祖に当たる人物だ。彼はこの星の言葉でいえばいわゆるシャーマンと呼ばれる存在であり、君が今使っている枕を使って、私たち眠神スリープゴッドを基底現実に出力ダウンロードする触媒となり、私たちを使役して襲い来る危機に立ち向かっていたのだ。そして今、君が住む星にも、危機が訪れている。」

「だから、どうしたっていうんだよ。確かに怪獣が現れてるけど、どうせ僕には何も・・・」

「いいや、湯目野エルム。やる前からあきらめては仕方がないだろう。確かに君がただの人間なら、できることに限りがあっただろう、だが、君は幸運にも、君が思っている以上の力を発揮できるのだ。」

「うーん……聞いた限りじゃ、まるで夢みたいな話だよ。」

「冗談がうまいな。確かにこのまま君が夢から覚めれば夢の中の話で終わる。……だが君がその気になれば、夢を現実にすることができる。望みをかなえることができるのだ。君はいま、訪れている危機に対して傍観的になっているが、本当は、どうにかして止めたいと思っているんじゃないのか?」

「そ……そりゃあ、そうに決まってる。だけど……」

「君がこの枕を拾って、私に会えたのは、きっと偶然じゃない。大きな力が働いて、私たちを引き寄せたのだ。大いなる危機に立ち向かえと言わんばかりに。」

「……」


 エルムはしばらく考えた後、心を決めて、夢仮面に向き直った。


「どうすればいい? 夢仮面。僕、君を呼び出したとしても、戦いの術はまるきりわからないんだけど。」

「ああ、それなら心配ない。これまでの戦闘データーがこの空間に自動的に蓄積されているし、何より私は戦闘の経験が豊富だ。5万年ほどブランクがあるので、少々思い出すのに時間がかかるかもしれないが……」

「ええっ!? ちょっと、今更不安にさせないでよ……」

「なに、ちょうどいい機会だ、君と一緒に戦いながら、学びなおせばいいだけのことさ。さあ、湯目野エルム。私に触れて、私のことを強く念じるのだ。ともに戦おう!」

「……ええい、なるようになれだ!!」


 エルムは夢仮面の肩に手を触れて夢仮面のことを強く意識した。すると、彼の姿が夢仮面と重なり合うようにして一つになっていく。そして、彼の身体は玉虫色に光り輝き、流星のように神殿から飛び立っていった。夢と現の境界線を越えたとき、ついに彼らは一つの生命体となって出力され始めた。


「夢空間から基底空間に出た瞬間に出力されるが、私は町の被害を最小限に抑えるために横になった体勢で出力したほうがいいだろう。怪獣の近辺で適当な広さの空間を見つけて、そこに意識を集中させるんだ。」

「わかった。夢仮面。」

「それと、もう一つ。私は夢仮面という名ではない。ピロマ・クラルでは私は上四位眠神ユメヒトと呼ばれていた。これからできればそう呼んでくれ。」

「わかったよ。ユメヒト。」

「さあ、出力が終わるぞ、戦いの用意を!」

「うん!」


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